71. 無粋な襲撃者
暫くの間、二人はそのままの状態でお互いの温もりを感じ合っていたが、やがてルーフェスはアンナを離すと、彼女の隣に座り直た。
彼は改めてアンナと向き合うと、クライトゥール家に下された処分について詳細を話し始めたのだった。
「とりあえず僕とリチャードは、王太子殿下に忠誠を誓う事で彼の庇護を得られる事になった。その上で、他にも謹慎や罰金、労役に、最悪の場合投獄などの処罰が下る可能性があるけれども、それについては明日最終的な判断が下される事になっている。
そして公爵は強制的に隠居。今後二度と王城への登城は認められず、療養という名目で、ドーファンで過ごしてもらう事になったよ。あの人はもう表舞台には立てないだろうね。」
ドーファンとは、問題を起こした貴族が余生を過ごすことで有名な避暑地である。ここでの休暇を命じられたと言うことは、今後二度と政に関わる事は無いだろう。
それからルーフェスは話を続けると、クライトゥール家は家格が公爵家から伯爵家へと格下げになることと、リチャードが当主を受け継いだということも教えてくれた。
「僕たちの処遇についてはこんな感じだよ。最終決定は明日だけれども、僕たちについては結構寛大に扱ってくれたと思う。これで僕はやっと、リチャードの弟として、ルーフェス・クライトゥールという一人の人間として、公然と生きていけることになったんだよ。」
そう言うと、ルーフェスは心底嬉しそうに笑った。
「うん、本当に良かったわ!」
アンナも、そんな彼を眩しそうに見つめて、微笑みを浮かべた。ルーフェスが、ルーフェス・クライトゥールとして生きていく路が出来た事に、まるで自分の事のように心の底から喜んでいた。
「当初思い描いていた自由とはだいぶ違うけどね。王太子殿下の配下になったから彼の命令には逆らえないし、貴族の一員として認められたからにはその責務を果たす義務があるから自由気ままとは程遠くなったけれど、それでも、僕はこれで良かったと思ってる。君の隣にこうして堂々と座ることが出来るのだからね。」
ルーフェスはそう言って少し照れ臭そうに笑うと、アンナの手を優しく握ったのだった。
「えぇ、本当によかったわ。」
彼の手にそっと自身の手を添えると、アンナも満面な笑みで応えたのだった。
「一応これで一件落着。……と、言いたかったんだけど、この話にはまだ続きがあってね。」
ルーフェスはそう前置きすると、今度は真剣な顔つきになって話を切り出した。
「貴族の中にはやはり双子に対する悪い印象が根強く、僕たちのことを忌む人も多く居るだろうと陛下は仰った。それで、貴族たちの動揺を抑えるために、僕たちがルオーレ家の双子とは違うという事を証明しろという命令が下ったんだ。それで……僕と一緒に明日、登城して陛下に謁見してくれないか。君の事を陛下に紹介したいんだ。」
「貴方の助けになるのならば、協力するけれども、その……一体どういう事?私を陛下に紹介って??」
アンナはルーフェスの言っていることが理解できず、首を傾げた。
「僕たちが、ルオーレ公爵家の双子とは違うという事の証明だよ。爵位については問題なくリチャードが継ぐ事が決まったから、後は、同じ女性を好きになって争い合うなんて事が起こり得ないと説明する必要があるんだ。」
「それってつまり……」
「そう。僕の大切な人として、君を陛下に紹介したいんだ。駄目かな?」
ルーフェスはアンナの手を握る手に力を入れて、彼女の目を真っ直ぐ見つめながらそう言った。
その瞳はとても美しく、吸い込まれてしまいそうな程に青かった。彼がそんな情熱的な眼差しをこちらに送るので、アンナはその視線に耐えられず思わず頬を染めて俯くも、小さく呟いたのだった。
「だっ……駄目じゃないわ……」
けれど、その返事はルーフェスの耳届いたかは分からなかった。彼女の声が本当に小さな声であった事もあるが、第三者の大きな声によって、かき消されてしまったのだ。
「お熱いねぇ、お二人さん。でもこっちも仕事なんでね。悪いけど邪魔させてもらうよ。」
明らかに柄の悪い男たちに、いつの間にか二人は取り囲まれてしまっていたのだった。
彼らは剣やナイフ等、各々の獲物を手に、ニタニタと品の無い笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。
「仕事って……」
アンナは突然の出来事に戸惑いながらも、立ち上がって警戒を強めた。男たちには隙がなく、そういった訓練を受けているプロであろうと推察出来る。
五年前のあの日の記憶が蘇って、恐怖で足が竦みそうになるが、ルーフェスが彼女を庇うように前に立ち塞がってくれたお陰で何とか踏みとどまることが出来たのだった。
「そっちのお嬢さんが生きていると困ると、ある旦那からの依頼でね。まぁ、悪く思わないでくれよな。こっちも生きる為の仕事なんでね。」
男たちの人数は五人。獲物を狙うような嫌な視線を向けてくる彼らに対峙しようとアンナは証拠品として持ち歩いていた父の形見の剣に手をかけた。
「こんな人気のない所にわざわざ居てくれたお陰で色々と手間が省けたよ。まぁ、お二人さんの自業自得って奴だ。」
リーダーと思われる男が、嘲笑うかのようにそう言うと、残りの四人も下卑た笑い声を上げたのだった。
「叔父に頼まれたのね……」
「さぁね?雇い主の素性迄は詮索しない主義なんでね。」
男はそう言い放つと、合図を送るようにして仲間たちに目配せをした。それと同時に、彼らは一斉に襲い掛かってきたのである。
アンナは、剣を構えて応戦しようとするも、ルーフェスがそれより先に動いた。
彼は、アンナの肩を抱き寄せて自分と密着させると手を高く掲げるて、無頼漢たちを威圧したのだった。
「命が惜しければ、今すぐここから去れ!荒狂熱波!!」
掲げたその手を呪文の詠唱と共に勢いよく振り下ろすと、目に見えない衝撃波が、襲いかかってきた男たちを四方に薙ぎ倒し吹き飛ばした。
「彼女には近づけないよ。指一本触れさせない。お前たちがただ単に、金で雇われているだけで、命が惜しくて逃げ出すのならばそれ以上は追わないけども、そうではなく、律儀にも依頼を遂行しようというのならば、本当にその命賭けてもらおうじゃないか。」
ルーフェスは倒れ込む男たちを、氷のような冷たい目で見下した。
それから「杖が無いから、加減が上手くできないんだけど、急に来たのはそっちだから仕方ないよね?」と言ってニッコリと笑ってみせるも、その目は全く笑っていなかった。
そしてルーフェスは、アンナを抱きかかえたまま先程と同じように手を頭上に掲げると、小さく息を吸った。
「炎よ……」
彼が言葉を紡ぎ出すと、掲げた手のひらの上には炎が渦巻き始め、次第に大きくなっていく。
「ひっ!!化け物……!!」
魔法という脅威を目の当たりにし、男の一人が怯えた様子でそう叫んで慌てて逃げ出すと、それを見た他の男たちも聞いてた話と違うと、次々に逃げ出したのだった。
「アンナ、大丈夫?」
「だ……大丈夫。ちょっと驚いたけど。魔法をこんなにも簡単に使ったから……」
今まであまり魔法を使おうとしなかったルーフェスが、躊躇いもなく街中で魔法を放った事が意外だったのだ。
「何言ってるの、相手は君を狙う武器を持った男五人だよ?そんな奴らを君に近づけさせる訳にはいかないからね。全力で潰すに決まってるだろう。」
「けど、目立ってしまっていいの?人気の少ないところだけれども、あんなに魔法を使わないようにしてたのに。」
「それは、もう魔法を使える事を隠す必要が無いからだよ。僕は、ルーフェス・クライトゥールだと堂々と名乗れるようになったからね。」
「……そっか、そう、そうよね!」
アンナは彼の言葉にハッとした。今までリチャードの影として隠れて暮らすしかなかったルーフェスが、ルーフェス本人として堂々と魔法を使った事で、本当に彼が自由を手に入れたんだなと実感すると、じーんと胸が熱くなったのだった。
「でもまぁ、例え僕が以前と同じでクライトゥールと名乗れない状態でも、君を守るためならば、僕は躊躇わず魔法を使ったけどね。」
ルーフェスはそう言いながら、彼女を身体から離すと、頬や腕を触って、アンナがどこも怪我をしていないか確かめたのだった。
「うん、良かった。傷一つ付いていないね。安心したよ。」
彼は、安心したかのように微笑むと最後に彼女の髪を一房摘んで、そっとキスを落としたのだった。
その仕草があまりにも自然なので、アンナは思わず赤面せずにはいられなかった。
「そっ、それより、私が狙われたのならば、エヴァンが心配だわ。」
アンナは照れを隠しつつも、緊迫した感じでそう訴えた。先程の男たちが叔父からの刺客ならば、自分だけでなく弟も狙われてる筈なのだ。
そんな彼女の訴えに、ルーフェスも表情を引き締めて頷いたのだった。
「そうだね。急いで帰ろう。」
二人は顔を見合わせて頷き合うと、直ぐにその場を離れて、エヴァンが待つ家へと走りだしたのであった。
(エヴァンは用心深い子だから、知らない人にはドアを開けないはず。うちは通りに面していて人の目もあるし、まだ明るい時間だから向こうも強硬な手段は取れないはず……)
そうは考えるも、実際に無事な姿を確認するまでは安心できなかった。
アンナは不安な気持ちを抱えながら、とにかく家へと急いだのだった。




