70. 八年越しの想い
「終わったわ……」
「お疲れ様、良くがんばったね。」
いつもの高台のベンチに二人は並んで座っていた。
五年間に及ぶアンナの闘いはようやく終わりを迎え、彼女は今までの苦難を思い出すと、その瞳から一筋の涙を流したのだった。
「終わった……本当に、男爵位を取り戻せたんだわ……」
一粒、二粒と、ポロポロと零れ落ちる涙をアンナは止められなかった。
横に座るルーフェスは、そんな彼女の手を優しく包み込み、それから彼女の頬を流れる涙を指で拭った。
「本当に、良くがんばったね。」
ルーフェスに優しい言葉をかけられると、堰を切ったように我慢していた涙が、止めどなく溢れ出してきた。
両親が亡くなったあの日から、弟と二人、生き延びるのに必死だった。それがやっと、本来の身分と帰る場所を確保できたのだ。
様々な想いが胸に込み上げてきて、もう自分では制御できない程に感情が昂ってしまい、アンナは泣く事を止められなかった。
そんな泣きじゃくる彼女を、ルーフェスは何も言わずに自分の胸の中に抱き寄せると、アンナが落ち着くまでその背中をさすり続けてくれたのだった。
そのまま暫くルーフェスの胸の中で泣いていたアンナだったが、ようやく落ち着いてきた頃合いになると、彼女は少し身体を離して顔を上げて、ふと疑問に思った事を彼に尋ねたのだった。
「ところで……何であのブローチを、ルーフェスが持っていたの?」
彼女の身分を証明する決め手となった、国王陛下からの下賜品のブローチは、子供の頃に無くしたはずだった。それを何故、ルーフェスが持っていたのだろうかと、アンナは不思議そうな顔で彼を見つめた。
「それについては……本当にごめんなさい……」
彼は決まりが悪そうに言い淀みながらも、頭を下げて謝ってきた。
「アンナは覚えていないかも知れないけれど、僕たちは昔一緒に遊んだ事があって、その時に、アンナは生垣にひっかけてこのブローチを落としたんだ。気づいたのは君が帰ってからだし、大切な物だとは分かっていたけど、これを僕が拾ったと知られたら、アンナが庭に来てた事もバレてしまうから、それで……。
ごめんなさい、返せずに今まで黙って持ってました。」
そう言うと、彼はもう一度深く頭を下げた。
「本当は、ある程度一人で自由に街に出れるようになった時に直ぐブローチを返そうと思ってあの時の女の子、アンナ・ラディウスを探したんだ。けれど、君は弟と共に行方不明になっていた。悲観的な噂しか聞かなかったけれども、それでも、あの時の女の子がもう居ないなんて信じたくなくて、だから、もし再会出来た時の為に、ブローチは常に持ち歩いていたんだ。」
そこまで話すと、ルーフェスはアンナの目を見つめて、更に続けた。
「それで、アンナが、僕の探していたアンナ・ラディウスだって事は、割と早い段階で気づいてたんだけど、詮索してはいけない感じだったから、返すタイミングが無くてね……本当にごめん。」
申し訳なさそうに、何度も謝罪を繰り返すルーフェスの姿が、なんだか面白かったので、アンナはすっかり泣き止むと、彼にふわっと笑いかけたのだった。
「結果的にそれが良い方に転んだのだから、いいわ。許してあげる。」
(許すも何もそもそもブローチを落としたのは自分の責任なので彼がそんなに頭を下げる必要は無いのにね。)
と心の中で思って、アンナがルーフェスに微笑みかけると、彼はほっとした表情を浮かべたのだった。
そして、彼はおもむろに立ち上がると、彼女の手を取って、ひざまずいた。
突然の彼の行動に戸惑っているアンナに、ルーフェスは真剣な眼差しを向けて優しく語りかけ始めた。
「アンナ……僕の話を聞いて。」
「……はい。」
まるで、これからプロポーズでもするような、そんな雰囲気だった。
「子供の頃、軟禁されて人との接触が殆どない中で出会ったアンナは、天真爛漫で、とても綺麗で可愛くて、まるで天使みたいだと思ったんだ。」
自分に向けられる甘い蜜のような言葉に、アンナは耳まで真っ赤にしながらも、彼の目を見つめて、じっと続きの言葉を待つ。
「あの時君と出会って、僕は救われたんだ。本当に、君と一緒に遊んだ事が楽しくって、また君に会いたいって強く願ったんだ。それが、自由も何も無かった僕の希望になった。いつか絶対自由になって、今度はちゃんとルーフェスとしてアンナと再会したいという
明確な目標が、生きる糧になったんだ。」
ルーフェスはそこで一度言葉を区切ると、アンナの瞳を熱情のこもった目で見つめる。
「あの時から僕は、君の事が忘れられなかった。ずっと会いたかったよ。」
そして彼はそっと彼女の手の甲に口付けをすると、その想いを伝えたのだった。
「アンナ、僕は貴女の事が好きです。出来る事ならずっと貴女の側に居たいし、貴女の支えになりたい。
どうかこの気持ちを、受け入れてもらえないだろうか?」
アンナは、彼から告げられた愛の告白に身体が燃えるように熱くなり、心臓がバクバクと高鳴るのを感じた。
彼も自分の事を想ってくれていたのだと分かると、心の底から幸せを感じたのだ。
「私は……その、貴方と違って子供の頃から特別な感情があったわけではないけれども……私も、ルーフェスの事が好きよ……」
アンナは顔を赤く染めたまま、なんとかそう返事をするも、恥ずかしさに耐えられず、直ぐに視線を逸らしてしまった。
するとルーフェスはアンナの返事に、こぼれんばかりの笑顔を見せると、彼女の腕を引っぱって、その身体を自分の胸の中に抱き寄せたのだった。
アンナは頭が一瞬真っ白になり、自分の身に何が起こっているのか分からなくなったが、背中に回された手が自分を力強く抱きしめてくるので、アンナはそのままルーフェスの胸に頬を寄せると、そっとその背中に腕を回して恥ずかしそうに彼を抱きしめ返したのだった。
「アンナ、有難う。こんなに素敵なことはないよ。」
ルーフェスは愛おし気に彼女を抱きしめながら耳元に口を寄せると嬉しそうにそう囁いた。
アンナは彼の言葉にはにかみながらも、その胸の中で小さく「うん……」と、答えたのだった。




