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66. 針に込める想い

ルーフェス達と別れてリリアンナを無事に彼女の家まで送り届けると、アンナはやっと自分の家に帰って来たのだった。


時刻はまだ夕暮れ時だというのに、なんだかもう、体感では今日という日が終わったような錯覚さえ覚えるほど目まぐるしく、とても長い一日であった。


慣れ親しんだ我が家の空気に安堵し椅子に座ると、ここ数日ずっと張り詰めていた緊張の糸が解れて、そのままダイニングテーブルに突っ伏した。


「終わったわ……」

アンナは、心から疲れ切った声で小さくそう漏らすと、そのまま暫く微動だにしなかった。


「……姉さん、忘れてるかもしれないけども、こっちはこれからが本番なんだからね?」

一足先に帰宅していたエヴァンは、すっかり気が緩んでいる姉の姿に少し呆れながら裁判所から届いた審問会への呼び出し案内状を見せたのだった。


「……明後日……ね……」

エヴァンから案内状を受け取ると、その日付を確認し、表情を引き締めた。

「大丈夫?今日のことでもう精魂尽きてない?」

「いいえ。大丈夫よ。私も、闘うわ。闘わなきゃ。」

エヴァンの指摘はいささか図星であったが、アンナの決意は揺るがなかった。男爵家を逃げ出してから五年。本当に長い時間であった。やっと叔父に反撃する機会を手にすることが出来て、彼女は新たに気を引き締めたのだった。




翌日、街中での噂は、昨日の中央広場での演劇のカーテンコールで起こった、リチャードの公開プロポーズについてで持ちきりだった。


劇の結末になぞらえて、民衆を巻き込み、二人の婚姻を見届けて欲しいなどと言われたら、人々はその気になって劇と同じ事を自分たちの手で再現しようと、それはそれは大きな祝福を集めたのだ。


実際に観に行った人も、観に行けなかった人も、中央広場で起こった出来事に非常に関心を寄せて、多少話が誇張されながらも、人々は好意的にこの噂話を盛り上げていた。


それから……


平民街ではあまり噂は入ってこないのだけれども、それでも人伝に、クライトゥール公爵と二人の息子が王城に呼び出されたことがアンナの耳にも入ってきた。


ここから先は、国王陛下がどのような判断を下すかは、本当に賭けだった。


リチャードが言うには、彼とルーフェスの二人は、その魔力の希少性から、死罪になるようなことは無いと思うとのことだった。

それから、舞台によって民衆の支持を集めたお陰で、不必要なヘイトを集めたく無い王族は、そこまで非常な判断は下さないだろうと、彼は自分の推測を教えてくれた。


「ただ……。公爵だけは、より重い罰を与えてくれたらと思ってしまうけどね、どうなるかな。」

別れる前にルーフェスが漏らしたこの言葉は、おそらく彼の本心であろう。

そう言って今まで見た事の無いくらい弱々しく苦笑した彼の顔を、アンナは忘れられなかった。


(どうか、二人に寛大な措置が取られて、公爵から解放されますように……)


王城の方角を見つめ、アンナは心の中でただ祈った。




「心配ですか?」

遠くの方角を見つめて、針を持つ手が止まっているアンナに、リリアンナが優しく声をかけた。

二人は今、リリアンナの家、フォーサイス伯爵家の中庭の東屋で、約束通り一緒に刺繍を刺している。


「えぇ……」

アンナは伏せ目がちにそう答えると、リリアンナは彼女の手にそっと触れると「きっと大丈夫よ。」と微笑みかけたのだった。


「リリアンナ様はよく落ち着いていられますね。リチャード様の処遇、心配じゃ無いんですか?」

「あら、だって私昨日も同じ夢を見ましたもの。みんな揃って、笑っていましたわ。」


不安そうな顔で尋ねるアンナに、リリアンナは事もなげに答えた。それから、自信に満ち溢れた笑顔でアンナを見つめると、「私の予知夢は違えた事無いのですよ。」と付け加えたのだった。


「それは、とても頼もしいですわね。」

彼女に釣られて、アンナも思わず頬を緩めて、クスリと笑いを溢した。


「それより貴女は、今は目先の事を心配した方が良いのではなくって?」

「仰る通りです……」

アンナは自分の手の中にあるハンカチを見つめて溜息をついたのだった。


二人は今、お揃いの白いハンカチにアンナは赤い糸、リリアンナは青い糸でそれぞれRの文字の刺繍を入れているのだが……

「痛っ!!」

アンナは何度目かもう分からない程に、自分の指に針を刺していたのだった。

ただの針仕事でさえ苦手なのに、刺繍ともなるともう全く勝手が分からず悪戦苦闘しているのだ。


横では慣れた手つきでリリアンナが、青色の糸で同じくRの文字を指している。


「運針からして全然違うわ……」

「初めてにしては上出来ですわよ。」

「けれどこんなに布を引き攣ってしまって、文字も歪んで……」

アンナは改めて自分が刺したRの文字を見つめると、リリアンナの手の中にある刺繍と見比べて、再び深い溜息をついたのだった。


「大丈夫ですわ。貴女が心を込めて作った物ならば、なんだってルーフェスは喜びますわよ。」

「それも未来予知ですか?」

「予知するまでも無くってよ。」

リリアンナはそう言って悪戯っぽく笑った。


「誕生日、一緒に祝おうって約束したんです……。けど……いつこれが渡せるかしら……」

手元の作業に戻って、アンナは再び針を手に取ると、黙々と刺繍を続けていたが、ふいに少し寂しげな表情を浮かべると、ポツリと呟いたのだった。


そんな悲しそうな様子のアンナに気付いて、リリアンナは彼女の肩にそっと手を置いて、その気持ちに寄り添った。


「そうね……。私も早くリチャードに会いたいわ。」


二人は王城の方向を見つめると、各々の愛しい人へと想いを馳せたのだった。


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