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50. 和やかな食卓と急な来襲

エヴァンは、ダイニングテーブルで一人静かに本を読んでいた。

アンナとあの人との話し合いがどうなったかは全く予測ができないが、彼女の心が晴れて帰宅してくれる事を願いながら彼は姉の帰りを待った。


暫くすると「ただいま」と、言ってアンナが家に帰ってきたので、「おかえり」と言ってエヴァンは出迎えた。そして、彼女の隣にルーフェスの姿を確認すると、話し合いは上手くいったのだなと察したのだった。


アンナは一緒に来たルーフェスに、「良ければ夕飯を食べていって」と誘った。どうしても彼をこのまま一人にはしておけなかったのもあるが、単純に彼ともう少し一緒にいたいという想いもそこにはあったのだ。


ルーフェスが彼女からの申し出に嬉しそうに笑って「有難う」と素直に誘いを受けいれたので、アンナは彼を部屋の中に招き入れると自分はキッチンへと夕飯の支度へ向かったのだった。


そんな二人の様子から、エヴァンは誤解が解けて姉の憂いは解消されたのだと安心したが、気付くと部屋にルーフェスと二人だけで残されてしまい、彼とどう接せればいいのかと、この状況に少し気まずさを感じていた。


「誤解、解けたみたいだね。」

エヴァンは仕方なく読んでいる本から目線を上げて、チラリとルーフェスの方を見て声をかけた。


「お陰様でね。またこうして一緒に食卓を囲めて嬉しいよ。」

ルーフェスはいつもの穏やかな笑みを浮かべながら、エヴァンを見返して嬉しそうに答えたのだった。


(その受け答え方が胡散臭くてだからなんか好きになれないんだよ!)


相変わらず腹の内が見えず、何が本心で何がお世辞なのかが分からないルーフェスの態度にエヴァンは苦手意識を持っていた。


けれども、この男が姉を裏切る様なことはしないだろうと言うのは、この短い付き合いで分かっていた。そして、姉がこの男を好きだと言うことも分かっている。


「……貴方は、何があっても姉さんの味方でいてくれますか?」


この男にお願いするのは本当に癪だが、今アンナの力になれそうなのはこの男しかいなかった。だからエヴァンは、仕方なく彼に協力を仰ぐ事にしたのだった。


数日後にはアンナは十八歳の成人になる。この五年間、様々な事に耐えてきた。姉弟の悲願である男爵領の奪還は目の前であった。

しかし、いくらアンナとエヴァンが正統な血筋の持ち主であっても、相手はまんまとラディウス家を乗っ取った狡猾な大人だ。すんなりと事が運ぶとはエヴァンは思えなかった。

けれども、自分はまだ子供で、何もできないの事は分かっていた。それがもどかしいし、恨めしい。姉が一人で、叔父とやり合わなければならない事を不安に思っていたが、その時に、もしこの人が側にいたのならば姉も少しは心強いのではないか?

そう思い、エヴァンはルーフェスに援護を求めることにしたのだ。


「それは、この前のとは意味が違うの?」

この前ここを訪れた時に、ルーフェスはエヴァンからアンナを守ってくれるよう頼まれていたのだが、それとはまた別の話なのかと首を捻った。


「あ……いや……なんでもない。忘れて。」

ルーフェスの反応に、エヴァンはしまったっと思った。姉がこの人に自分たちの素性を明かしていない事を思い出して、彼女が打ち明けてない事を、自分が話す訳にもいかず、エヴァンは慌てて読んでいた本に目線を落としたのだった。

本の内容など、今は頭に入って来ないけれども、言動を誤魔化すために集中して本を読む振りを続けた。



「君たち姉弟が、僕に言っていない事があるのは分かってるけど……」

「えっ?!」

思いもよらない言葉に、エヴァンは思わず本から顔を上げて再びルーフェスの方を見た。

「でも、そのことについて話してくれるまではこっちから聞く事はしないし、話してくれなくても、僕に出来る事があるのならば、僕は君たちの力になりたいと思ってるよ。」

そう話すルーフェスの顔にはいつもの笑みは無く、とても真面目な顔で彼はエヴァンを見遣った。


「それは、有難う……」

彼が何をどこまで知っているのか。エヴァンは戸惑いながらも、ルーフェスの言葉に礼を返した。


「まぁ、僕に何が出来るかは分からないけどね。せいぜい武力行使位かな。」

ルーフェスは冗談めかして言うも、エヴァンにはその言葉がとても頼もしく感じられたのだった。



「二人で何の話をしているの?」

スープが入った皿をお盆に乗せて、アンナがキッチンからダイニングに戻ってきた。


「何でもないよ。」

姉に今の話を聞かれるのは、嫌だったのでエヴァンは素っ気なく誤魔化したが、意図を汲んでくれないルーフェスが

「他愛もない話だよ。お陰でエヴァンはアンナの事が本当に大事なんだなぁって分かったよ。」

と、暗に会話の内容を明かしてしまったので彼は耳を真っ赤にして怒ったのだった。


「余計なこと言うなよ!!」

テーブルの下で思いっきりルーフェスの足を蹴って見ても、何食わぬ顔で平然としてるのが余計にむかついた。


「二人ともすっかり打ち解けた様で良かったわ。」

「どこがっ?!!」

エヴァンは思わず突っ込みを入れるも、ルーフェスは黙ってニコニコ笑っている。

アンナはそんな二人のやりとりを微笑ましく見守りながら、全員の前にスープを配膳し、自分も席についたのだった。


「さぁ、温かいうちに食べましょう?」

「そうだね、今日も美味しそうだね。」

目の前のスープを嬉しそうに眺めるルーフェスと対照的に、エヴァンはスープを見て冷めた目で呟いた。

「……この前と同じメニューだけどね。」

横に座る姉に笑顔で睨まれた気がするけども、エヴァンは気にせずそのまま食事を始めた。

「あのスープ美味しかったから、また食べたかったんだよ。」

「本当に!良かった。いっぱい作ったからたくさん食べていってね。」

「ねぇ、だからそれどこまで本心なの?」

胡散臭い物を見るような目でエヴァンはルーフェスを見た。

「どこまでも本心だよ。エヴァンだってアンナの料理は美味しいと思ってるだろう?」


他愛のない会話が飛び交い、楽しい夕食の時間が始まると、ここに居る誰もが思っていた。

けれども、この和やかな空気は彼女の登場によって一変するのだった。




「お邪魔するわね。」


ここ数日公演終わりに毎日やって来ていたエミリアが、今日もいつもと同じ時刻に当たり前のように玄関のドアを開いて、アンナ達の家にやって来たのだ。


しかし今日はいつもとは違っていた。食卓にはルーフェスも座っているのだ。

ドアを開けて、エミリアの目に先ず最初に飛び込んできたその光景は、彼女に取って、ありえないものだったのだ。



「あんたなんで……どの面下げてここに居るのよっ?!」

「えっ……?」

ルーフェスは入ってきたエミリアと目が合うと、いきなり罵声を浴びせられて呆然としている。


そんな彼の様子など一向に構わず、エミリアは何も言わずに持っていた鞄を振りかぶり、ルーフェスの顔面に向かってぶつけたのだった。


「ちょっと、危ないよ!!」

咄嗟のことでも身体が動き、彼は鞄の直撃を避けた。


「あー……。誤解を解いといた方が良い人もう一人いたわ……」

憐れむような目で、エヴァンはルーフェスを見ると、彼に少しだけ同情をした。


「なんなのよあんたっ!!綺麗な女の人と仲良く観劇なんかして、ただのタラシじゃない!そんなのにアンナに近付いてほしくないわ!!」


凄い剣幕で怒るエミリアの言葉を聞いて、ルーフェスは事態を把握するも、詳しい事を説明する訳にもいかず、ただ、曖昧に釈明するしか出来なかった。


「あー……。それ、人違い……」

「エミリア落ち着いて、本当に別人だったのよ?」

けれどもエミリアは一向に怒りを収める気配を見せなかった。

「アンナは騙されてるのよ!だってコイツ、口上手いもの!!」


エミリアがもう一度鞄を大きく振りかぶった所で、アンナとルーフェスの二人がかりで慌てて止めた。

これ以上暴れられると食卓の物をひっくり返して、彼女自身も怪我をしそうで危ないと判断したのだ。

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