3. 思いがけない提案
「なるほど。しかし、貴女の事情は分かったけれども……」
アンナの話を丁寧にも最後まで聞いてくれた彼は、
彼女に同情の目を向けて、アンナの事情を汲みながらも、彼女が腰に下げている武器を確認すると、言いにくそうに言葉を続けた。
「貴女の武器は剣ですよね?この依頼には不向きだと思うんだ……」
そう言って、青年は手にした依頼書を見せてくれたのだが、そこには、こう書かれていたのであった。
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【ジュエルタートルの甲羅の納品】
特記事項:無傷の状態で納品する事。一つでも傷が付いていた場合、買取不可とする。
(納品数 1)
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ジュエルタートルとは、よくいる低級な魔物である。背中の甲羅が宝石の様な美しい見た目からこのような名前がつけられているが、実際の宝石では無いため甲羅自体には価値は無い。しかし、一部のコレクター界隈では人気があるらしく、時々こう言った納品依頼が入るのであった。
また、ジュエルタートルは、危険度も低く冒険者を生業としている者ならば誰でも倒せる程度の魔物なのだが、その甲羅の硬さや、見た目に反して物凄く素早く動く事から、労力の割りに合わないと、敬遠されやすい依頼でもあった。
そして、ただでさえ不人気な依頼なのに更に今回は、"傷一つ無く"などと言う無理難題のオマケまで付いている……
ジュエルタートルの甲羅の納品依頼にしては、通常より高額な金額が付けられているのだが、流石に最後まで残っている様な、失敗する可能性が非常に高い依頼内容なのだった。
教えてもらった依頼内容の難しさに、アンナの勢いは萎んでしまったが、それでも彼女はこの依頼を諦められなかった。
「ここで仕事をしなかったら今日の収入は無し。この依頼を失敗しても無し。だけれども依頼が成功すれば十分なお金が手に入る。……それならば、難しい依頼でもやらないよりは挑戦した方がいいわ。失敗したとしても徒労になるけど、金銭的に損はしないし……」
アンナは独り言のようにそう呟くと、「だから依頼を譲って下さい」と、ただひたすらに、深く頭を下げて青年にお願いを続けたのだった。
そんな目の前で頭を下げ続けるアンナに、青年は困惑しながらも頭を上げるようにと促すと、少し呆れたように彼女が気づいていない事を指摘をした。
「依頼を失敗したら収入はゼロではなくて、武器防具の摩耗具合とか、移動費とかの必要経費を考えたら金銭的に損は出ると思うけど……いいの?君、金銭的に苦しいんでしょう?」
青年の声は諭す様で優しいが、それでも言ってる内容は容赦なくアンナが見落としていた正論を突いた。
「それは……」
彼の指摘に咄嗟に反論が出てこず、アンナはもはや押し黙るしか出来なかった。
「アンナ、彼の言う事は正しいよ。今日は仕事を諦めて休息したらどうだい?あんた毎日働いてるだろう。
それにエヴァンだって一食くらい抜いたって大丈夫だよ。」
アンナが黙っていると、急に第三者の声が割って入ってきた。二人のやりとりを終始見守っていたギルドの受付のお姉さんが、見兼ねて声をかけてくれたのだった。
心配そうにこちらを見る受付のお姉さんに気づくと、アンナは沈んだ顔で深いため息を吐き、「そうね……」と小さく呟いて彼女の言葉を受け入れた。
(彼女の言う通りこれ以上お願いしてもきっと彼は依頼を譲ってはくれないだろう……)
そう思って、今日の仕事は諦めて、仕方がないので家に帰ろうとしたその時だった。
「待って、君はアンナって言うの……?」
予想外に、青年がアンナの腕を掴んで、彼女を引き止めたのだった。
「え?えぇ、そうだけど……?」
いきなりのことで訝しげに青年の反応を覗き込むと
青年の方もアンナの顔を改めて見つめていた。
「えっ……と?」
アンナは、青年の態度の変化に戸惑った。彼は驚いたような顔でこちらを見入っていて、その顔は僅かに同様しているかのようにも見えた。
「そっか。君はアンナって言うのか。」
アンナだから何なのだろう。
彼女のはその彼の呟きを疑問に思ったが、青年はそこまでは口にしなかった。その代わりに、一つ咳払いをするとある提案をアンナに持ちかけたのだった。
「ねぇ、分かった。じゃあこういうのはどうだろうか。僕と一緒に、この依頼をやらないか?」
それは、彼女に取って思いもよらない提案だった。
二人でやるからには報奨金も分割となって減ってしまうのだが、それでも今のアンナにとっては天の恵みのような申し出に違いなかった。
「いいんですか?それは是非ともお願いしたいです!」
アンナは胸の前で指を組んで手を合わせ、青年のこの有難い申し出に目を輝かせた。
「うん、よろしくね。」
そう言って青年が手を差し出したので、アンナは「有難うございます」と、最大限の謝辞を述べて、両手で強く彼の手を握り返した。
彼が急に態度を軟化させた事については少し気にはなったが、とにかくこれで交渉は無事に成立し、アンナは本日の仕事を手に入れることが出来たのだ。彼女はホッと胸を撫で下ろすと、改めて自分の名前を名乗ってみせた。
「それでは、改めまして。私はアンナよ、よろしくね。」
「……ルーフェスだ。うん、よろしくね。」
彼女に続いて、青年もまた自分の名前を名乗ると、二人は固く握手を交わしたまま、お互いに簡単な自己紹介をしたのだった。