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37. 大切な人

アンナとエヴァン、それからエミリアの三人が、談笑しながら食事をしていると、二階からドアが開く音が聞こえた。


その音が気になり三人は食事の手を止めて階段に目を向けると、ジェフから渡された服に着替えて新しいローブを被ったルーフェスが、ゆっくりと二階から降りてきたのだった。


「もう動けるの?!」

彼の姿にアンナは驚きを隠せなかった。あの傷の深さでは到底まだ歩けるものでは無いと思っていたからだ。


「うん。何とかね。凄くゆっくりだけど。流石に最上級の傷薬だけあるね。まだ痛いには痛いけども、気をつけて行けばなんとか家までは帰れそうだよ。」


そうは言うものの、顔色もまだ悪く動きもぎこちない。ルーフェスが無理をしているのは明らかだった。


そんなルーフェスの姿を見て、アンナは彼を気遣う言葉をかけようとしたが、彼女が口を開くより先に、エミリアが元気よく彼に挨拶の言葉を投げ掛けたのだった。


「こんばんは!初めまして、私はエミリア。この子達の姉みたいなものよ。」

突然現れた彼にとって第三者であるエミリアの威勢の良さにルーフェスは少し戸惑った様であったが、彼女がアンナから話に聞いていた友人であると分かると、彼は直ぐに笑みを作って挨拶を返した。


「初めましてエミリア、僕はルーフェス。この前は劇のチケットありがとう、とても素晴らしい舞台だったよ。」


「そうでしょう、そうでしょう。」

エミリアは自分の仕事に自信と誇りを持っているので、褒められる事がさも当たり前であるかの様に、満足そうに振る舞った。


「それにしてもそんなに急いで帰らないといけないものなの?貴方見るからにまだ体調悪そうじゃない。もう一晩くらい泊まっていった方がいいんじゃないの?」

「そうよ。まだ寝ていた方が良いわよ。うちはもう一晩でも、二晩でも居てもらって構わないから。だっていくらかマシになったと言ってもまだ痛いんでしょう?そんなに急がなくても……」

エミリアが発した彼の身を気遣う提案に、アンナも強く賛同してみせたのだが、ルーフェスはそんな二人の心遣いに申し訳ないといったような表情を浮かべて、丁寧に固辞したのだった。


「お気遣いありがとう。でも僕が帰らないと迷惑がかかってしまう人がいるから出来るだけ早く帰らないといけないんだ。それに、なるだけ人目にも付きたくないから、移動も夜のうちにしておきたいし。」


彼が家に戻らないと誰にどう迷惑がかかるのかとか、人目につきたくない理由はなんなのかとか、具体的な事は言わないその説明にスッキリと納得する事は出来なかったが、彼に複雑な事情がある事を察したアンナは、説得を諦めて彼の意思を尊重し、それ以上強く引き止めることはしなかった。


「分かったわ。けど、それならせめて、スープだけでも飲んでいかない?貴方ずっと食事を摂ってないでしょう?」

意識を取り戻してからも、殆ど寝ていたのでルーフェスは薬湯くらいしか口に入れていない。最後にまともに食事をしたのは、昨日のエンシェントウルフ討伐に向かう前だったので、実に彼は丸一日以上何も食べていなかったのだ。


なのでルーフェスの目には、食卓に並ぶ質素ながらも温かな食事はとても魅力的に映ったのだった。


「……そうだね、頂こうかな。」

「うん。用意するわね。」

彼が誘いを受け入れてくれた事にホッとすると、アンナは席を立ち食事の準備をしにキッチンへと向かった。


「ここに座るといいわ。」

エミリアが自分の隣の空いてる椅子をひいて立ったままでいるルーフェスに座るように勧めると、彼はその勧めに従ってゆっくりと椅子に近づくいて、なるだけ上半身を揺らさない様、不自然な動作で時間をかけて腰を下ろしたのだった。


「……貴方そんなんで本当に一人で家まで帰るつもりなの?」

「……えぇ。そのつもりです。」

「……とても大丈夫そうには見えないんだけど……」

彼の無謀とも思える考えに呆れつつも、エミリアはそれ以上は口に出す事をやめ、話題を変えた。


「それにしても、冒険者の仕事ってやっぱり危険なのね……。前にアンナも大怪我を負ったことあったし……」


そう漏らすと、先程までとは打って変わった真面目な顔でエミリアはルーフェスに向き合った。


「アンナを庇ってくれて有難うね。」

エミリアは、大切な親友を守ってくれた事について、畏まってお礼を述べたのだった。


「あっ、あ……有難う……ございます。」

そんなエミリアの姿を見て、今まで黙って二人のやりとりを見ていたエヴァンも、彼に姉を救ってくれた事に対してきちんとお礼を言っていなかったことに気づいて、慌ててエミリアに倣ってルーフェスにお礼を述べた。

そして、二人して彼に向かって深く頭を下げたのだった。


「そんな、大袈裟な。」

ルーフェスは笑って軽く受け流そうとするも、エミリアは真剣に続けた。

「大袈裟なんかじゃないわ。私たちはアンナの事をとても大切に思っていて、彼女が傷付くのが嫌なのよ。だからあの娘が無事でいてくれて、本当に貴方に感謝してるのよ。」


「……アンナが傷付くのが嫌なのは、僕も同じですから。」

だからそんなに恐縮しないでくださいと、ルーフェスは笑顔で二人を安心させるように言った。


するとエミリアは顔を上げると、今度は彼の意味深な言い回し方に食い付いたのだった。


「あら?つまりそれって、貴方もアンナの事を大切に思ってるって事よね?」

「えっ?!……えぇ、まぁ……そうですね……」

いきなりの彼女の質問に、ルーフェスは一瞬固まるも、曖昧に肯定した。


「ねぇ、それってつまり……」

エミリアは、面白いものを見つけたような笑みを浮かべて、さらに突っ込んだ事を聞こうとしたが、しかしそれは温め直したスープを皿によそって戻ってきたアンナに咎められたのだった。


「エミリアっ!何を話しているの?!」

「何って、ただの世間話よ。」

エミリアは素知らぬ顔ではぐらかしたが、アンナは更に釘を刺す。

「エミリア、あまりルーフェスを困らせないでね。」

顔こそ笑っているが、アンナの目は全く笑っていなかった。


「分かった、分かった。悪かったわね。」

エミリアは揶揄うように彼女の肩をポンポンと叩いてアンナを宥めると、ニヤリと笑って彼女の耳元で

「けど、どうやら脈はありそうよ」

と、彼に聞こえぬように小さな声で囁いたのだった。


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