32. 謝罪
身体が熱く、不快な感覚でルーフェスは目を覚ました。
目の前に広がる天井は見慣れない物だったが、とりあえずどこかの室内に寝かされているのだと事態を把握し、自分は生きているのだと悟った。
ぼんやりだった意識が段々覚醒してくると、背中に強烈な痛みを自覚した。
「ゔぅ……」
余りの痛さに、彼は低い声で小さく呻いた。
身体を動かそうにも、少し動くだけで激痛が走り、自分の身体なのにまともに動かす事が出来ない状態であった。
「……ルーフェス?」
名前を呼ばれて頭だけを動かして横を向くと、心配そうに覗き込むアンナと目が合った。
「ルーフェス!!気がついたのね、良かった……」
涙を浮かべるアンナを見て、彼女が無事であったことが分かり、ルーフェスは一先ずホッとしたのだった。
「アンナ……良かった……君が無事で……」
苦痛に表情を歪めながらも起きあがろうとするルーフェスを、アンナは慌てて制止した。
「駄目よ!まだ無理に動かないでそのまま寝ていて。お医者様に言われたの、ルーフェスの傷は背中だから仰向けに寝かせて自重で止血してって。」
そう言うと彼女は、彼の負担にならないようにゆっくりとルーフェスをベッドに押し戻したのだった。
「ここは……?」
「私の部屋。貴方のお家分からないから、とりあえずうちに連れてきたの。」
ルーフェスは頭を動かせる範囲で部屋の中を見渡すと、床に引かれたマットレスの上で身じろぐ寝起きの少年が目に止まった。
昨夜、夜中に容態が急変するのを恐れて、この部屋の床で寝ると言い出したアンナを宥める為に、妥協案として、エヴァンは自身のベッドのマットレスを提供し、そこで一緒に眠ったのだった。
「その人、気がついたんだ。」
アンナと同じ赤毛の少年は眠い目を擦りながら、起き上がった。初対面であるが、一目見てこの少年が話に聞いていたアンナの弟のエヴァンであるとルーフェスは理解した。
しかし、断片的な情報だけでなんとなくは自身の置かれている状況は掴めているものの、見知らぬ場所で、初めて会う彼女の弟まで登場し、状況把握が中々追いつかずにルーフェスは困惑していた。
何を言うべきか、何を聞くべきか、言葉が出てこないでいると、アンナの方から声をかけてくれたのだった。
「あのね、一晩明かしてしまったし、貴方のこの怪我のこと、誰か知らせる人は居る?もし居るのなら、弟に伝言を届けさせるわ。」
これは、事前に昨夜エヴァンと話して決めた事だった。別にアンナ自身が伝言役を務めても良かったのだが、なるべくならルーフェスのそばに居たいアンナと、アンナを休ませたいエヴァンの思惑が合致して、エヴァンの方から伝言役を買って出てくれたのだった。
「……居る……」
息を吐く度に背中に痛みが走る為、短い言葉を紡ぐのがやっとだったが、ルーフェスはこの申し出に、小さな声で、途切れ途切れになりながらも、望む用件を二人に伝えた。
「クライトゥール公爵家の……庭師のジェフに……僕が……怪我をして……動けないこと……伝えて欲しい……」
「公爵家へ行けば、そのジェフという人に会えるのかしら?」
「うん……」
「ジェフという庭師は、貴方の身内なの?」
「身内……そうだな。僕の……師匠かな。」
天井を見つめたまま、ルーフェスは時折顔を歪めながらも途切れ途切れにそう呟いた。
「伝言はそれだけでいい?」
ベッドに横たわるルーフェスを上から覗き込んで、他に伝え忘れは無いかと最終確認すると、彼は小さく「うん。」と答えたので、エヴァンは「分かった」とだけ言って、それから、アンナの方を見た。
「伝言、早い方がいいだろうし俺早速行ってくるよ。」
そう言って、エヴァンはベッドサイドに置いてあった水差しからコップ一杯の水を注ぐと、それを飲み干してからドアへと向かった。
「有難うエヴァン。よろしくね。」
部屋を出る弟の後ろ姿にアンナが声をかけると、エヴァンは振り返らずに右手を上げて応えながら部屋を出て行った。
パタンッ と扉が閉まる音がすると、部屋にはアンナとルーフェスの二人だけになったのだった。
アンナは改めてルーフェスの様子を見るも、怪我の痛みからか、彼の表情は険しいままなので、言葉をかけることに戸惑って、何も言えないでいた。
その為、部屋には静寂が続く。
暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはルーフェスの方だった。
「痛み止めがあったら、飲まさせてくれないか……」
アンナは、その要望にハッとした。苦痛に耐えている姿を目の前で見ているのに、求めれるまで痛み止めの存在を忘れていたのだ。
「ごめんなさい、直ぐに気づかなくて!!お医者様から貰っているわ。」
そう言って、慌てて昨日処方して貰った少し強力な痛み止めを取り出したのだった。
「ルーフェス、少し身体を起こせる?」
言われた通りにルーフェスはゆっくりと上体を起こした。途中、背中に強い痛みを感じて顔を歪めもしたが、アンナが献身的に彼の半身を支えて少しでも楽になるようにと上体を起こすのを手伝ったお陰で、なんとかルーフェスは自力で座位を保つことが出来た。
「はい、これを飲んで。」
薬と水の入ったコップをアンナから受け取ると、ルーフェスはそれを一気に飲み干したのだった。
「有難う……」
ルーフェスは礼を言うと空になったコップをアンナに返した。直ぐに効く薬ではない事は分かっているが、その表情は幾分か穏やかになっているように感じられた。
けれどもそれが、彼が自分を安心させる為に無理をしているのだと察して、アンナは堪らなくなったのだった。
お礼なんて言われる筋合いは自分にはない。彼にこのような大怪我を負わせてしまったのは、自分のせいなのだから……。そう自分を責めていた。
「ルーフェス……」
アンナは気がつくと彼の肩に顔を埋めて、縋りついていた。
「ごめんなさい……」
今まで堪えていた涙を、もう堪えることが出来なかった。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
アンナは泣きじゃくりながら、何度も謝罪を続けた。
「アンナ……」
そんな彼女の様子に戸惑い、ルーフェスは彼女の名前を呼ぶことしか出来ないでいた。
「良かった……。本当によかったわ……
意識を取り戻してくれて、こうしてまた、おしゃべりができて……
ルーフェスが、生きてて良かった……」
「ごめんね……心配かけたね……」
泣き止まないアンナを宥めようと、彼は優しく声をかける。
「なんで貴方が謝るの、謝らなきゃ行けないのは私の方よ、こんな危険な事に貴方を巻き込んだんだから……」
涙を流しながら謝罪を続ける彼女に、ルーフェスはかろうじでなんとか動かせる右手でアンナの背中をさすったのだった。
「大丈夫だから……泣かないで……」
背中に当てられた手が与える温もりが、アンナを落ち着かせた。
(温かい……)
それは、ちゃんと生きている人の体温であった。
(あぁ、彼が無事で本当に良かった……)
彼の無事をその体温から実感して、アンナはやっと落ち着きを取り戻したのだった。
しかし、冷静になった事で、今の自分がルーフェスに抱きつく形で泣いているという状況に気付いてしまい、彼女は再び動揺する羽目になった。
もしかすると、自分は物凄く大胆な行動をしてしまったのではないか。
そうと気づくと、アンナは恥ずかしさで身体が熱くなったのだった。
けれども、身体が熱いのはアンナだけではなかった。くっついているから彼の体温も伝わってくる。ルーフェスの身体も熱を帯びているのが分かったのだ。
そう、文字通り。
「ルーフェス、身体が熱いわ。貴方発熱してるんじゃない!?」
アンナは慌ててルーフェスから少し離れると、彼の顔を覗き込んで、その調子を確認した。
見ると、彼の頬は赤みを帯びているし、目も潤んでいる。それは、明らかに熱があるように見えた。
「……発熱してる感じはするね……。背中の傷が化膿したかも……」
アンナは、ルーフェスの額に手を当てて確認すると、確かに彼は熱を持っているようだった。
「大変!待ってて、薬湯を作ってくるわ。」
そう言うと、上体を起こしていたルーフェスを再びベッドに寝かせてから、アンナは急いで部屋を出たのだった。
(さっきの何?さっきの何?!
なんで私あそこで抱きついちゃったの!!)
自然とその場から逃げる事に成功したアンナは、部屋から出てドアを閉めると、両手で火照った顔を覆いながらその場にしゃがみ込んで悶絶していた。
まさか、自分があんな事をしてしまうとは思わなかった。いや、完全に無意識だった。
(一体どう思われただろうか……
どうしよう、次どんな顔をすればいいの?何事も無かったかのようにしていいの?!)
羞恥心を打ち消そうと頭の中で自問自答を繰り返してみても、その動揺は無い中々鎮まりそうになかった。
(でも……)
(拒絶されなかったよね……?)
不快であったのならば、直ぐに振り払う事も、身をかわす事も出来たであろうが、そのような態度を取らず、彼は背中をさすってくれた。それを思い返すと、アンナは胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。
それなら先程まで感じていた彼の体温が何度も何度も思い返されて、アンナは暫く動けずにその場にうずくまったのだった。




