30. 悪夢
「ルーフェス!!」
意識なく崩れ落ちたルーフェスを必死に支えながら、アンナは彼の名を呼んだ。
背中の傷に当てた布は真っ赤に滲んでいた。
「ルーフェスっ!!」
もう一度呼びかけてみるも、彼は意識を失ったまま動かない。
森の深部からは抜け出せて居たが、街道まではまだ距離がある。
ここまで来ればエンシェントウルフの様な凶悪な魔物は滅多に居ないが、それでも、いつどこで魔物に襲われるかは分からないのだ。
(こんなところにルーフェスを置いて行けるわけがない……)
アンナはなんとか彼を背負い込むと、引きずりながらも、少しづつ、少しづつ歩みを進めた。
剣士として鍛えているとは言え、自分より体格が良い、意識のない男性を背負って歩く事は容易ではなかった。
それに加えて一時間以上にわたる死闘の後で、アンナ自身の体力も、とっくに底をついて居たのだ。
けれどもここで倒れる訳にはいかないし、ルーフェスを置いて行くこともできない。
(きつい……けど……ここで歩くのを休んだら、多分……再び歩く事は出来ない気がする……)
自身の体力が限界を越えている事は自覚していたが、アンナは歩くのをやめなかった。
足はふらついているし、自分より重い人間を背負い込む形で引きずっているので腰への負担も酷かったのだが、それでも、休憩を取らずに歩き続けているのは、ほぼ気力だけで動いている今、一度でも止まってしまうと、もう動けなくなると感じていたからだ。
(街道にさえ出れば、助けを求められる筈だからっ!!)
汗で顔に張り付いた髪もそのままに、ルーフェスを助けたいその一心で、一歩づつ足を踏み出す。
しかし、歩けども歩けども中々街道に辿り着かない。
(もし、ルーフェスを医者に見せるのが間に合わなかったらどうしよう……)
そんな不安に押しつぶされそうにもなるが、背中越しに感じる鼓動や体温、それに苦しそうではあるが彼の息づかいが、アンナを奮い立たせていた。
(私が、頑張らないと……。私が、街まで運ばないと……)
アンナは歩みを止める事なく、ただひたすらに街道を目指して歩いたのだった。
永遠かとも思えるほど長く苦しい時間であったが、気力だけで歩き続けて、ついに街道にたどり着いた時には、もうすっかり辺りは暗くなっていた。
唯一幸運だったのは、街道に出て直ぐに行商人の馬車が通りかかり、アンナが事情を説明するとその行商人がルーフェスを町医者まで連れて行くのを手伝ってくれたのだった。
***
「先生、お願いします!!彼を治してください!!」
夜にさしかかり、辺りがすっかり暗くなった頃、アンナはひどい傷を負ったルーフェスを抱えて町の診療所へと駆け込んだ。
「アンナじゃないか。一体どうした?またどこか怪我したのか?」
冒険者を生業にしている彼女と町医者は顔馴染みだった。大きな怪我からかすり傷まで、仕事柄怪我の多い彼女は、お得意様とも言える患者であったのだ。
「私じゃないの。この人を診て下さい!!」
そう言ってアンナはルーフェスを町医者に引き渡した。彼女が連れてきた意識のない青年の傷はあまりに深く町医者は思わず息を呑んだのだった。
「コレはまた……相当酷い傷だな。骨まで見えてるぞ、よくここまで無事だったな。」
「先生お願いします!彼を助けてください!!」
アンナは必死に頭を下げて、涙目で懇願した。
「分かったから落ち着きなさい。直ぐに傷口を縫い合わせるよ。とりあえずそれで消毒と止血して様子を見よう。」
町医者は取り乱しているアンナを宥めるように言うと、ルーフェスを診察台の上に寝かせて処置を開始した。
「有難うございます、お願いしますっ!!」
アンナは祈るような気持ちで、町医者を見つめている。
「大丈夫だよ。ちゃんと治してあげるから。だから、アンナはまず自分の家に帰って着替えて来なさい。君は今、相当酷い格好をしているぞ。」
そう言われ、改めて自身を見ると、エンシェントウルフとの死闘によってアンナは服も髪もボロボロになり、至る所に返り血がこびりついていたのだ。
正直今は自身の身なりよりも、ルーフェスの容態の方が重要でこの場を離れたく無かったのだが、医者に「ここにいても今はアンナがやれる事は何もない」と諭されたので、彼女は一旦大人しく家に帰ることにした。
「先生、よろしくお願いします。直ぐに戻ります。」
そう言い残して、アンナは診療所を後にすると、急いで我が家へと向かったのだった。




