28. 激闘の末に
交戦を始めてから実に一時間は経過しただろうか。
その間、二度の大咆哮があったが、その度にルーフェスが大魔法で周囲に集まったシルバーウルフを一掃してくれていた。
危険な陽動役も、率先して彼が動いてくれているお陰で、アンナは大きな怪我も無く上手く立ち回れているが、長時間に渡る立ち回りに、次第に息が上がり、剣を構える腕も上がらなくなってきていた。
そしてルーフェスの方も、致命傷こそは避けているものの多くのエンシェントウルフからの攻撃を捌いている為、着ているローブはボロボロで、その身に受けた無数の浅い傷の血が滲んでいた。
永遠とも思われる位の長い時間の交戦に、アンナも、ルーフェスも疲労困憊で動きが悪くなり、二人は限界を感じ始めていた。
しかし、体力の限界を迎えたのはエンシェントウルフの方でも同じようだった。良く見ると、狼も足元がふらついているのだ。
お互いフラフラになりながらも、相手から目を離さずに対峙を続ける。目を離した方が負けるのだ。
アンナは、何十回目か、もはや分からない位エンシェントウルフに向かって剣を突き刺した。何度繰り返しても倒れることのない魔物に半ば自棄になって、それでも刺突を繰り返した。
すると、最後に放った一撃が、足に力が入らずに素早い動きが出来なくなっていたエンシェントウルフ喉に深く突き刺さったのだった。手には今までで一番深く入った感触が伝わってくる。
手応えを感じてアンナは直ぐに剣身を引き抜くと、素早く後方に下がり距離を取った。しかし、彼女もまた足に疲労が溜まっていた為、即座に反応できずにエンシェントウルフの間合いからの離脱が一瞬遅れてしまったのだった。
(しまった。後ろに下がるのが少し遅れた!)
アンナは直撃する程ではないにしろ、それでも鋭い爪での反撃がかすめる事を覚悟して身構えた。
しかし、予想に反してエンシェントウルフの爪が彼女を襲う事はなかったのだ。
アンナが喉に突き刺さした剣は、今までで一番深く突き刺ささり、刀身を引き抜くとエンシェントウルフは血飛沫を上げながら倒れ込み、ついに起き上がらなくなったのだった。
「倒し……た?」
信じられないといった面持ちでその場で警戒するも、エンシェントウルフは地面に倒れたままだった。
動かない標的を確認して、この難敵の討伐に成功したのだと実感したアンナは、全身から力が抜けてその場にへたり込んだのであった。
「倒せた……倒せたよルーフェス!!」
一時間以上、ずっと緊張しっぱなしだったこともあり、張り詰めていた気持ちが緩んだ途端、アンナは安堵からか泣き出しそうになっていた。
「激闘だったね。クタクタだよ。これ以上長引いてたらこっちの体力が保たなかったね。」
アンナの隣にルーフェスも腰を下ろした。彼も流石に息が上がっている。
「本当にそうね。」
二人は止めどなく流れ出る汗を拭いながら、戦闘中一切口にする事が出来なかった水分を補給し、それからゆっくり呼吸をして息を整えると、地面に座り込んだまま、アンナとルーフェスはお互いの無事を確認しあった。
「お互いに、ボロボロだね。」
身につけていた防具こそは多くの爪痕で傷だらけであったが、アンナが大きな傷を負っていない事が分かると、ルーフェスは安心した様子を見せた。
「ルーフェスの方が酷いじゃない!怪我は?怪我はしてない?!」
そう言うと、アンナは彼の肩や腕を触り、確かめ始めた。
「全くの無傷って訳ではないけど、大きな怪我はしてないよ。」
そんなアンナの様子にルーフェスは苦笑いしながら答えたが、ローブの裂け目からは何本もの薄赤い爪痕が覗いていたのだった。
「……ありがとうルーフェス。貴方が陽動して敵の注意を集めてくれたお陰で、私は死角から攻撃する事が出来たわ。それに、配下のシルバーウルフを呼び集めるあの咆哮は、貴方の魔法が無かったら無理だった。
本当に……ありがとう……」
アンナはルーフェスの両手を自身の両手で包み込む様に握って俯いた。
先程ギルドで、異性の手を簡単に取るものではないと注意されたばかりであったが、この気持ちは、言葉ではとても言い表せないので、どうしても彼の手に触れたかったのだ。
触れ合ったその手が微かに震えていたので、ルーフェスはアンナが泣いているのを察して、何も言わずに彼女の手に自分の手を重ねて、彼女が落ち着くのを待った。
暫くそうしていると、気持ちが落ち着いたのかアンナは顔を上げて、頬に伝う涙の跡を指でなぞりながら立ち上がった。
「さぁ、暗くなってしまうから、解体して早く街に戻りましょう。討伐証明は尻尾だったわよね。」
「そうだね。早いところ済ませて、街へ戻ろう。もうクタクタだよ。」
ルーフェスをその場で休ませたまま、アンナは一人でエンシェントウルフに近づくと、地面に倒れているその尻尾の付け根に力を込めて剣を振り下ろしたのだった。
胴体から切り落とされた尻尾が切り口から流れ出る血で汚れてしまう前に急いで拾い上げると、アンナは踵を返してルーフェスが待つ方へと戻ろうとした。
後はこの尻尾をギルドに持って帰り納品するだけ。
そう思ってこの時のアンナは完全に油断していたのだ。
だから、目の前にいるルーフェスの表情が凍り付いた事にも、アンナは全く気がつかなかったのだった。




