21. 観劇へのお誘い
討伐依頼を終えた二人が乗っていた乗合馬車は、定刻通り市街地へと到着した。いつも通りなら後はギルドに戻って依頼完了の報告をして、報酬を受け取り精算が終われば二人はそこで解散となる。
けれども、アンナは今日はこのまま彼と別れたく無かったので、「じゃあまた明日」と言って去っていこうとするルーフェスを、思い切って呼び止めたのだった。
「ルーフェス、この後時間ある?友達が女優をやってる劇団の公演チケットを貰ったの。よかったら一緒に観に行かない?」
アンナは、そう言ってカバンの中の観劇のチケットを握りしめると、意を決してルーフェスに差し出した。
「お芝居?」
今までに無い彼女からの誘いに、彼は目を丸くした。
「うん。結構人気あるみたいで、中々手に入らないチケットなのよ。折角貰ったのだから、良かったら一緒にどうかな?」
断られたらどうしようかと不安に思いながらも、彼の返事を待った。彼が返答するまでは、ほんの数秒の間であったが、アンナには酷く長い時間に感じられた。
「それは……是非観てみたいな!」
呼び止められて戸惑っていたルーフェスだったが、芝居と聞いて嬉しそうに顔を綻ばせたのだった。
「うん!一緒に観に行きましょう!!」
色良い返事をもらえた事で、アンナは心の中で飛び上がって喜んだ。これで今日はいつもより長くルーフェスと一緒に居られる。そう思うと嬉しくなった。
「これって中央広場に設営されている大きなテントの所だよね?」
「えぇ。今はあそこで公演しているわね。三ヶ月公演って言っていたかしら。」
王都の中央広場にはいつも大きなテントが張ってあり、サーカスや劇団等、設営の許可を買った様々な興行主が入れ替わり立ち替わり楽しい娯楽を人々に提供していた。
「中央広場のテント、ずっと憧れてたんだよね。あれって、演劇とかサーカスとか、楽しい物の象徴だよね。いつかはあそこの催し物を観に行ってみたいとは思っていたから、誘ってくれて嬉しいよ。」
「今まで一度と観たことないの?」
思いもよらない彼の言葉に驚いてアンナは思わず聞き返してしまった。
席種によって値段の幅はあるが、大体の興行は一般席はリーズナブルな値段設定なので、中央広場の興行は平民の間でも娯楽として広く浸透している物だったから、一度も見た事がないという人は珍しかったのだ。
「うん。一度も無い。だから本当に誘ってもらって嬉しいよ。楽しみだな。」
ルーフェスは子供の様なキラキラした笑顔で答えた。どうやら本当に心から演劇を楽しみにしているようだった。
その様な眩しい笑顔を彼が浮かべているのを見て、そんなに楽しみにしてくれているのならば、声をかけて本当によかったなとアンナも嬉しく思ったのだった。
「でも僕、演劇なんて見た事ないから良く分からないんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫よ。観客はただお芝居を観て感じるままに楽しめば良いのだから。」
それからアンナは、観劇がいかに素晴らしいかを語ってみせた。
「きっとルーフェスも楽しめるわ。エミリアの劇団の公演は本当に素晴らしいのよ。歌、踊り、音楽に照明、そしてストーリー。それら全てが合わさって、観る者は劇の世界に完全に引き込まれるわ。」
そして、劇の世界に没頭している間は嫌なこととか辛いことも忘れられるし、観終わった後も、楽しい思い出という余韻で、満ち足りた気持ちで前向きになれるのだと説明した。
「素敵な、楽しい時間を過ごせる所なんだね。」
観劇について熱く語るアンナを、ルーフェスは目を細めて見守っていた。
「そうなの!私もエミリアの劇はいっぱい観ているけど、その度に何度も救われたわ。嫌なこと、悲しいこと、腹立たしいこと、ギルドの仕事してると色々あるけども、キラキラした劇の世界を見てると、そう言った悪い感情を圧倒的に上回る綺麗な感情で埋め尽くされるの。
だから……今日も絶対素敵な時間になるわ!」
そう言って、アンナはニッコリと笑いかけたのだった。
「そっか、それは楽しみだな。」
アンナに釣られて、ルーフェスも微笑みを返した。
彼にとって観劇は初めての経験である為、アンナがこの様に熱く語る事柄は全てが新鮮で、大変に興味深く、未知の娯楽への期待に胸を膨らませていたのだった。
「本当、楽しみね。」
そしてアンナの方も、この後の観劇を心より楽しみにしていた。
(これはきっと、素敵な想い出になるわ。)
大好きなエミリアの劇を、好きな人と一緒に観る事が出来るなんてまるで夢の様で、チケットをくれたエミリアに、心の底から感謝したのだった。
それからアンナは、今日の日のことが彼にとっても素敵な思い出となりますようにと願うと、ルーフェスと共にワクワクしながら中央広場へと向かったのだった。




