20. 浮き沈みする心
ルーフェスの事を好ましく思っていると自覚したが、アンナはこの想いは内に秘めておく事に決めていた。
もしこの気持ちを伝えて今の良好な相棒関係がギクシャクしてしまったら、残り一ヶ月の仕事に支障が出るだろうし、最悪その時点で相棒関係は解消されてしまう可能性だってあるのだ。
そんな事は絶対に嫌だったので、アンナはいつも通りに振る舞ったのだった。
(もし、私が本当にただの平民だったのならば、この相方関係は延長できたのかしら……)
そんな絵空事も、思い浮かんだ。
けれども、アンナは十八歳の誕生日を迎えたら権利を主張しに裁判所へ出向き、叔父に乗っ取られた男爵家を正当な手続きで相続し取り返すつもりでいる。
なにせそれが、この五年間の彼女の目標だったからだ。
領地に戻って暮らす事になったら、今のようなギルドで日銭を稼ぐような暮らしは出来なくなるのだ。そうしたらもう、彼と会う事もきっとないだろう。
(そう……。だから、今だけなのよね……)
一緒に居られるの時間は残り一ヶ月。そして、その後も縁が続くかは分からないが、恐らく今の様な関係ではきっと居られないだろう。
だからせめて、この残りこの一ヶ月を大切にしたい。それはアンナが彼に対して望む事が出来る唯一の願いだった。
そんな訳で、アンナは今日もいつもと同じように彼の隣で剣を振るった。
今日の依頼内容は、なんて事のない簡単な討伐依頼であった為にあっさりと依頼は完了し、少し物足りなさを感じながらも今は街へと帰還する馬車に揺られている。いつも通りだった。
「アンナ?難しい顔してるけど、どうかしたの?」
不意に、隣に座るルーフェスが、心配そうにアンナの顔を覗き込んだ。アンナはいつも通りに振る舞っているつもりではあったが、実は普段より口数が少なく、時折考え込むような仕草を見せていたので、ルーフェスの目には少し様子がおかしい様に映っていたのだ。
「なっ何でもないわ、ちょっと考え事をしていただけよ。」
急に至近距離で顔を覗き込まれて、アンナは狼狽えた。気恥ずかしくて思わず顔を背けそうにもなったが、それでは余りに不自然なので、彼女は目を逸らさずに、自身の胸の内を悟られぬよう笑顔を向けて取り繕ったのだが、それでもやはりルーフェスはアンナの言動に違和感を覚えたのだった。
「何か困ってるの?僕で良かったら相談に乗るけど。」
優しい彼は心の底からアンナを心配してくれている。
けれどもまさか「貴方の事で悩んでいるんです。」なんて言えるわけもなく、アンナは後ろめたさを感じつつも笑みを作って誤魔化した。
「そ、そういうのじゃないの。大丈夫だから、心配有難う。」
「そう……?なら良いけど……」
そう答えてもルーフェスがまだ怪訝そうな顔をしているので、アンナは話題を変える為に前から気になっていた事を思い切って彼にぶつけてみたのだった。
「……そう言えばさ、前から疑問だったんだけど、ルーフェスは、何であの日私を助けようって思ったの?ほら、最初にあった日。自分で言うのも何だけど、あの時私多分、もの凄く面倒くさかったと思うの……」
あの時何故彼が急に手を貸してくれる考えに変わったのか、それがずっと気になっていたのだ。
急な話題の転換にルーフェスは一瞬戸惑った様であったが、直ぐに「そうだね。」と苦笑混じりに答えてくれた。
自分で言っておいてなんだが、面倒くさいの部分は少しくらいは否定して欲しい気持ちもあったので、ごく自然に肯定されてしまい複雑だったが、しかしそんなことよりも、その後に続く彼の言葉が、より深くアンナを突き刺したのだった。
ルーフェスは少し言いにくそうに、言葉を迷っていたが、一寸の沈黙の後に目を逸らしながら口を開いた。
「あー……。それは……、……初恋の女の子と同じ名前だったから……」
その答えにアンナはズシンッと、自分の胸の奥が重くなるのを感じた。
「そうなんだ……」
それは物凄い衝撃で、胸が締め付けられるように苦しくなったが、アンナは絶対に悟られてはいけないと、努めて平静を装った。
「それで、その子とはどうなったの?」
これ以上は彼の口から、初恋の女の子との話を聞くのは怖くもあったが、どうしてもその顛末が知りたいと思い、アンナは質問を続けたのだった。
「どうもならないよ。一回会っただけだからね。」
彼が苦笑しながらそう答えると、アンナは今度は自分の胸の内が、とても分かりやすく軽くなったのを感じた。
「そっか……。それは残念だったわね。」
冷静に慰めの言葉を口にするも、アンナの心の中は乱高下で忙しい。
(あぁ、もう……。これは重症だわ……)
残り一ヶ月、ただ一緒に楽しく過ごして思い出を作りたいだけなのに、こんなにも彼の一言に一喜一憂してしまうのかとその苦しみを自覚してしまった。
「行方を探したんだけどね、でも見つけられなかったんだ。返したい物もあるから、もう一回会いたかったんだけどね。」
残念そうにそう語る彼の横顔をアンナは複雑な気持ちで眺めた。
一度しか会っていないというのに、その少女は彼の中でとても大きな存在である事が感じられて、彼の記憶の中にいる、見ず知らずの少女を羨ましく思ったのだ。
(ここ二ヶ月ほぼ毎日一緒に行動をしていた私は、彼の心の中に残る事が出来るだろうか……)
その一回が彼にとってどんなに特別だったかは、想像も出来ないが、自分のことも、そんなふうに覚えていて欲しいと願ってしまった。
(私も彼と、何か特別な想い出を作れば、ずっと覚えていてもらえるだろうか……)
アンナは鞄の中にあるエミリアから貰った舞台のチケットを思い出すと、行動に移す事を決意したのだった。




