16. 不愉快な勧誘
二人が一緒に仕事をするようになって、二ヶ月が経過していた。
その間、何か大きな出来事がある訳でもなく淡々と日々の暮らしが過ぎていったが、何も起こらない安定がいかに大切な事か分かっているアンナは、この変わらぬ日常に心地よさを覚えていた。
いつもと同じ場所、いつもと同じ時刻。
また明日と言って別れたルーフェスを、いつも通りアンナはギルドで待った。
掲示板に貼り出されている依頼書を眺めながら、今日はどの依頼を受けようかと一人ぼんやり考えていると、誰かが不意にアンナの肩を叩いたのだった。
彼女が驚いて後ろを振り向くと、そこには見知った顔の大柄な剣士が薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。
「やぁ、アンナじゃないか。久しぶり」
以前一時的に加入したことのあるパーティーのリーダーである剣士が話しかけてきたのだった。
「あっ……お久しぶりです……」
アンナはこの人物が苦手だったので、少し警戒して僅かに表情を強張らせるも当たり障りなく挨拶を返した。このまま挨拶だけで剣士の男が去ってくれる事を願っていたが、そう上手くはいかなかった。
「最近君がさ、特定の人と組んで依頼をしてるって噂を聞いてね。……まさか、俺達の申し出を”一人が良いから”って断ってるのに、そんな事してないよね?」
剣士の男は、アンナの硬い表情など気にも止めず当てこすりの様な物の言い方で、絡んできたのだ。
高圧的な態度を取るこの剣士はやはり苦手だなと再認識をし、なるだけ早く会話を切り上げたいと思ったアンナは、剣士の問いかけに作り笑いを浮かべると、表面上はにこやかに「えっと……そうでしたっけ?」と、曖昧に返答したのだった。
どのような反応をするのが一番最良か判断できなかった為に、困った時に彼女が良くする、笑って誤魔化してやり過ごすという対応をとってしまったのだが、しかしこれが間違いだった。
「なんだよそれっ!!俺達の勧誘を覚えてないって言うのか?!」
剣士の男は、アンナの腕を掴み声を荒げた。周囲にいた他の冒険者達も思わず二人の方へ視線を向ける。
「ちょっと、痛いっ!離してっ!!」
アンナは男の手を振り払うと、一歩後ずさった。
(失敗したなぁ……)
自分の発言が迂闊であったと反省しても後の祭りだった。目の前の男は苛立ちを隠そうともせずに立ちはだかっていて、簡単には退いてくれそうには無かった。
「ねぇ、アレは何……?」
「あら、あんた来てたの。」
少し遅れてギルドにやって来たルーフェスは、着いて早々に遭遇したアンナが男と揉めている場面について、受付のお姉さんに事情を確認していた。
「あれは以前アンナが誘われて一時的に加入していたパーティーのリーダーね。あの娘、あいつらとはもう二度と関わりたくないだろうに、絡まれて可哀想ね。」
「どうゆうこと?」
知り合う前のアンナの事を良く知らないルーフェスは、受付のお姉さんに、特にアンナがあいつらとはもう二度と関わりたくないと思ってる部分について詳しく説明を求めたのだった。
「あいつら、個々の能力は高いんだけど、皆それぞれ自分が好きなように動くから、連携なんて取れたものじゃないんだ。それなのにある時身の丈に合っていない難易度の依頼を受けて、臨時でアンナ含む他の冒険者も何人か誘って……。で、結果失敗して参加していたほぼ全員が怪我を負ったわ。アンナも、その時に左腕に大きな怪我をしてるのよね。」
それを聞いて、ルーフェスの脳裏には以前アンナの袖口からチラリと見えた腕の傷痕がよぎった。
「あいつらそれ以来落ち目でね。それでなんとか再起しようと高額な依頼をする為に人を集めてるんだけど、あんな勧誘の仕方じゃダメよねぇ。」
呆れたような口調で言うと、受付のお姉さんは揉めている二人を眺めた。大きな声で詰め寄る剣士にアンナはたじろぎ気圧されていたのだ。
「それで貴方、あの娘を助けないの?」
「勿論助けるよ。有難う、お陰でなんとなく状況が把握できた。」
そう言うと、ルーフェスは少し怖い顔をしながら二人が揉めている掲示板の前へと向かったのだった。
「他の奴と組んでるんならば、俺たちともだって組めるだろう?何だったらそいつも一緒でも良いし。」
「えーっと、そうは言っても私一人で決めれることではないし、他を当たった方が良いんじゃない?」
他の冒険者達の注目を集めながら、掲示板前での押し問答は続いていた。
「そんなこと言わずに、前は一緒に仕事しただろう?」
その仕事した時に良い思い出がないからこうやって断ってるのに、なんてしつこいのだろうか。一向に引き下がらない男に、アンナはうんざりし始めた。
「とにかく、今組んでる奴にも聞いてみてくれよ。人数が多い方が良いって言うかもしれないだろう?!」
もう何度繰り返したかさえ分からない問答に嫌気が差しながらも、剣士のしつこい問いかけにアンナが口を開こうとしたその時だった。
第三者がアンナの代わりに剣士に返答したのだった。
「いいや、断るよ。もう絡まないでくれるかな?」
アンナと男のやりとりに、第三者であるルーフェスが割って入ったのだ。
「ルーフェス、来てたの?」
「うん。ちょっと前から見てたんだけど、これは助けた方が良いかなって思って。」
「うん。ありがとう。」
ルーフェスがそばに来てくれて、彼が助けに入ってくれて、アンナは自分でも驚くほどに心が落ち着いたのが分かった。
そして心強い味方がそばに来てくれた事で勇気付けられたアンナは、剣士に対して曖昧に濁すのを止めて、キッパリと拒絶の意思を表示することにしたのだった。
「と、言うことです。私たちは貴方達とは組みません。だからもう私に構わないでください。勧誘もしないでください。」
アンナは、深く頭を下げて自分の想いを示した。
これでもう諦めてくださいと。
ここまで言えば流石にもうこれ以上は構わないで立ち去ってくれるだろうと思っていたのだが、しかし、中々思い通りにはいかないものである。
剣士は、ルーフェスの顔を見ると怒りの声を上げたのだった。
「なんだよ、結局は顔かよっ!!」
「は?」
男の素っ頓狂な発言の意味を直ぐに理解できずに、アンナは思わず間の抜けた声を上げてしまった。
剣士の男は、見目の良いルーフェスの姿を見て、アンナが容姿で組む人間を決めていると誤解し余計に激昂したのだった。
「透かした顔して、気に食わねぇな……」
剣士の男はルーフェスの前に出ると、敵意を剥き出しにして睨んできた。
「奇遇だね。僕もお前のこと気に入らないって思ったよ。」
普段は穏やかな表情が多いルーフェスも、とても冷ややかな表情で軽蔑の眼差しを男に返す。
正に一触即発な空気が漂う中、ギルドに鶴の一声が響き渡った。
「やめないかいあんた達っ!!!それ以上やると出禁にするよ?!」
受付のお姉さんが、二人を一喝したのだった。
ギルドにおいて、受付の彼女には誰も逆らえないのだ。彼女が仲裁に入ったのならば、もうそこで、絶対に止めなくてはいけない。それが、ギルドで仕事をする上での絶対的な暗黙のルールなのだから。
「チッ…
いけすかない野郎と傷物女なんて二度と誘わねーよっ!!その軟弱そうな男と、よろしくやってろよっ!!!」
剣士の男は、怒りが収まらないと言った感じで、顔を真っ赤にし捨て台詞を吐き捨ててこの場を去っていった。
その瞬間、ルーフェスが僅かに動いたのをアンナは見逃さなかった。反射的に彼の腕を引っ張って、彼の行動を止めたのだった。
「ルーフェス駄目っ!!」
少しでも遅れてたら、ルーフェスは男に掴みかかっていただろう。
「あいつアンナの事まで侮辱したっ!」
普段の柔らかい雰囲気とは異なり、ルーフェスは明らかに怒っていた。
「アレくらいの悪口、私なら気にしてないから。そりゃ、ちょっと誤解を招く言い方はやめて欲しかったけど……。でも、左腕に大きな傷跡あるのは事実だしね。」
彼が自分の為に怒ってくるているのだと察して、私は大丈夫だから落ち着いてと笑って見せて、アンナはルーフェスを懸命に宥めた。
そんなアンナの様子を見て、ルーフェスは頭を振りかぶって大きく息を吐くと、怒りを鎮めたのだった。
「君は、もっと怒って良いと思うんだけど……」
少し呆れた様な目で、アンナを見遣る。
「そりゃあ嫌な気分にはなるわ。でもギルドで揉めても良い事ないからね。その時だけだから。ちょっと我慢すればおさまるのだからね。」
面倒を起こしてギルドの仕事を失うわけにはいかないので、アンナは今までずっと、そうやって嫌味や悪口をやり過ごしてきたのだ。突き刺さる悪意は確かに胸を痛めつけてくるが、仕事を失う痛手と比べたらそれ位の我慢は何でもなかった。
それからアンナは落ち着きを取り戻したルーフェスに向き合うと、少し俯きながら、恥ずかしそうにお礼の言葉を絞り出したのだった。
「でも、さっきのは私の為に怒ってくれたのよね?……有り難う。」
彼が自分の名を口にして男に掴み掛かろうとした事が、驚きもしたが嬉しくも思ったのだ。
「言われっぱなしじゃ腹が立つからね。ごめんね、僕案外気が短いんだ。怖く無かったかい?」
そんな彼女の態度に、ルーフェスは先程までのピリついた空気をすっかり消し去っていつもの柔らかな雰囲気に戻ると、気遣う様に優しく言葉をかけたのだった。
「普段と大分様子が違ったからビックリはしたけども、別に怖くはないわ。」
「そっか、アンナに嫌われなくて良かったよ。まぁ、普段は猫被ってるから、驚くよね。」
「えっそうなの?!猫を被っているの?!」
彼のそんな発言にアンナが驚いてみせると、ルーフェスは少し悪戯っぽく笑って「さぁ、どうでしょう?」と揶揄うように言うので、二人は顔を見合わせると同時に吹き出して笑い合ったのだった。




