PART.3 居候のハンバーグ
居候となって初日、僕は冴島さんのエプロン(男女共用)を借りて台所にいた。綺麗な包丁にある程度使い古されたフライパン、そして、たくさんのお皿。多くの人を招くこともあるという冴島さんの家にはたくさんの料理器具類があった。
しかし、冴島さん自体は料理はあまりうまくできないみたいだ。別に料理が出来ないことはたいして問題じゃないと思う。僕が作るし。一応、今週は冬休み的な期間になっているようでプライベートな時間を満喫できるそうだ。その間だけでもとても美味しいご飯を食べてもらいたい。
今日の夕食はハンバーグ。しかし、昼食がまだだった。冴島さんはスムージーを飲んで野菜を取っていたが、僕は何も食べていない。
別にお腹が空いているわけではないのだ。ただ、胃が余り受け付けていないだけで。実際、精肉店の店主がジュースをくれたのでそれを少しずつ飲んではいた。まあ、冷えたものは体が拒絶するのだが。
ハンバーグを手のひらでキャッチボールするっていうのをやっている人がいるが、これでも内側の空気はあまり抜けないらしい。なので僕はそのまま丸めてしまってハンバーグを焼いていっている。割れないようにするのに結構初めは苦戦したモノだ。上手く丸められていなかったり、中の空気が余りにも抜けなかったり、要因はいろいろあった。まあ、ここら辺に時間を使うのは面倒だし、これはあくまでも家庭料理だ。好きなように味付けしよう。
まあ、好きなようにって言っても、小学生時代に『砂糖を入れたらおいしくなるよね!』って言って料理に砂糖ぶちまけたような子もいたが…。あれは流石に論外だ。
まあ、それを食わされた僕はその後どうなったのかは察してほしい。
「ショウガ入りとそうじゃないヤツで分けて焼いて行こう。これはナシでこれがアリ。アリの方には分かりやすいように焼き上がり前にバジルでも乗せておこうかな?まあ、この香りはあまり好きなじゃないけど、冴島さんが好きみたいだから。」
僕にだって苦手はある。バジルの独特な味と匂い、あれは少し苦手だ。茶碗蒸しも少しだけ苦手。それ以外は大体食べることが出来るし、偏食じゃないだけマシ。
ショウガは少なめに入れてあるが、ほのかに匂いがするかもしれない。ちなみに、来週金曜日に作るカレーにはニンニクを少々入れる予定だ。後日予定がないということも教えてもらった。来週の仕事の予定も聞いた理由は弁当を作るためだ。そこまでしなくてもいいと言っていたが、食生活が少々不安なため、少々柔らかめの弁当にしよう。女優さんとかは顔の筋肉が付かないようにするためにスムージーを飲むという人もいるらしい。冴島さんはそこまでガチガチには鍛えるつもりはないらしいし、最低限の固さの弁当にしようか。
ただ…
「まだ来たばっかりだし火力に慣れないな…。」
そう。意外と火力が高いこのコンロ。なかなかに火力調節が難しい。とはいえ、元々は働いている母さんのために慣れない調理器具での料理は覚えたからそこそこの料理は作れると信じたい。
ハンバーグが次々と焼き上がり、皿に盛られる。そして気付く。
ちょっと夕食には早くないのか?と。
そこで保温容器を借りてハンバーグを温かいまま保存することにした。後一時間程度で夕食時だ。現在の時刻は午後六時。
そこで温かいうちに一つだけ味見してみた。
「うーん、焦げはないし、焼き上がりは完璧。でも、調味料がちょっと物足りないね。よし、ちょっと作るか!」
とはいえ、それもそこまで時間のかかるものではない。
ハンバーグには意外とソース以外にも合うものはある。自分はわさび醤油を少し気に入っていた。何だかんだでわさびの味と醤油の味はハンバーグの肉の味といい具合に混じり合うのだ。
ちなみに、わさび醤油以外にも、ショウガを入れるのもアリだ。わさび醤油が合わない場合のことも考えて、少しだけ大根を頂戴して大根おろしを作った。大根は根の深い方が辛く、上の葉に近いほど甘くなる。僕は中間よりほんの少し上が好きだからそれくらいをおろす。後残った部分はその内というか、明日にでも鍋料理とか、味噌汁に入れるとかやってもいいかもしれない。
調味料について考えていると六時半。夕食が近づいている。僕はさらに盛り付けられたハンバーグを机に置いて、調味料(ソース類)が入った小皿をすぐ近くに置いた。
「ご飯できましたよ!」
「分かったわ。………………ってすごく美味しそう!」
「初めて振舞う食事ですし、本気で作りました。どうぞ、召し上がれ。」
「いや、影山君も食べるでしょ。」
「あ、そうでした。」
「では、」
「「いただきます。」」
僕は先にハンバーグを口にする。
「うん。ほんのちょっと焦げてるかな、まあ、美味しいくらいに済んでる苦みで助かった。」
「ん!美味しい!えっと、これってさっきの肉で作ったの?」
「そうですけど。後はちょっとだけショウガ使ったり、ちょっとだけ肉に調味料振ってますけど。」
「これが毎日食べられるなんて幸せね~。」
「…そうですね。」
「あ、このソースは?」
「あ、右からわさび醤油、ショウガをベースに作ったもの、あとは定番のデミグラスソースですね。」
「わさび醤油?結構不思議なものを使うんだね。」
「まあ、これは僕の好みですが。でも、このハンバーグには結構合いましたよ。」
「そう?じゃあ、いただきます。…………!?」
冴島さんがわさび醤油を付けたハンバーグを口にした途端、固まった。
「え?ちょ、もしも~し?冴島さん?どうしました?」
「わさび醤油、意外と合う。」
「え?」
「初めて食べたけど、意外と合うんだね、これ。」
「ほっ、よかったぁ。ちなみにわさびはチューブのヤツより自分でおろして食べたら結構美味しいですよ?お小遣いでたまに買って一人で食べてたんですけど。」
「ホントに?」
「本当です!…って、どこぞのバイト求人のCMみたいになっちゃった…。」
「次ハンバーグの時にやってみよ。」
「まあ、あのスーパーには売ってた気がしますね。次はそこで買いますね。」
「うん。で、ショウガは食べたことあるけど、味変が出来ていいね。でも、掃除とか大変じゃない?」
「一応米の研ぎ汁を使って油をある程度浮かせてから掃除します。」
「米の研ぎ汁?いつも捨ててたよ。そんな使い方があったんだ。」
「まあ、これは母さんがやってたことですが。見よう見まねでやったら意外と上手くいって、それからはよくやってます。」
「へぇ~、………………すごいね!」
「ありがとうございます。」
僕にはわかった。今、母さんのことから話を逸らそうとしてわざとらしく『すごいね』と言ったことに。でも、それについては追及しなかった。
「そうだ。僕の登校日程はどうなっているんですか?」
「え?あの学校は卒業判定だよ?」
「え?」
「だって、しれっと校内一位を取り続けてる生徒が家庭の事情で居場所が無くなったとか言ったら困るでしょ。あ、そうだ。学校においてあるパソコンは明日取りに行くことになってるわ。」
「分かりました。で、僕はこれからどうしたらいいですか?まだ十六歳で仕事することもできないんですけど…。」
「なら、専業主夫として住んでもらうわ。」
「え…。それは…申し訳ないというか……。」
「ここ以外に住める場所があると?」
「…。」
確かに僕には友達がいない。所謂ぼっちだ。しかも、学校中に僕が冴島さんの居候になっていることが伝わっているだろう。
「分かりました。では、よろしくお願いいたします。」
「うん。」
「さて、お米はどれくらい食べますか?正直、このハンバーグお米と相性が滅茶苦茶いいんですよ?」
「えっ!?そうなの?もう結構食べちゃった。」
「じゃあ、明日の朝は少し重いので昼食はこのハンバーグにしましょう。」
「賛成。じゃ、残りも食べちゃいましょうか。」
「明日の分はタッパーに入れておきますね。」
「うん!」
こうしてそこそこたくさんあったハンバーグは一晩で半分ほど減ってしまったのであった。
夜、一人ソファの上で寝転がっていると
「ええ、はい。彼を芸能界へ?いえ、彼はそれを望んでいません。ですから、その件はなかったことに。………………スキャンダル?それくらいで怯みませんよ。だって、彼は私の大切な専業主夫ですから。え?彼を取材?どうして。………………視聴者やファンの信頼を得るため?分かりました。そこまで言われたら引き下がれませんね。実際、たくさんの人が、彼と歩いているのを見ているので。それに、精肉店の店主さんに『彼のことを頼む』と言われてしまいましたから。」
そんな電話の声が聞こえた。そして、これから降り注ぐ厄介ごとのにおいに憂鬱になりながらもコートを被って眠った。