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(第二章は削除しました)無自覚ハイスペックくん、女優学生に拾われる。  作者: 柏木悠斗
1st. あなたは自分の大切な…。
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PART.2 拾われて、匿われて、買い物へ

 ある夢を見た。冷たい部屋の中で包丁を振りかぶられ、刺され、(はらわた)が飛び出て、それを喰われるのをひたすら見る夢。悪夢ではあったが、自分の体は痛みを感じなくなっているようで、何度刺されても痛くなかった。


 ボロボロになった体、冷え切った部屋、包丁に中華鍋。そして、母さん。その光景にデジャヴを感じていた。


(そうだ。僕は母さんに殺されかけたんだ。)


 実際には手を出されていないわけだが、結果的には死にそうになっているのだからあまり強く言えない。


 僕にとって母さんは人生の半分ほどを占める大きなものだった。母さんのために料理の勉強もしたし、友達を作ろうともした。でも、母さんは僕を殺そうとしていた。その努力がすべて水泡に帰してしまったわけだ。許せるようなことでもない。


 死ぬことなんて簡単だ。でも、それが呪いにかかったかのようにできなかった。突然体が何者かに乗っ取られたかのように動かなくなってしまう。幼い頃にいじめに耐えかねて自傷までしたが、自殺だけは出来なかった。


(って、夢の中なのになんで普通に話せるし考えられるんだろう。僕って死んでないの?)


 そう。僕はさっき凍死したはずだ。なのに今、こんな感じで考えることが出来ている。つまりまだ生きているということだ。


 でも、用務員さんは遠ざかって行ってしまったし、誰も助けに来てくれはしないはずだ。



 目を開けたかったが、目が開かなかった。感覚はするのだ。体は温かい何かに包まれていて、何も動かせないが、幸福感のようにも思える温かさ、温もりを感じた。


 涙が流れていることも理解できている。でも、拭う腕が動かない。ボロボロな服はどうなったのだろうか。あのコートはどうなったのだろうか。お金は、形見の指輪はどうなったのだろうか?


 答えは出ず、動かない体と動くことのできる感情にもどかしさを感じていた。




 何分、何時間かかったか分からない。でも、これだけは分かる。



 僕は助かったのだと。



 光が目に入り、やっと目を開けることが出来た。でも、溢れた涙が止まらず、目の前の光景がよく見えない。


「やっと目が覚めたみたいね。」

「…冴島さん?」

「あら。私の名前を知っているのね。」

「…噂で聞いて少々情報収集したので。」

「そう言うことね。」


 僕は目の前にいる人物を確認する。


 彼女の名前は冴島友里(さえじま・ゆり)。女優兼学生だ。大学に通いながら女優として活動している。背は僕と同じくらい。スタイル抜群でよく本の表紙を飾っている。茶髪ロングで目は少しブラウン気味な黒。


 クラスメイトが『学校の近くに冴島友里の家がある』という情報を入手して、しばらく問題になっていたのだが、冴島友里が引っ越したことで終息した話だったのだが、なぜ自分が彼女の家にいるのかが分からない。


「引っ越したはずでは?」

「うん、それがね~、あなたのとこの生徒がいろいろ私にサインやら握手やら求めてくるから一旦引っ越しって形で新しい家を買ったのよ。それですぐに前のところの土地売り払ったんだけど、たまには前の住居辺りが気になってね?それで夜に散歩していたらあなたが倒れていて拾ってきたってわけ。」

「…ん?僕は自分の学校について話してませんよね?」

「そりゃ、学校の敷地内で倒れていたらこの学校の関係者って考えるのが普通じゃない?」

「ん~、確かにそうですね。」

「というか、私に興味はないの?」

「ないですね。生きる価値すら見いだせなくなりましたし。」

「ん?それはどういう…。」

「実は…。」


 僕は自分の状況を話した。家が火事で燃えたこと、それが母さんが僕を殺そうとして起こしたこと、形見の指輪が壊されたこと、近所に助けを求められなくて学校に行って用務員さんに話しかけようとしたところで気を失ったこと。


 それを聞いていくうちにうんうんと頷いていた冴島さんは唐突にこう言った。


「じゃあ、私がここに匿ってあげようか?」

「え?それは願ってもいないことですが、女優業に影響は出ないんですか?」

「問題ないわよ。それよりも、私の家のすぐそばで死人が出たという方が評判が下がるわ。スキャンダルに怯えて人助けができないなんてそもそも人間じゃないと思ってるもの。それに、今のあなたはすぐに死にそうな顔してるわよ。」


 言われて気付く。鏡を見るとげっそり痩せていて、涙が渇いていない頬が光っている。

 確かに、このままだと僕はすぐに死んじゃうな。


「流石にこれは私が何とかしなくちゃね。私、そこの学校のOGなのよ。で、女優だからある程度顔が利くわ。で、何て名前なのかしら?」

「…影山健也です。」

「ふぅん、結構いい名前じゃない。」

「…亡くなった父さんがつけてくれたみたいです。」

「お、重いぃ…。とにかく、学校には私から連絡をしておくわよ。」

「ありがとうございます。」

「そうだ。スマホ壊れちゃってたわね。新しく契約しに行くから早く体調治しなさい。」

「あ、そうだ。匿ってくれているのでできるだけ料理とかで手伝いをしたいです。」

「え?料理できるの?」

「…簡単な家庭料理でしたら。」

「だったら今日の夜ハンバーグがいい!」

「…!?」

「え?どうしたの?嫌いだった?」

「え?あぁ。いや、何でもないです。」


 昨日のことが頭に浮かんだなんて言えるわけがない。地雷持ちな僕がこれ以上彼女の心労を増やすわけにはいかない。


「そう…。じゃあ、何かあったら言うのよ?あ、コートの中身はそのままにしてあるから。乾いてると思うから。」

「…ありがとうございます。」

「これから電話してくるからそこで待ってるのよ?」

「(コクコク)」


 冴島さんが僕を匿ってくれるということになった。でも、実は少し怖い。そう言って昨日殺しに来た母さんがいたんだから。

 生きる希望が見当たらないけれど、どうせ殺されるんなら今絶望している内にして欲しい。僕はもう、これ以上苦しみたくない。



 数分後。


「終わったわよ。さ、お肉買いに行きましょう!」

「はい。」

「肉は何がいい?」

「…普通に牛だと思うますよ?」

「どこで買う?」

「そうだ。実は僕を気に掛けてくれた精肉店の店主さんがいる場所があるんです。そこに行きたいです。」

「…大丈夫?」


 冴島さんが心配そうに僕を見る。


「ええ。母さんはもう無視します。再婚相手とどうぞ仲良くって感じですね。」

「そう…。」


 何か言いたげな表情をしているが、三駅分もあるからさすがに歩きは疲れるということで切符を買って移動することにした。



「おい、あれ冴島じゃね?」

「そうだな。てか、男がいないか?」

「え?冴島さんに彼氏?」

「なんか冴えない感じがするけど、目元がカッコいいかも。」

「っていうか、コートボロボロだけどなんかカッコいい…!」



 冴島さんが歩くたびにどよめきが起きるが、それを無視して歩いている彼女は相当な人物だ。僕なんて声が聞こえるたびに狼狽(うろた)えているというのに。


 電車の中でもこちらに視線が突き刺さっていてなんか辛かった。冴島さんに席を譲り、僕はその前に立つ。そして、電車内の広告を見ながらそんな視線から逃げる時を待っていた。


 冴島さんが電車から降り、その後から降りる僕。まだ彼女に触れたりはできない。だから偽装彼氏的な感じにもできないだろう。


 駅から精肉店はそこまで遠くない。だから精肉店にあっさりと着くことが出来た。



「店主さん!」

「おお、ケン坊!無事だったか!?」

「ちょ、痛いですって!」

「心配したんだからな!急に電話がつながらなくなっちまうんだから!」

「すみません、形見の指輪を取るために火に突っ込んだら壊れちゃって…。」

「何危ねぇことしてやがるんだ!」

「痛いですからマジでやめてください!」


 店主は僕の頭を分厚い胸板に押さえつけて抱きしめた。なんかミシミシ言っている気がしてこのままだと危険だと判断した僕はギブアップを告げるように机をバンバン叩いた。「ギブ!ギブ!」というのも忘れずに。


「で、そこに居る別嬪さんは誰だ?彼女か?」

「恐れ多いですって!まあ、僕を匿ってくれてる人ですね。」

「匿う?家は燃えちまったけど住めない程じゃねぇって話だったはずだが…。」

「実は…。」


 僕は店主にも事情を話した。


「和美に殺されかけた?それマジで言ってんのか!?」

「ええ。はっきり保険金目当てで殺されそうになりましたね。タックルして指輪の破片とお金を持ってって学校辺りに逃げたんですが、もう終電が出てましたし、歩きで行ったら凍死しかけましたし。」

「そりゃ、大変だったな。」

「ええ。母さんが無事だと思ったら急に殺害予告です。嫌になりますよ。」

「そうだな。あ、そこの別嬪さん、寒いから早く店内に入りな?」

「ありがとうございます。」


 冴島さんはずっと外で待っていてくれたみたいだ。なんか申し訳ない。


「それと、ケン坊助けてくれてありがとな!こいつはアニキの息子さんで、俺の息子みたいなところがあるんだ。」

「まあ、アニキって言っても血は繋がってないけどね。」

「そうなんですか…。」

「で、ここに来たってことは肉を買いに来たってことだな。」

「さすが店主。相談だけじゃないってことよく見破ったね。」

「ハッハッハ!冗談なんだか本音なんだ分からねぇ!」

「本音だよ。で、今日はハンバーグにしたいんだけど、どれがおすすめ?」

「うんうん、今日はジューシーな肉汁が売りのこいつを仕入れたぜ!」


 店主が取り出したのはいい具合に脂身がある肉とひき肉だ。タグを見てみる。値段のところだけわざと隠しているあたり、店主も性格が悪い。

 でも、万を越えなければ今回は買う予定なので関係はない。


「国産和牛…。よし、それで。いくら?」

「会計四千五百円だ。」

「思ったより安かった…。はいこれ代金ね。で、追加で冴…彼女にも何か選んでもらってよ。」

「うん?私は別にいいけど…。」

「ここの店主、肉の選び方がいいから本当においしい肉が選べるんだよ。あ、そうだ。近いうちカレーを作るからおすすめの肉を入荷しておいて。えっと、来週の金曜日空いてます?」


 僕は冴島さんに来週の予定を聞く。ちなみに今日は水曜日だ。


「え?開いてるけど。」

「じゃあ、その日の夜はカレーにしましょう。」

「お、嬢ちゃん運がいいな!」

「え?」

「コイツが作るカレー、よく分からんがシェフでも再現できない深い味が付くってことで有名なんだよ。何故かこいつが作ると周りとは違ったコクが付くとか何とかで。実際滅茶苦茶うまいぞ?」

「そんなんじゃないよ。」

「噓つけ!去年だって偶然うちに来たシェフが『弟子にしてくれ』て叫んでただろうが。」

「ああ、そんなこともあったね。でも、どうせ何気ない日常に一つのスパイスが追加された程度。大して記憶してなかったよ。」


 そう言った瞬間、冴島さんを店主が呼んでひそひそ話を始めた。その間、僕は肉に合う調味料を探すことにした。


「(嬢ちゃん、ケン坊はこういうヤツなんだよ。興味ないことにはとことん興味ないからこんな感じでのほほんとしているが、無自覚ハイスペックってヤツなんだよ。匿っている間にちょっと現実を見せてやってくれ。)」

「(え?どういうことです?)」

「(さっき言ったようにシェフの全力の弟子入り志願を無視するような人間だ。しかも、銃撃事件が発生した時も何だかんだで銃弾避けてから飛び蹴りで銃撃犯を捕縛してるし、あんな体格じゃ無理なくらい重い荷物持ってるし、自動車並みの速度で走れるんだぞ?しかもそれを()()って言ってるんだ。)」

「(どれだけここは物騒なんですか…。それにちょっと私にもできなさそうですが…。頑張ってやってみます。)」

「(頼んだ。それと、あいつは父親を幼い頃に亡くしているからお母さん子になっているが、そんなアイツが愛想尽かしたって言ったんだ。恐らく襲われたのは本当だ。虐められてることについて母親に相談せずに心配させないように黙っていたようなヤツがそんなことを言うのは明らかにおかしい。俺が守れないのが情けねぇが、殺されそうになったら何とかしてやってくれるか?)」

「(当然です。その為にうちに匿ったんですから。)」


 ひそひそ話が終わったようだ。ちなみに僕が買おうとしたものはチューブに入ったショウガ。最近寒いから少しだけハンバーグに入れる予定だ。


「これも追加でいいですか?」

「あいよ!会計百七十八円だ。」

「ほい。代金だよ。じゃ、たまにはここに来るから。来週金曜日、カレーに合う肉、楽しみにしてるよ。」

「分かった。和美が来たら言っておく。『お前に愛想尽かして旅に出た』ってな。」

「まあ、語弊はほぼほぼないし、それでお願い。いや、語弊があった方が混乱するかも。まあ、連絡先の紙は無事だったし、スマホ再契約してすぐに電話かけるよ。一番最初に。」

「約束だからな!嬢ちゃん、ケン坊を頼んだぞ!」

「任されました。」


 そして、また憂鬱な電車の旅を終え、冴島さんの家に到着するのであった。

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