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夏霞の姫は、絶対求婚にうなづかない。  作者: 汐の音
〜おまけ〜

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ハッピーハロウィン!②


「まあ! びっくりですけど大歓迎ですわ。アイリス様。サジェス殿下も」



 その日の午後。

 有言実行であり、妃のためなら己の魔力を振るうことに何ら呵責を覚えないサジェスによって、ふたりは遠く離れた東公都(エスティア)の地に降り立っていた。空を、ではない。瞬時にして『翔んだ』のだ。


「ごきげんよう、ミュゼル様。先触れもなくごめんなさい……」

「すまないね、ミュゼル嬢。なまじ小型竜(メッセージドラゴン)より早いものだから」


 消え入りそうな声音のアイリスとは対照的に、サジェスはあっけらかんと肩をすくめる。

 さもありなん、と微笑んだミュゼルは、ふくよかな頰をにっこりと綻ばせた。


「“転移”は神より賜りし王家の能力(ギフト)ですものね。サジェス殿下の、妃殿下へのご寵愛ぶりは聞き及んでおりましてよ。さ、お入りになって」

「ありがとう、いたみいる」

「寵愛……」


 鷹揚に頷いたサジェスは、口ごもるアイリスの肩を抱いて案内を受ける。

 忍びであること、すぐに去ることなどを述べ、茶菓子のたぐいはお構いなくと告げた。


 快諾したミュゼルにより、三名はエスト家の応接間へと向かう。中央のソファーセットに腰掛け、ひと通り話を聞いたミュゼルは、「まあ」と蜂蜜色の瞳を輝かせた。


「ちょうど良うございました。わたくし、彼の国には

滞在したことがありますの。特産品の目利きの修養がてら」

「特産……国名にもなっている、ランタンですか」

「ええ」



(流石はミュゼル様。知識の幅が広くていらっしゃる)


 アイリスは、親友の令嬢とサジェスの会話に付いてゆくことができず、ちんまりと両手を膝の上に揃えた。

 残念ながら、自分は王太子妃としての教養に著しく欠けるきらいがある。言語ひとつとっても、そう。諸外国を巡った際は強く思った。長年の引きこもりの影響はこんなところで芽を吹き出すのだ――……


 そういう意味で、目の前の友人は非常に眩しい。才女と名高いミュゼルの口上はどれをとっても軽やかで、押しつけがましくなく機知に富んでいる。

 感心しながら聞き惚れていると、ふと、今夜の舞踏会へと話題が及んだ。ハロウィンの風習もとうに知っているらしい。

 ミュゼルは「お待ちになって。確か、その時作った祭用のドレスに予備があったはず」と、いそいそと席を立つ。ほどなく戻った彼女の手には、独特な色合わせの奇怪なドレスがあった。


「あのね、オー・ランタンのハロウィンといえばお化けの格好が人気ですの。これはカボチャの精霊のドレス」

「なるほど……?」


 ドレスを受け取り、アイリスはしげしげと手元に見入る。

 胸元が広めに開いたオレンジ色の腰上部分には金細工のカボチャと蔓のモチーフが縫い付けられている。帯と腰から下は、白。ふんわりと広がって、さぞミュゼルに似合うことだろう。マントと袖は黒。たっぷりとした布地は魔女めいたデザインだ。


 未使用なのでもらって欲しいとまで言われ、たじたじとなったアイリスが「では、また改めてお礼に――」と、口をひらいたところでドアがひらいた。突然の出来事だった。


「!」


 ノックはかなり、おざなりだった。三者が同時に視線を向けると、そこには。


「はあっ、はあ。ミュゼル、殿下が姉上を伴って来た、と……ッ!?」

「やあ、お邪魔してるよルピナス」

「殿下ーー!!?!? また! そんなに軽々しく転移魔法を……! 護衛もお付けにならないとは何事か!!!」


 やや乱れた長い藍髪。襟元を寛げた騎士服。声を荒げる闖入者はルピナスだった。気の毒に、騎士団で何らかの稽古をしていたときに家人から呼び戻されたのだろう。

 アイリスの双子の弟ルピナスは、本来ならば王太子サジェスの近衛騎士。それを、休暇を使って婚約者の姫君の館に逗留しているに過ぎない。

 心根の芯からお役目大事をモットーにするルピナスを、ミュゼルは笑って出迎えた。


「おかえりなさい、ルピナス」

「ただいまミュゼル――――じゃなくて!」

「落ち着け、どうどう」

「うるさい。貴方が原因ですからね? このことはちゃんと陛下にご報告を」

「おい待て」


 途端に旗色が悪くなったのを察し、王太子が腰を浮かせる。

 腕を組み、顎をそびやかすルピナスに、アイリスはおずおずと申し出た。


「あっ……あの、ルピナス」

「何? アイリス」

「あまり殿下を叱らないで差し上げて? じつは」


 ――斯々然々(かくかくしかじか)

 説明を受けたルピナスは、黒曜石のような瞳をむっと細めてドレスとサジェスとを見比べた。それからアイリスの顔を心配そうに見つめる。

 アイリスは、怪訝そうに弟を見返した。


「ルピナス?」

「うん……うん。そうか、いやでも、殿下だしな……念には念を入れたほうがいいか」


 ぶつぶつと早口で独りごちたルピナスは腰のポーチから包帯を取り出し、それを、スッと姉へと差し出した。

 アイリスは、いっそう不思議そうな面持ちで眉をひそめる。


「わたくし、どこも怪我していなくてよ」

「違う。これは」


 真面目くさった顔のルピナスが颯爽と近寄り、こそこそと姉に耳打ちをする。すべてを聞き終えたアイリスは、再度「……なるほど?」と呟いた。


「わかった? 必ずだよ」

「? え、ええ。そうね、そうするわ」


((……))

 一対の同じ美貌が、おのおの異なる輝きを宿して向かい合っている。

 並び立つと否応なく目を奪う双子に見惚れる王太子と東公息女に、やたらと晴れ晴れとしたルピナスが笑いかける。


「お待たせして申し訳ありません。今夜の舞踏会ということは、急がなくてはなりませんね――ふふっ。良いハロウィンを!」




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