ハッピーハロウィン!①
お久しぶりです。ハロウィン小話です。
ネトコン一次通過記念に10/31の夜から書き始めたら、そりゃあ間に合いませんでした(*ノェノ)
(ふわっとイベントの名残としてお楽しみください)
「ハロ……、何です?」
「ハロウィンだよ、アイリス。覚えているかい? 外遊で東の諸国を回ったろう。そのなかに、ちょっと変わった国があった。オー・ランタンという」
「ええ、はい」
アイリスは、こくりと頷く。
成婚後、ふたりで外遊したのは去年の秋のこと。王太子妃となって最初の公務であり、長期間で大変ではあったが新婚旅行でもあった。
そのころのことを思い出し、アイリスはほんのりと頬を染めた。
* * *
千年の平和を享受する大陸一の王国、ゼローナは十の月の最終日。
内陸にあって温暖な王都とはいえ、秋が深まればそれなりに風はつめたい。よって、朝の公務が一段落したあとのふたりは日当たりの良いアイリスの私室でお茶を楽しんでいた。
――町ひとつ分はあろうかという王城敷地内にあって、王子たちの塔が連なる菱形の尖塔館の一角。もとは第一王女ロザリンドの住居である。
アイリスが移り住むにあたり、以前の持ち主を思わせる華やいだ調度品はそのまま、寝具やソファーのファブリックはがらりの差し替えられた。
アイボリーや深緑、濃紺などで統一されたそれらはうまい具合に調和し、訪れたものが落ち着ける、絶妙におだやかな空間を作り上げている。ところどころに活けられた花々が醸すものもあるだろう。
くゆる湯気に目を細め、ひとくちだけ紅茶を含んだアイリスが、手にしたカップを淑やかに受け皿へと戻す。
それから、ちらりと夫でもある紅髪の王太子を見やった。
「もちろん覚えていますわ。ちょうど去年の今ごろでしたね。国中でカボチャをくり抜いたランプに火を灯して、子どもたちがお化けの格好で街を練り歩いて。お城では仮装パーティを催してくださいました。それが『ハロウィン』ですか?」
「うん、まあ……本来はかれらの、祖先信仰にちなんだ儀式だったそうだが。現在はほぼ収穫祭のようになっているらしい。その国の大使館で、今夜は舞踏会があってね」
「はい」
アイリスは、ぴん、と背筋を正した。夫の口ぶりからして、急な公務の気配を察したからだ。
サジェスは、にこりと笑う。
「予定では弟が行く手筈だったのに、あいつと来たら趣味以外では梃子でも動かない……密林みたいな自室に籠もってしまった」
「まあ。シェーラ様がお里帰りなさっているからでしょうか」
「んん〜、どうかな? 多少はあるかもしれないが、あぁなったトールはだめだ。扉を塞ぐ植物ごと焼き払わないと出て来ない」
「物騒ですね!?」
「はははっ、流石にもう、そんな真似はできないよ」
「…………左様ですか」
良かったです、と胸を撫で下ろすべきか、実行されたのですか、と尋ねるべきか。しばし迷ってしまったが、アイリスは結局口をつぐんだ。眉尻を下げつつ曖昧な笑みで問う。
「では、わたくしたちに?」
「ああ。すまない。せっかく今夜は予定がなかったのに」
「構いませんわ。わたくしでもお役に立てるのなら、喜んで」
「アイリス……」
にわかに表情を無にしたサジェスが呟き、固まる。それから不意に立ち上がり、正面の椅子から移動してアイリスの隣へ。きょとん、と目を瞬く妻をおもむろに抱きしめた。
「で、殿下!?」
「まったく! きみというひとは!」
「な……何か、いけないことを申し上げたでしょうか」
「いや何も」
ひとしきり戸惑うアイリスの華奢さや柔らかさを堪能し、つややかな藍色の髪を撫でて額に口づけを落としたサジェスは、ようやく抱擁を解いた。そっと妻の手をとる。
――なお、この間、控えの侍女らは壁と化し、空気と化していっさいの気配を絶っている。側仕えのプロである。今日の休憩時の話題は決まったな……と、全員の心情が一致した瞬間でもあった。
体がさほど強くない、寒さに弱い妃のために早めに火を入れた暖炉でパチパチと薪が燃える。ぬくもった部屋で窓越しの朝日を浴びながら、ふたりは見つめ合った。
「……ちょっと変わった趣旨でね。オー・ランタン側の慣習に従ったドレスコードになる。あとでミュゼル嬢に相談したらいい。送るよ」
「は、はい」
慌てて夫を立たせたままなことと気づき、腰を上げようとするアイリスをサジェスがとどめる。流れるように触れるだけの口づけをして、「元気の補充をありがとう。先に仕事を片付けて来る」と囁いた。
そのまま踵を返して退室する夫を、顔を真っ赤にしたアイリスが優雅な礼で見送る。
「いってらっしゃいませ」
こうして、アイリスの本日の予定は速やかに組み替えられた。