79 迷うアイリス
第二王子トール。第一王女ロザリンド。
彼らを迎えて急遽もうけられた会見の場に、アイリスは同席しなかった。
あのあと部屋に「お迎えに参りました」とキキョウを含む騎士たちが現れ、有無を言わさず塔の自室に連れ戻されたからだ。
――顔色が良くない、と指摘されてのことだが。
早めの昼食を用意されたが食欲はなく、バケットを一切れとスープのみ口にする。うずうずと何かを訊きたそうな侍女たちに、申し訳なく思いながら苦笑した。
ドレスを脱いでふつうのワンピースに着替え、寛いだところだった。
「サジェス殿下には、ドレス姿を褒めていただけたわ。ありがとうね、皆」
「「「!! まあぁ!」」」
可愛らしく頬を染めて、キャッキャと喜ぶ彼女たちを見ていると、何だか余計にいたたまれず、そわそわしてしまう。
困って窓側に視線を流すと、ちょうどやって来たルピナスに「ひょっとして疲れてる?」と指摘された。ありがたく頷く。
まだ色々と訊きたそうな彼女らを退出させ、アイリスはほっと息をついた。
ルピナスは(彼のほうこそ)ちょっと疲れた様子で、断りなくソファーに座った。
「ルピナス……?」
弟がこんなにやるせなさそうなのは、あまり見たことがない。ちょっと心配になり、上目遣いに呼ぶ。彼が来たということは、会見は終わったということだ。
何か、よほど大変なことが起きたんだろうか……と、尋ねる前に覚悟を決める。問われたルピナスは、気のせいでなければ、さっきの自分とそっくりな苦笑をしていた。
「いやべつに。うーんと、偶然なんだけど。ロザリンド王女も今日は見合いだったんだって。父親くらい年の離れた侯爵と」
「! それって、すっぽかしたってこと?」
「そういうことになるね。
――で、ちょうど北への文書を持って“転移”することになったトール王子を見つけて、強引に翔ばせたって聞いた」
「強引…………」
「似た者兄妹かなってところ、あるよね。言ったらサジェス殿下は怒りそうだけど」
「まぁ! ルピナスったら」
ふふっと頬をほころばせる姉に、ルピナスがようやく目元を和らげる。
「やっと笑った」
「! あ」
思わず口を押さえて俯き、そろそろと視線を戻す。
いたずらな光と気遣わしげなやさしさを夜色の瞳に滲ませ、ルピナスはやんわりと口の端を上げた。
「見合い、どうだった? 求婚されたんでしょう? ちらっと殿下に聞いたけど。ユウェン殿のところに居たのはどうして?」
「ルピナス……」
会見の結果については追ってイゾルデから必要な通達があると言われ、質問を封じられる。
なかなか鋭いところを突く双子の弟に、アイリスは隠し事をするのを諦めた。
――相談したかった、というのも、もちろんある。
ユウェンから知らされた、自身の特異体質。
その内実はほぼ、年明けにルピナスとキキョウが推理した通りだった。まずは、そこから。
加えて、アクアの正体について。
「わたくしの体に、ものすごく純度の高い『熱を奪う魔力』が渦巻いてるらしいの。ふだんは表に出ないから、魔力値としても認知されない。いわばマイナスの極地らしくって。
基本的に周囲に影響はないのですって。作用するのは自分の体――体温とか、熱だけ。ユウェン様からは『めずらしいし、生き物として危うい』と言われたわ」
「よく、生きられたよね……?」
こわごわと相槌を打つルピナスに、アイリスは神妙な顔で頷く。
「ええ。」
それを、氷の幻獣であるアクアは糧として吸いとってくれること。
そういう契約をしてあの日、カフェ“フェリーチェ”を氷漬けにした魔力暴走を鎮めてくれたこと。
一つ一つに丁寧に耳を傾けてくれるルピナスの真摯さはありがたいものだった。
本当は、求婚の返事もあわせ、再度きちんとサジェスと向かい合う必要があるのだが。
「…………」
ぐっと膝の上で手を握り、言葉に詰まった姉に、ルピナスは怪訝そうに首を傾げた。
「アイリス? それで? 『健やかになる方法』。あったんだろう? どういう……」
「! そ、それが……っ」
カッ、と頭に血がのぼった。
(言うの? これ。本当に??)
とたんに言葉を濁らせるアイリスに、ルピナスは、ははーんと当てずっぽうを並べ立てることにした。
こういうとき、双子の付き合いの長さと距離感は奏功する。要は、真実の近くに被弾させればいいのだ。
「内在する魔力が陰の極地ってことはさ。殿下って、見るからに陽だよね。なにかすれば中和できちゃったり、とか?」
「!!!!」
「むしろアイリスの体質改善とか延命を考えるなら、生命力とも関係の深い魔力をアクアに無尽蔵に吸わせるより、殿下と結ばれたほうが、よっぽど手っ取り早かったり………………って。え? まじで? 当たったの??」
「~~ど……、どうしてわかるの!?」
「いやだって」
つられて照れてしまったのか、人差し指で頬を掻きながらルピナスが声を落とす。「私も、そんな仮説は立ててたから」
「!! いつから?」
急にがばっと顔を上げた姉に驚きつつ、とつとつとこぼすこと曰く。
――サジェスが北都に来てから、アイリスは冬の間も「小康状態」と呼べる日が増えたこと。
逆にサジェスの訪問がなかった年などは、危篤状態に近い日もあったこと。
偶然、アクアが封じられた石を身に着けるのが画期的な対症療法に繋がったとはいえ、長期的に見ればアイリスは、サジェスの妃になって温暖な王都で暮らすほうが良いのでは……と、漠然と思ってくれていたらしい。
「だからさ」
一息にそこまで話して、ルピナスは微笑んだ。
「いま、このときのアイリスじゃない。将来的にもっと元気になれるかもしれない。そんな未来に賭けて、心からの返事をしたって――……いいんじゃないかな?」
「……ルピ……」
めずらしく、ほろほろと涙をこぼす姉に、ルピナスは立ち上がってテーブルを回り込んだ。ぽんぽん、と頭を撫でる。
「一晩ゆっくり考えなよ。会見のあと、殿下はすぐに日程の変更とかで母上に連れて行かれちゃったけど。きっと、明日はアイリスのために時間を空けてくれる」