78 秘密の会談
見合い現場から失踪した二人を、当然キキョウたち騎士は血相を変えて探した。
事態はサジェスの警護面からいっても、自分たちの心のオアシスであるアイリスの危機としても、甚だ由々しい。
この日に非番を勝ち取っていた有志連中も事情を聞きつけ、ここぞとばかりに休日出勤(※無給)に乗り出した。
「いたか!?」
「いない。……くそっ、護りの塔の隅々にも」
「離れの塔は? 『灯台もと暗し』と言うだろ」
いい年をした、いい体格の青年らが角突き合わせて公邸の一般食堂に集っている。
しぜん、陣頭指揮を執ることになったキキョウは重々しい溜め息をついた。
「確認済みです。いませんでした」
「じゃあ、いったいどこに……。おいおい、街に降りられてたらお手上げだぞ。どうする? つうか、このあと殿下がたのご予定は?」
「夜の会食までは何もありません。ほぼほぼ休養に充てられています。今日明日は魔族領への視察に関する、王城からの返事待ちですね」
「「「……」」」
しん、と、騎士たちの間に深刻な沈黙が降りた。
傍目には少々滑稽にも映るが、本人たちはいたって真剣だ。
キキョウがどこか、遠い目で諦観の呟きをこぼす。
「最悪、あのかたはアイリス嬢を害することだけはしないはずです。常識的に考えれば、長くとも二、三時間で戻られるでしょう」
「「「…………!!?」」」
とたんに、各自めいめいに想像を働かせてはこの世の終わりのような顔をする。
しまいには先輩騎士(※独身)が涙声で「お前、いくら冷静だからって。縁起でもないこというなよ……」と、訴える始末。
にわか指揮官をつとめていたキキョウは、素直に「すみません」と、頭を下げた。
そんななか、ふと一人の騎士が発言する。
「魔族…………なぁ。一つ、行ってない場所があるぞ」
「どこです」
「ここだ」
とん、と、テーブルの上に広げた公邸敷地見取り図に指が置かれる。
一同は食い入るように眺めた。
「迎賓館。二棟あるな」
「空き部屋ってことか? そりゃ、いくらなんでも冒険が過ぎるだろ」
「わからんぞ。なにしろ殿下だ」
「「ああぁ……」」
――北公領騎士団において『殿下』といえばサジェスを指す。
それくらい馴染んでいる。
また、その人柄も熟知されていた。
キキョウは、こくりと首肯した。
「わかりました。大勢で動いてはかえって事を荒立てかねません。四名を選出して、一棟二名ずつ。聞き込みに当たりましょう。可能ならば立ち入り調査を」
「了解」
午前十一時。
王太子および北公息女失踪事件は、いちおうイゾルデにも知らされていたが、ほとんど騎士団に一任される形で捜査が進められていた。
結局、体調を崩している南公息女や、才気あふれる東公息女が滞在する第二迎賓館には、北公子息ルピナスの救援を待ってから。
魔族の一行が逗留する第一迎賓館には、キキョウと、先ほど地図を指差した年嵩の騎士が同行することになった。
* * *
それより少し前。
アイリスは、まさにその迎賓館の一室で、今朝未明から姿を消していたアクアと再会を果たしていた。
「アクア、なぜ……? そもそもここは」
《マスター! 捕まってごめんなさいー!》
「捕まる……?」
「人聞きの悪いことを言うな。幻獣」
「! あなたは」
サジェスの腕からおろされ、声の方向に向き直ったアイリスは軽い衝撃を受けた。見たこともない美少年がいた。
おそらく、ここは第一迎賓館。内装に見覚えがある。
そして彼は。
「……初めまして、魔族のかた。北公が息女アイリスと申します」
「ユウェンだ」
「ユウェン、様」
初見の少年に淑女の礼をとったアイリスに、サジェスはさらりと耳打ちした。
「当代魔王殿だ」
「!!!! えええぇっ!?」
「じつは、王都でも妹たちが誘拐されたとき、解決に力を貸してくれた。たまたま居合わせた縁で。お忍びだそうだ」
「そうなのですか」
少なくとも親善大使のような一行だと認識していた。時代が変わるとこうも違うのか、と、あらためて少年を見つめる。
薄闇色の肌に尖った耳。ぬばたまの黒髪。光をたたえる奥底の深いルビーの瞳。
魔王という言葉からは想像もつかないほど澄んだ気配がした。自分よりも三つは幼そうだ。
きょとん、と瞬く藍色の髪の少女に目をすがめ、サジェスが一時まなざしを和らげる。それから、ちらりと少年魔王を一瞥した。
「ユウェン殿。先刻話した通り、『視て』いただきたいのは彼女だ。どうだろう。…………わかるか? 彼女の体を健やかにできる方法は」
「殿下? ……きゃっ!」
《マスター~~》
――なにか、とてつもない核心を突く事案を口にされた気がして、詳しく問おうとすると跳び跳ねた猫に体当たりをされた。
正確には胸元に飛び込まれたわけだが、一刻も早く魔王から離れたかったと見えるアクアの突進力は、いっさいの手加減がなかった。
幻獣体ではない。
すでに、ふつうの猫の形。
そのくせ並外れた跳躍力だったので、うっかり皆の前で同じことをしないよう、きちんと言い含めねば……など、思考が逸れる。
よしよし、と猫を撫でるアイリスに赤い瞳を流したユウェンは、事もなげに言った。
「もちろんだ。『視える』し、脆弱さの理由もわかる。いままで、よく保ったほうだ」
「! では」
アイリスの肩を抱くサジェスが、わずかに身を乗り出す。
アイリスも、ごくりと唾を飲んだ。
当事者なのにまるで部外者だった。
口を挟める雰囲気ではない。大人しくアクアを抱え、両者を見守る。
――――――――
二言、三言。交わされる言葉に打たれるような思いがした。
そのときだった。
ココン!
「来客中に失礼します、ユウェン」
「なんだ。次から次に」
失礼、と言い置いた少年が去る。
(しまった、キキョウたちかな)と、内心でこぼしたサジェスの予想は半ば当たっていたのだが。
扉を挟んでのやり取りを終えたユウェンは、さっとこちらに戻り、いまいち感情を読み取りづらい顔で告げた。
「おい。貴殿の弟と妹が、王都からはるばる“翔んで”来たらしいぞ」
「――……は?」
「本当だ。たったいま、二人そろって公邸に辿り着いたそうだ。会見を望む、と」
どうしてこう、邪魔が入るのか(※侍女さんたちの心の声)
ラスト、長引いております。申し訳ありません!