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夏霞の姫は、絶対求婚にうなづかない。  作者: 汐の音
春の章~北都にて~
70/86

70 交わさぬ言葉

 息を整えて二階の新しいサロンの前に立つ。右手はルピナスに預けてある。足元にはアクア。


「大丈夫? 開けても」

「えぇ、お願――あっ、だめっ。アクア!」


「にゃあ」

《いるいる、マスターの想いびとだね。ほかにもたくさん。今日は新顔ばっかりだ》


 ちりんちりん、と、おめかしのために首に付けた鈴を鳴らし、なんとアクアが先に入室してしまった。

(もうっ、どうして~~!!)

 内心かなり焦ったが、文字通り完璧な猫を被ったアクアは早速サジェスの膝に上がっている。


「……」

「…………」


 …………ばっちり、目が、合ってしまった。

 サジェスは思いきり、真顔で固まっている。普段のような軽口もなく、先んじて立ち上がる気配もない。



 アクアのばか。ばかばか、ばか。

 王都には行けなかったけど、せめてきちんとお客様をおもてなしして、少しは淑女(レディ)らしくなったとサジェス殿下に思っていただきたかったのに……。


 よくよく見ると、奥のソファー席にはサジェスと並んで第三王子のアストラッド。手前のソファーには二人の令嬢が掛けている。


 予備知識としておさらいしておいた『貴族名鑑』と照らし合わせ、どうやら彼女らが東公息女ミュゼルと南公息女ヨルナだと察しがつく。


 観念したアイリスは、恥ずかしさで震えそうになる声を抑えながら、礼だけはなめらかに、と膝を折った。



「――ごめんなさいね、猫が急に逃げてしまって……お久しぶりですサジェス殿下。初めまして、皆様。わたくしはアイリス。ルピナスの双子の姉です」




   *   *   *




 二人掛けのソファーは来賓で埋まっていたので、長方形のテーブルの側面へ。二脚ある、一人掛けの椅子へと回った。


 遠い正面にルピナス。右手側にサジェス。左手側はふわふわとしたピンクブロンドの少女ミュゼル・エスト。おっとりと優しげななかにも、くるくると動く蜂蜜色の瞳がお茶目で可愛らしい。


 やや離れてしまったが、その隣のほっそりとした妖精のような少女がヨルナ・カリスト。素晴らしくうつくしい面差しで、極上の翠玉もかくやという瞳に光り輝くような銀の髪。ときどき、ミュゼル嬢と顔を近づけては親しげに微笑む仕草が何とも愛らしかった。


(いいなぁ……)


 可愛いは正義。

 こんなに、不要な萎縮も刺々しさもない令嬢とは初めて会えた気がする。


 いっぽう、サジェスは開口一番にルピナスの偽装について謝罪をしてくれた。しかも、王妃殿下からの見舞いの品や手紙まで。

 さすがにそれは恐縮で、元はといえば体調を崩した自分が悪いのだと告げる。


 流れるように再々々(※もはや何度目かもわからない)求婚をされてしまうが、お客様の手前、いつも通り慌てるわけにはいかない。

 さらりとかわせば、それはそれで場が賑わう羽目になってしまう。あげく、砂糖まみれになったような顔つきのルピナスに良いように茶化され、つい、むきになって淑女の仮面が剥がれ落ちる始末。内心、ちょっと泣きたい。


 ――が、それはそれ。美味しいフルーツケーキや紅茶も召し上がってもらえて、和気あいあいとした茶会にサロンの主としてほっとしていたのだが、残念ながら、すぐにお開きとなってしまった。


 ヨルナが旅疲れもあってか、熱が出たという。急だけれど、たしかに辛そうだ。

 他人事とも思えず、とっさにどうすべきか、案がぐるぐると頭を巡る。


「大変。風邪かしら。北は王都よりもずっと寒いでしょう? わたくしも先日まで寝込んでいたからわかるわ。どうしましょう。客室(ゲストルーム)に医師を――」 


「僕が送ります」


 す、と立ち上がったのは、それまで兄君をいじる以外ではみごとに沈黙を守っていた、アストラッド王子だった。

 しかし、意外にも難色を示したのはサジェス王子。

 何でも、このあと別件で重要な会談を控えているからと、ヨルナ嬢の介抱をルピナスに頼んでいる。


「わかりました」


 快諾したルピナスが丁重に銀の姫君を連れ、皆の意識が扉口に集中する。


 その隙だった。


 サジェスはちらりとアイリスに目配せをくれる。唇のかたちだけで、


(――あとで、また)


 と囁かれ、不覚にも胸が高鳴る。



「……!」


 どきどきと胸苦しさを訴える自分の心がうらめしい。

 どうして、こう、素直なのか。

(お応えするわけにいかないのに)

 観念して目を逸らし、わずかに頷くと、それだけで汲んでくれたようで、サジェスもまた、目元を寛がせていた。


 あからさまな吐息。

 無言のやり取り。


 ――――それすら甘やかで。

 幼い頃から馴れたかただったはずなのに、会うたびに違う自分が出てしまう。


 戸惑いつつ立ち上がり、王族の二人に時間を賜ったことへの感謝を告げ、会談へと送り出した。



 こうして、初めての塔の茶会は、おだやかではあったが慌ただしく過ぎ去った。





同シリーズ作品での同じ場面、別視点がこちらになります。

https://ncode.syosetu.com/n3403gr/66/


『もしも、一度だけ猫になれるなら~』※長タイトルのため以下略

「65 求婚とは」


よろしければ、どうぞ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 別視点キターーー!!!!(大歓喜) FOOOOOOOO!!!! この後、ルピナスきゅんが……!( ˘ω˘ )
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