65 断罪と温情
「ルシエラ・グレアルドでございます。陛下、妃殿下」
「ようこそ。父君はやりての商会主と聞いている。一人娘の貴女もやはり、その手伝いを?」
「ええ。昨年から」
* * *
当たり前のことだが、一度に全員の令嬢が声をかけられるわけではない。
北部貴族のグループで、その幸運に浴せたのはルシエラだけ。
かわいそうだが、ほかの令嬢たちは次々に見映えのよい若手の近衛騎士がダンスを申し込み、彼女らを順にホール中央へと連れ出していた。
ルシエラは、ちらりと王の後ろに視線を流す。
それに、めざとくオーディンは気づいた。「サジェス。彼女とは知己かね?」
「えぇ、陛下」
「トールもアストラッドも、すでに東部や南部のご令嬢と踊っている。行って来なさい」
「は。では……いかがですか? ルシエラ嬢」
「喜んで」
是非もなく手を委ねる。
効いた? 効いている? 幾ばくかの期待で口元がほころぶのを止められない。
紅潮する頬を自覚しつつ、にこりと笑う。
サジェスはわずかに紫の双眸を細め、流れるようにホール中央へと向かうかと思いきや――
「…………うっ」
「!? どうなさいました、殿下?」
よろめいてバランスを崩しつつ、律儀にホールドを組む。ルシエラは色をなした。
(まさか、薬が強すぎた? でも、ほかの誰もそんなことには)
あわてて小声で囁く。
「殿下。体調がお悪いのでは。どうぞご無理をなさらずお休みになって――」
「どうも。優しいんですねルシエラ嬢。そんな風に、アイリスにも?」
「!!! な、何を」
演技。
自分もよくするので、わかる。ルシエラはステップを踏みつつ、口のなかがカラカラになるのを感じた。
薬が効いていない。どころか……??
「貴女の指図で動いていた不審なメイドは、最初からわかっていた。ずっと、泳がせてたんだ。俺も配下の騎士を厨房に潜り込ませてたからね。苦もなく現場を押さえられたよ。――……いいか。よく聞け。もう、こんなことはやめろ」
「!」
がらりと表情と声音を変えた王太子に、ルシエラは血の気が下がった。
「誤解です。何のことか」
「魔薬だ。使っているね。“支配の右目”を」
「なぜ」
「迂闊だな。違法だから知らなかったにせよ。使用者にも危険を及ぼすと、売りつける奴らは教えもしない……最低だ。今年中にさっさと潰さないと」
曰く。
ラミアの瞳の作用効率は、使用者の性質や魔力系統によって差が出る。ルシエラにはたまたま、精神感応系の能力を発揮する素地があった。だから近親者にたびたび服用させることで効果を得られたのだと。
「もちろん、相手の魔法防御が強ければ効きやしない。俺も陛下も、弟妹もだ」
「そんな……」
曲の途中でがくがくと震え、くずおれるルシエラに周囲の視線が集まった。
サジェスは一応紳士的に彼女を連れて、ダンスの輪から外れる。
ちょうどセネレ王妃が気遣わしげに近づくところだった。
それを、オーディンが止めている。
ぱっ、とサジェスが離れるのを、ルシエラは床に座り込みながら見上げた。
「……お慕いしていました。もう何年も貴方だけ。お逢いしてから、ずっと……! それでは…………それだけでは、いけなかったのですか!! どうしてあの娘だけがっ!?」
「黙れ」
すぅ、と、まなざしを凍えさせたサジェスが無慈悲に見下ろす。
「調査の結果、そなたが未成年のうちに薬漬けになったために正常な判断ができなくなった、と見なしている。ゆえに温情はある。――が、それが『彼女』を貶め、傷つけて良い根拠になど、なるわけがないだろう……!」
それほどの声量ではないのに、びりびりと伝わる覇気。ルシエラは当てられたように身動きがとれず、楽団も音楽を奏でるのをやめていた。
気がつくと、わらわらと騎士に衛兵が集まっていた。もの思わしげな、医官らしきお仕着せの女性も。一門の令嬢たちも全員、すでに姿が見えない。
呆然と、ただサジェスを見つめる。
「殿下。温情、とは……。父には」
「グレアルド侯爵家には、追って報せを飛ばそう。――お連れしろ。医官も付き添いを頼む。取調室でいい」
「はっ!」
引き立てられ、ホールの外へと連れ出されるルシエラには、その後の夜会がどうなったか、知りようがなかった。
本日、二話めの投稿です。
(長くなったので、短めの二話に分けさせていただきました)