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63 開幕

 ひらけた平地に整然とした街並みが広がる。

 気候おだやかな大ゼローナの王城はその中心にそびえ、すべてが洗練されてうつくしい。北都公邸――厳めしさもただよう旧アクアジェイル城とは、また異なる優雅さに満ちている。


 『大』と冠されるのは歴史上、類をみないほどの国々を平らげ、大陸東南部をほぼ占有する巨大国家だからだ。


 なお、諸外国にあっては北西の魔族領と唯一対抗できる、人間勢力の集結地と位置付けられている。


 こうなると、はぐれ魔族や魔獣の被害にえんえん悩まされる()(くに)の王たちからは垂涎の的であり、栄華の象徴。

 国旗ひるがえる白銀の尖塔群や絵画のような庭園、館の数々は、それらの豊かさを体現していた。



 今回、特別に登城が許されたのはゼローナ全土における未婚の貴族令嬢たち。

 パートナーを必要としない夜会などなく、ましてや少女ばかりを五十人以上集めた茶会もそうそうない。


 今年、年明けに発布されたオーディン王の末子・アストラッド王子の成人を祝う催しごとは、ゼローナの全貴族、全国民の端々にいたるまでの最大関心事となっていた。




 ――――本日きょう、このとき。始まる。




   *   *   *




「ごきげんよう」

「ごきげんよう、皆様。つつがなくご到着されたのね。良かったわ」


 大多数の者が王都のタウンハウスか高級旅籠(はたご)、あるいは縁者の邸宅に滞在しての夜会となる。それは昼間の茶会に参加した年端もゆかぬ少女らであっても同じだが――


 若年の彼女らに比べ、まさにいま適齢期である夜会参加者の気合いの入れようは、総じて凄まじい。

 王命による、参加の義務。

 または一生の思い出。

 そんなふわっとした参加者もなくはないが、ほとんどの令嬢が一族係累すべての宿願を背負わされてここに立っている。いわば絢爛たる花々の戦場(いくさば)と化していた。




 ――とはいえ、そこかしこで談笑の輪ができている。令嬢たちは出身地や親族繋がりで固まり、それぞれのグループを形成している。

 開始前のざわめきが、きやびやかな場に満ちている。


 虹色のシャンデリアに照らされた王城のダンスホールはきれいな円形で、床は青みがかった鏡のよう。天井まで林立する真っ白い大円柱を下から目で追えば、すばらしい彩色の天井画と出会える。息を飲む。


 光そのものを象った主神による、創世のあらましを一枚の画で表現しきったドーム型のそれにため息をつきつつ、北部令嬢としてぶじ、この場に同席できた令嬢がたは浮き立つ心そのまま、賑やかに話に興じていた。


「あぁ……、夢のようね! 王城で、国王陛下主催の大夜会なんて。私、王都にも初めて来たわ」

「私もよ。なんて光栄なのかしら」

「ご存じ? ジェイド家のアイリス様。きょう、同行した侍女が聞きつけたんだけど、…………なんと、茶会にご出席したのですって!」


「まあっ」

「よく回復したわね。あんなに毒で参ってたくせに」


「――およしなさい、ネリィニ。軽々しくてよ」


「「「!!!!」」」

「す、すみません。ルシエラ様」


「貴女がたも。お気の毒に……、よくよくお考えなさい。お家がなまじ公爵家なものだから、ポーラが含ませた毒に蝕まれたお体に鞭打って、必死においでになったのよ。()()()()()()()()()()()()()――……そうね。(いたわ)って差し上げねば」


「……! はい。仰せの通りですわね。ふふふっ」


 一瞬、蒼白となったサングレア伯爵令嬢ネリィニは、ルシエラの言葉に敏感に反応し、無邪気さを装う酷薄さで笑った。

 他の、五名の令嬢も。


 ルシエラも。


 年明けの事件に関して言えば、全員が「黒」だった。









 ルシエラが用いた魔獣由来の媚薬“ラミアの瞳”は定期的な摂取を必要とする。そのため、ルシエラ本人のデビュタントで服用した大多数の貴族には、ほぼ効果がない。

 けれど、継続的な摂取が可能だった実父や一門の令嬢たちは、完全に手中にあった。



 ルシエラは、アイリスが嫌いだ。会う前から嫌いだった。


 ――どうして?

 どうして、病身で先も長くないくせに、たまたま出会っただけで王子の御心を射止められたのか。

 せっかくの最高位貴族の血筋も宝の持ち腐れ。

 何の役にも立たない、母親に守られるだけの存在のくせに、なぜ皆から愛されるのか。騎士団から憧憬のまなざしを向けられるのか。下々の民にまで。


(わたしは)


 ――わたしは、精一杯努力したわ。

 最初は、一人娘のわたしを手駒としか考えていなかった、金と権力の操り人形だった父を見返すため。

 わたしが幼いころ、省みられることなく死んだ母を弔いにさえ来なかった。

 絶対に、父のものはすべて奪ってやると決めていた。


 それから、家の夜会でお会いできた、唯一心奪われたサジェス殿下に。妃に選んでほしかった。

 降るようなうっとうしい縁談は、「王子妃になれるかも」という望みを父に植え付けることで回避した。


 すべて、すべてあのかたのため。

 なのに。


 すう、と扇で口元を隠したルシエラが、戦前(いくさまえ)の号令を待つ兵のような高揚に身を委ねる。息を吸う。


「いいわね? 貴女たち。もう手回しは済んでいるの。峠が雪で封鎖される直前に、手の者を城の下働きに潜り込ませられたわ。貴女たちは、とにかく貞淑な令嬢そのものを演じなさい。迂闊なことを漏らすのは、許さないわ」


「はい……、ルシエラ様」

「仰せのままに」


 媚薬を介して、支配者としてつよく意思を乗せた言葉に、娘たちは従う。そのように仕込んだ。

 最初にポーラから取り上げた薬が底をついてからは、秘密裏に取り寄せるほど長く。ずっと使っている。


 ルシエラは扇の下で、艶然と微笑んだ。


「さあ、宴の始まりよ」







大茶会の様子に関しては前作のこちらに記述があります。

よろしければ、どうぞ。


『もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~』

第一章 今生の出会い

5 恥じらう蕾の咲き初める

https://ncode.syosetu.com/n3403gr/6/


※他サイトのエブリスタでは「癒し系ファンタジー特集」に取り上げていただけた、『夏霞~』とはヒロインが異なる作品です。

(多少場面のリンクはありますが、未読でもこの先のお話に差し支えはありません)


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― 新着の感想 ―
[一言] ルシエラ様は今や、もう一人の主人公( ˘ω˘ )
[一言] 逆に『ルシエラちゃん罠よー!それは罠よー!!』な回ですよね(笑) ルシエラもサジェスに惚れさえしなければ、もっと上手く立ち回れたのかも……と思うとちょっと気の毒だったり。 なんでサジェスだっ…
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