6 茶会の意図
――滝を模した、と表現はしたものの、基礎となる庭が造園されたのはここが「アクアジェイル公国」と称されていた、かなり以前のことだ。
よって、規模は小さくとも周辺の雰囲気は完全なる自然の岩場。そこに、ほのかに乳白色を帯びる青い輝石の四阿が建っている。
「どうぞ」
アイリスが軽くドレスの裾をつまんで先導に立ち、青年ふたりを屋根の下へと案内する。
造りは簡単で、階段で二歩上がると四人掛けのテーブルと丸椅子がある一般的な形だ。
サジェスには滝がよく見える奥の席を。その隣をキキョウに勧め、自身は滝を背に掛ける下座へと移動する。
すると、二人ともに目が合った。
やたらと熱心に見られている気がする。
(うう)
居心地の悪さに、アイリスはもぞもぞと両手を膝の上で組み、視線を泳がせて座り直した。
「あの……この場所、お気に召しませんでした? 変えましょうか」
「いや。最高だ」
「本当に。まるで泉の精です」
「いずみ?」
アイリスは、きょとん、とした。
よくわからないが、どうやら後ろの水場を指しているらしい。そっと振り向き、なるほど、と頷く。
「たしかに。ささやかですが滝壺が出来ていますね。あれは泉のように見えますが、じつは仕掛けがあって。地中の見えない部分でろ過と循環を…………なんです? 殿下」
「ふっ……、うぐ、何でも」
サジェスはテーブルに突っ伏し、忍び笑いを耐えているようだった。
いっぽう、キキョウは背筋を伸ばしたままで切れ長の灰色の瞳を細め、いかにも不調法な第一王子をぴしゃりと咎める。
「失礼ですよ、殿下。せっかくアイリス嬢がお庭を説明してくださっているのに」
「ちょ、お前、それ……っ。ずるいぞ、確信犯め」
「何のことでしょう」
フッ、と余裕の笑みで視線を流したキキョウは、次いでアイリスに話を振った。
「ところで、私にもお話とは?」
「! あ、はい」
呆気にとられてふたりを眺めていたアイリスは、はた、と本来の目的に気がついた。
ドレスの長い袖の内側が、うまい具合に隠しポケットになっている。そこから一通の封書を取り出し、そっとテーブル越しに差し出した。
「こちらを。できれば今日中にエヴァンス伯爵夫人に届けていただけますか」
「重要な知らせですか?」
「えぇ。三日後の茶会にお招きくださいました。そのお返事を」
「出るのか? アイリス。珍しいな」
「いちおう……」
しげしげと封書を見つめるキキョウではなく、代わりにサジェスが興味深そうに問う。アイリスは「母の命令なので」と小声で付け加えた。
――――満場一致。
ほのぼのと納得の気配が流れるなか、木洩れ日を浴びた侍女たちがしずしずと四阿に近づく。南国を思わせる、赤とオレンジの花を飾った粉氷の糖蜜がけを運んできた。
* * *
「へぇ。そんなことが」
「えぇ」
今日も騎士団の訓練を終えたルピナスが戻り、食前茶をとりにアイリスの部屋までやって来ていた。
母のイゾルデの言ではないが、体調がよいので比較的普通に動ける。いまも、こうしてみずからお茶を淹れられるくらいには。
「どうぞ」と湯気を上げる茶器を目の前に置くと、にこ、と目を細められた。
たったひとりの、大事な弟。
「――何。なんか、顔についてる?」
「いいえ」
ふるふる、と横に首を振って、カタチにならない思いは飲み込んだ。
自分と違い、この子は時期公爵兼将軍としての未来を望まれている。それにいっさい弱音を吐くこともなく、こうして自然体に、一途に鍛練に向かうさまは、双子の姉ながらとてもまぶしく映る。
(この子が太陽なら、わたくしは月でいい。いつまで生きられるかわからないけれど、できる限りの支えとならなければ)
――ルピナスの妻となるにふさわしい少女を。
さて、茶会の場にいるとすれば、果たして見つけられるだろうか?
母が初めて自分に望んだ役目かもしれない。社交下手なので応えられる気はしないものの。
カタン、と椅子を引いて、アイリスは自分用の茶器にも紅茶を注ぐ。
侍女が運んでくれたクッキーをさくさく食べていたルピナスは、手元に置いてあった招待状の令嬢リストを眺めるともなく見つめていた。ふと、目をみはる。
「あ」
「なに?」
「これ……いや、気のせいじゃないな。全員“日傘組”だ」
「ひがさぐみ。何、それ」
眉をひそめて訊き返した。
ルピナスは、とん、とん、と上から順にリストを指で叩いてゆく。
「筆頭はグレアルド家。サングレア家、ロードメリア家……。こいつも。これも。たぶん見たことがある。アイリス、断れないの? この茶会。私は行かないほうがいいと思う」
「えっ。どうして」
せっかくなけなしの勇気を振り絞って、前向きに参加しようと思っていたのに。
飲みかけの茶器に口をつけられず、思わず皿へと戻す。
ひたすら疑問符でいっぱいな表情になる姉に、弟は心配そうに肩をすくめた。
「だって。アイリスも見ただろう? 修練場の観客席。あそこにいた日傘の集団――あいつら全員、あからさまな王子狙いだよ」
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