27 双子の受難 ☆
「反省会をひらきましょうか、殿下」
――パタン。
ある意味、無事。その実、ゆゆしき事案そのものを目撃してしまったキキョウは、頭のなかの混乱や怒り、認めたくはないが疚しさの嵐をやり過ごし、扉を閉めた。
イゾルデへの帰参の報告を終えたところだった。本来ならば、このあと“護りの塔”まで王子の随伴をつとめれば任務は終了なのだが。
アイリスは、すぐに離れの塔へと送り届けた。
展望台でサジェスが彼女を抱き上げて北都の全容を見せたとき、下手に気を効かせて後ろを向いてしまった己を蹴り飛ばしたい。まさか。
(まさか、あんなことを……)
サジェスの頭を叩き、正気に戻させてから奪い取ったアイリスは熟れた林檎を思わせるほど真っ赤になっていた。目じりに長く伸びた睫毛と黒曜石の瞳は潤み、わななく花びら色の唇が、わずかにひらかれて。
――罪。
これは、吸い込まれるように口づけても仕方がないかも、と察してしまった。
しかも、横抱きにしたアイリスは男の理性を粉砕するほど可憐過ぎた。
おかわいそうに、と、小さく呟くので精一杯。そのまま展望台の下までは自分が運んだ。
サジェスも何かぶつぶつと文句を言っていた気がするが、正直覚えていない。
そこから馬車で、大して時間をかけずに戻って来れたわけだが。
「反省会……。お前のか?」
「! んなわけないでしょうッ? 殿下のですよ!!」
心外、と顔に書いて可哀想なものを見る瞳を向けられてしまい、キキョウは反射で叫んだ。
近くを通った文官の一人がびくっと肩を揺らしてこちらを見てきたので、慌ててこほん、と咳払いをする。凄むように目を細め、王子に詰め寄った。
「とにかく、ここじゃ何にも話せません。かといって、殿下をおれの部屋に連れ込むわけにもいかない……。くそっ、なんだってもう王太子なんですか、あなたは」
「父に言え」
「畏れ多いことを言わんでください」
「似てるぞ。ほぼ、同じ顔だ」
「そりゃそうですが」
「――ちょっと。いったい、何をしてるんです。でかい図体の男二人が公爵執務室の前で、至近距離で」
「!!」
「お。こっちも同じ顔だな。ただいまルピナス。たったいま、イゾルデ殿に挨拶をしたところだ。これから晩餐までは休息のはずなんだが」
「……はい?」
双子特有の造作が同じ顔で、姉とは全くちがう表情。ルピナスの訝しむまなざしは、至極まっとうで正しい。
サジェスはルピナスの元まで親しげに歩み寄り、いかにも人好きのする笑みを浮かべた。
「お前も、もう成人だよな。ちょっとだけ付き合ってくれないか」
「…………はぁ。まあ、いいですけど」
ちらりとキキョウに視線を流し、どうやら男同士の会話の場が必要なのだと悟る。
やっとの思いで今日の課題を終えたルピナスは、ふいっと、来た通路の先を顎で差し示した。
「こちらへ。私の部屋でよろしければ。何なら晩餐は明日に日延べして、今夜は我々の会食ということにしても構わないかと」
「いいのか?」
「いいでしょう。私だって、直前であなたがたとの同行を取りやめさせられたのですから」
「あぁ……まぁ、そうか。ちょっと待ってろ」
算段はついた、とばかりにサジェスが踵を返す。カチャ、と、今出たばかりの部屋の扉を開けた。半身だけを覗かせる。
「イゾルデ殿! 今夜はご子息とキキョウ殿との会食に変更してもいいだろうか。ご子息の部屋を借り受ける」
ちょうど資料から目を上げたイゾルデは、あら、と呟いた。
「――いいですよ。キキョウ殿の声なら聞こえていましたし。どうぞ殿方同士、親睦を深められませ」
「ありがとう」
「「……」」
まるで親戚の叔母と甥のような気安いやり取りに、あらためて、王子が北公家と馴染みなのだと思い知らされる。
(多分、明日、根掘り葉掘り訊かれるな……)
予想ではなく確信。つまり、きっちり今日あったらしい出来事を聞き出さなければ、という使命感じみたものがルピナスのなかに芽生えた。
半分は、好奇心。『好奇心は猫をも殺す』というが。
――――その後。
北公子息ルピナスは、本当に猫の気持ちを味わうことになるとは、思いもよらなかった。
ついでに、先輩にあたる二名からやたらと効率よく飲まされ、日課にしていたアイリスの部屋の訪問も出来なかったことを翌朝、二日酔いとともに思い出した。