22 甘さと、がんじがらめの戒め
正直なところ。
いったい、何をどうやったら諦めてもらえるだろうかと途方に暮れた。
サジェスを好き。もちろん、嬉しくないと言えば嘘になる。でも、自分は妃に相応しくないのだと、こんこんと訴えたくて仕方なかった。
なのに。
(だめだわ。限界が……こんなときに)
アイリスは、急にすさまじい風に耐えきったあとのような虚脱感に見舞われ、へろへろと上体を倒して膝の上で両手を組んだ。藍色の髪が帳のように垂れてくるが、払う気力も起こらない。
隣から心配そうに弟が窺う気配がする。
「アイリス、大丈夫?」
「へいき……かな」
「じゃ、ないでしょう。ルピナス、手を貸してやって」
「はい」
「! 母上、ですが」
懸命に顔を上げて申し出るが、真顔のイゾルデと、すでに立ち上がり、自身も手を差しのべようとするサジェスと目が合って、決定事項なのだと瞬時に悟った。
体力が底をついて強制退場。
なんて、温い。
目を瞑って体の内側に吹き荒れる不調と戦っていると、ルピナスをとどめて「いや、俺が。お前では抱えられないだろう」と声がする。ふわり、と横抱きにされた。
――……重くはないんだろうか?
大きな手。危うげのないゆったりとした足運び。安心してしまいそうになる自分を叱咤し、うっすらと目をひらいた。
「でん、か……に、このような」
「いや。無理をさせたのは俺の落ち度だった。すまない。休んでくれ」
まるで、これ以上大切なものなどないように。
柔らかな響きで諭されて、どうしようもなく身を委ねたくなる。そんなわけにいかないのに。
侍女たちが忙しく動くなか、サジェスは続きの間までアイリスを運ぶと寝台に横たえ、そっと耳元に顔を寄せた。
「また来る」
「……、もう……」
あらゆる意味で、うまく言葉を返せない。
四年前、突然現れてからというもの、本当に変わらない。
王子はあの頃と同じ台詞を残してやさしく額の生え際を撫でると、侍女たちが礼で見送るなか、隣の部屋へと戻っていった。
* * *
アイリスを寝かせたあと、三名は場所を移した。急ではあったが、サジェスを王族が滞在するときのための“護りの塔”に案内するためだった。
「俺は騎士寮でいいんだが」
「いけません。陛下から特急の竜便が届きました。王都を発つ前、立太子の儀を済まされたのでしょう?」
さく、さく、と枯れ色の目立ってきた下生えを踏み、控えめな日差しのなかを歩く。
アクアジェイルは、十の月も半ばとなれば朝晩めっきり冷える。うつろう四季を如実に伝えるのは、風や草、葉を色づかせる木々だ。
先導をイゾルデ。サジェスが続き、ルピナスが供をつとめている。
サジェスは億劫そうに頭を掻いた。
「仕方がなかった。こっちも、知らせは受けている。例の、汚職猛々しいグレアルド家が尻尾をちらつかせたのだろう? 貴族への沙汰は、王か、王が存命のうちは代理と認められた王太子のみと定められている」
「断罪を?」
切り込むように、手短に問いかけたのはルピナス。これにイゾルデが首を振る。
「一手目から、そうはならないでしょうね。まずは、弟を長年騎士団に潜り込ませていたロードメリア子爵が罪に問われるわ」
「……現当主の爵位剥奪、弟も含めての実刑数年。領地削減に、男爵への降格。そんなもんか」
「慣れてますね」
「父王は、人使いが荒い」
「なるほど」
ルピナスが、納得、と頷く。それにしても――いよいよ、サジェスが立太子。自然と思考は姉へと傾いた。
(アイリスは、やっぱり)
同時に、奇しくも母が同じ危惧を口にする。
「わかってはいましたが。こうして殿下を次代の王と仰ぐとなれば、あの子はもっと尻込みするでしょうね。世継ぎのこともありますし……」
「気にしなくてもいいのに」
「「しますよ」」
あっけらかんと言い放った王太子に、ジェイド家の母子はそろって突っ込んだ。
サジェスは懲りずに、解せんな、と眉をひそめる。
「そうか?」
「そうです」
徐々に、公邸の真の中枢、そびえ立つアクアジェイル公国時代の遺産。みごとなアクア輝石で組まれた尖塔群が近づく。
あの一番高い塔が、サジェスが滞在中の正式な居住塔となる。急がせたが、内装などの準備は万端のはず。
イゾルデは飄々と歩くサジェスに、ちらりと視線を流した。
「殿下。さすがに、あそこにキキョウ殿を呼ぶわけにも参りません。くれぐれも良識と自覚を持って。娘には、以前のような訪い方は、決してしてくださいますな」