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21 王子の宣言

 北公イゾルデとの会見を終えたサジェスから、搭の訪問を願う先触れがあったのは、そのあとすぐだった。


(居留守……は、無理よ。ルピナス)

 ちらりと弟発案の『隠れる』ルートが浮かばないこともなかったが、アイリスは即座に了承した。

 渋い顔の発案者には王子を迎えに行ってもらい、その間に手早く身支度を整える。

(※基本的に侍女にされるがままだったので、厳密な意味でがんばったのは彼女たちのほう)


 熱はあるが、短時間ならと気合いを入れた。







「――久しいな、アイリス。起きていて大丈夫か? 臥せっていると聞いたが」



 (ルピナス)の先導で入室したサジェスは――また少し、大人びたかもしれない。

 海老茶に近い濃い紫のマントに白を基調とする騎士服。デビュタントの夜は黒髪だったこともあり、印象がからりと変わっている。


 だからだろうか。

 自分でも驚くほど平常心で対応できた。微笑んで礼をとる。


「ようこそ、殿下。平気ですわ。かなり回復してはおりました」

「そうか? そのわりには」

「?」


 つかつかと長身が迫る。

 話が弾むようならば、窓側のソファーに誘導しようと部屋の中央に立っていた。そのため、最初の距離は七、八歩。それを一気に詰められる。なにげない歩幅が広い。


「あの……?」


 目の前に立たれると、(あつ)に近い関心を向けられているのが分かり、反射で『あの夜』を思い出してしまう。

 じわり、と羞恥が蘇って身を引こうとすると、今度は自然な仕草で顎をもたげられた。


「!!」

「目が潤んでいるし、赤い。目元も……――お前が泣かしたのか? ルピナス。けしからん」


「だ・れ・が、私ですか!? そっくりそのままお返ししますよ、由々しい。ちょ、本当に近いから、離してください。姉とみたら見境のない……!」

「失礼な。見境はある。アイリスにしか、こんなことはしない」

「いやまぁ、そうだけどっ!? そうじゃなくて!」


 しばらく目を丸くして固まっていたルピナスが王子のそばに追い付き、アイリスを背に庇う。もちろん、不敬などお構いなしに手を払いのけた。


 おかげで顔が赤くなったのを隠しおおせたアイリスが、いたたまれずに明後日のほうを向く。侍女からは丸見えなのだが、この際サジェスの視線さえ遮られれば、どうでも良かった。


「どけルピナス。俺は、アイリスに話が」

「話なら、触らなくてもできるでしょう。危険ですから、私はここにいます。で? 何のお話ですか」


 ――うるわしい双子(男)による、鉄壁の防御(ガード)

 まるで、どっかの誰かのうっとうしい障壁(バリア)みたいだな……と、軽く溜め息をこぼしたサジェスは、片手を腰に当てた。仕方ないな、と呟く。


「アイリス。あの夜、突然求婚したのは謝る。手紙にも書いたが、本当にすまなかった。盛装の君があまり綺麗で、焦ってしまって」

「え」

「あっ……、謝るべきはそこですか!? どうして急に、あんなことを――なさったこと、こそ…………ッ!」



「「「!!!!??」」」



 もはや、誰が見ても真っ赤な顔のアイリスが、『口づけ』というキーワードのみ伏せて王子を糾弾する。

 が、それが周囲の想像力を一層かきたてた。

 つられて頬を染め、素の様相で盛り上がりたいのをひたすら我慢する若い侍女三名に、あんぐりと開いた口が閉まらないルピナス。


 ――――混沌の極み、かつ収拾のつかない状態。


 そこへ、こほん、と咳払いが一つ響く。

 王子以外の全員が固唾を飲んでそちらを見ると、扉口に、供もつけずに女公爵イゾルデが立っていた。



「母上……!」


 しまった、と口を押さえたアイリスは、血の気の下がる思いで棒立ちになった。いっぽうのサジェスは、わずかに眉を上げただけ。

 今日は机仕事が主なのだろう。ふつうの貴婦人らしいドレス姿のイゾルデは、手にした扇子を口元に運び、す、と紅い髪の王子を睨んだ。


「まずはお掛けになって。娘はまだ本調子ではありませんのよ。さ、ルピナスもアイリスも」

「は、はい」


 再び時が流れたことにホッとしつつ、いったいどこから聞かれたのかと、胸がどきどきする。

 アイリスは、背を弟に支えられながら二つ向き合うソファーの片側へ。反対側にサジェスが座り、イゾルデは一人掛けの席に腰を下ろした。



 予め用意されていた茶菓子と紅茶が運ばれる頃、イゾルデはようやく口火を切った。


「で? さっきのはどういうことですの。事と次第によっては、いますぐに婚約の手筈を整えさせていただきますが」

「願ったり叶ったりだな」


「お母様ッ!?」

「殿下!!」


 つい、幼かったときの呼び方で母を呼ぶアイリス。ぎょっとサジェスを咎めるルピナス。

 お茶どころではない面々に、最終的にとどめを刺したのは、やはりサジェスだった。



「たしかに、デビュタントの夜に忍んでご息女を連れ出したのは俺です。求婚はそのときに。残念ながら、ふられてしまいましたが」


 ――諦めませんし、誰にも渡すつもりはありません、と、何をどこまでやらかしたかは完全に煙に巻いて、力強く宣言した。





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― 新着の感想 ―
[一言] 派手王子の押しが強すぎて今のところルピさん派です。 いえ、揺るぎないルピさん推しなんですが結末を知っているとね!まだ派手王子に声援は送れない…!(なぜならルピさんの守りがかっこいいから) …
[一言] やはりヤンデレはメンタルが強い( ˘ω˘ )
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