表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/86

19 【幕間】捕りもの劇

 秋雨が降りそぼる。

 ザアァ……と、間断なく続く音は、国境沿いの砦にほど近い荒れ地に展開する騎士団員らの耳を鈍らせ、連携を著しく邪魔していた。

 散開する彼らの対角線を結ぶ位置に、樹の幹ほどはあろうかという蛇体をくねらせ、睥睨(へいげい)する女王のような視線を走らせる異形がいる。


 上半身は裸体の女。下半身は蛇の魔性。古代より“ラミア”と呼ばれる上位魔獣だ。


 ラミアの顔立ちは悪くないのだが、いかんせん状況が悪すぎた。せっかくの艶やかな長い黒髪は、長時間の野外戦で乱れてびしょ濡れ。ところどころに折れた矢が刺さっており、怒り狂う口元には鋭い牙と二又の舌が見え隠れする。


 鱗は緑銀。腹は泥に汚れた、ぬらりとした白。古代よりも太古の神世(かみよ)では、白い翼もつ神々の一柱だったらしいが――いまは、ことの真偽を確かめる術はない。


 放っておけば、近隣の家畜は一頭残らず喰われてしまうだろう。

 運悪く捕まれば人間(ひと)も。それだけは避けねばならなかった。


「弓隊、射よ!」

「はっ!!」


 隊を率いる騎士団参謀ロランド・ローウェンは、右手側で引き絞られる弓と、つがえる矢を視認することなく号令を発した。細身の体躯に似合わず声は轟き、雨音をかきけすように伝播する。


「火魔法詠唱! 対象上半身をファイアサークルで取り囲め! 長槍、尾を刺し押さえよ!」

「ははっ!!」



 そこからの戦況は(はや)かった。

 指令と寸分違わぬ、一矢乱れぬ統率の元、連携は次々と奏功し、最終的にロランドがつがえた剛弓から矢が放たれて、ラミアの眉間に突き刺さる。

 断末魔。

 やがて身をうねらせる力も失せた蛇体が静かに横たわったとき、ちょうど雨も止み、隊員らの歓声が響き渡った。






「隊長、素体は」

「ラミアだからな。鱗が闇系魔法の防御属性付与の媒体になる。本当は、ほかの部位にも効果はあるんだが――ジオ、疵のない部分の鱗を取ったら、全体を燃やせるか。それから埋めたい」

「はい」


 ジオ、と呼ばれた初老の騎士は慇懃に、直礼で応じた。

 商会で有名なグレアルド一門から輩出された彼が、異色の魔力の強さを認められて最短で正騎士となったのがおよそ三十年前。以来、広範囲の殲滅攻撃を得意とする“業火魔法(インフェルノ)”の使い手として重用されている。


 特性上コントロールに難があるものの、本人を起点に半径二十メートル離れれば味方は無事でいられた。

 とくに、今回のように息絶えた素体(てき)を消し炭にするには彼の魔法が必要不可欠で、遠征のたびに同伴するのが常だった。



 だから、皆、知らなかったのだ。



 魔法を発動させたあと、ジオが炭化した魔獣からこぼれる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抜き取っていたのを。


 およそ非合法とされる『ラミアの瞳』のような稀少品をくすね、自身の一族の母体へと横流ししていたことを。


 ――――彼自身、そうして得られた非合法な薬剤によって魔力を得た使い手であることを。



 しかし。



 今日は、音もなくジオの背に近寄り、とん、と肩を叩く者があった。


「!!!」

「ジオ殿、それは?」

「えっ。あ…………あの。ル、ルピナス様。なぜ」


 ――先月、十五歳になったばかりのジェイド公爵嫡子ルピナス。


 まだ若いとはいえ、その佇まいにはすでに覇気のようなものが備わっており、ジオは思わずおろおろする。

 それから、しまった、と唇を噛んだ。


 ルピナスは、まだ騎士見習いだ。

 本来ならこんな実戦に参加はしない。


 なのに、なぜ。


(そう言えば、ロランド隊長の側でずっと待機してる魔法士がいた。雨で、フードを被りっぱなしだったから見落としていたが……まさか!?)

 目を剥く。背に冷や汗が流れる。

 カラカラに乾いた喉からは、うまく声を出せなかった。


 ルピナスは、すうっとまなざしの温度を下げて、静かに告げた。


「その、暗い赤。『ラミアの瞳』ですね。違法触媒で、依存性の高い媚薬の原料になるという」

「!! ち、違……ッ」

「違いません。調べました。ほかにも、一週間前に仕留めた“氷狼”の爪は稀少な氷属性の付与のほか、じわじわと身を蝕む毒となる。然るべき手順で精製すれば、暗器に塗られるような」


「お、おれ、は」


 ずぶ濡れのマントをまとう初老の騎士――()()()男は、ぶるぶると震えだした。


 話している間に、今度は自分が、さっきまでのラミアのように隊員たちに取り囲まれているのを知る。

 曇天よりもどんよりと淀み始めた目を、年若い北公子息の後ろへと流した。

 そこには、すでに“障壁魔法(バリア)”でルピナスを含む隊員ら全員を防御するキキョウ・エヴァンスの姿があった。


(~~!)

 ジオが俯き、肩を落とす。

 馬上のロランドが束の間、口を引き結ぶ。

 一瞬の無念。憤り。それから、ひときわ低い声音で本日、本懐の指令を発した。



「ジオ・ロードメリア。長年の違法触媒の採取および横領の疑いにより、貴殿を捕縛する。今後、いっさいの抵抗は無駄なものと心得よ……!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 悪が栄えた試しなし( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ