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16 父子面談

 ゼローナ国主オーディンは三男一女に恵まれている。妾はいない。母親は王妃一人。少女のような華奢な風貌に、本格的な土いじりが趣味でもある王妃――セネレは国民から『温室の主』とも呼ばれている。王城に手の込んだ温室を建てた実績持ちであるし、そこを夏期以外のサロンとしているから。彼女はとくに、薔薇栽培の名人だった。


 南方の山岳地帯の小国の姫だったセネレとは国際的な意味合いのつよい政略婚だったが、ゆっくりと互いに想い合えたのは幸運だった。

 よって、子どもたちにもどうか、それぞれ無二の相手を見つけてほしいとは、こっそり思っていたのだが。


 コツン、コツンとテーブルを指で叩きつつ、オーディンは執務室に呼び出した第一王子サジェスを詰問した。


「で、どこの姫なんだ。吐け」

「お教えしかねます」

「国内だな?」

「黙秘で」

「南か」

「黙秘」

「北だろう」

「黙秘です」

「まさかの街娘か? 幼女か? 人妻じゃないだろうな」

「父上が黙りましょうか。……黙秘で」

「ぐっ」


 両足を肩幅にひらき、両腕を後ろで組む不動の姿勢。まだ黒髪のサジェスは、一切悪びれることなく「たしかに、昨夜は忍びで抜けましたが」と付け加えた。その素直さに、オーディンは毒気を抜かれた表情(かお)をする。それから、ふう、と黒い革張りの椅子にもたれた。


 ――近年、この子沢山に目をつけた()つ海の王室やら皇室に、暗に婿にのぞむ声が増えている。正確には、()()()()()()()()()()“王家の能力(ギフト)”目当てで。


(そんな、ほいほい流出させるわけないだろ。馬鹿馬鹿しい)


 ちなみに、セネレの実家は欲のない老王が治めており、跡継ぎはない。そのため、王子の誰かを養子に出したとしてもゼローナに組み込まれることが内々で決定していた。また、そのための縁組みでもある。

 ――理想は、二番目か三番目の王子に公爵位を与えて丸ごと領地とするような。


 まじまじと自分に生き写しの長男を見る。


 サジェスは、ちょっと嫌そうに身構えて眉をひそめた。


「……何でしょう」

「決めたぞ、サジェス。国を挙げての夜会をひらく。招くのは公爵家から男爵家まで。未婚の令嬢で、婚約者のない者はすべてだ」

「は?」


 思いきり怪訝そうに顔を歪めたサジェスを、さも面白いものを見たかのようにオーディンは笑った。


「あぁ、そうだ。夜会に参加できない年齢層にも参加してもらわねばな。茶会もひらこう」

「なぜ……」

「見合いだよ。見・合・い。お前が全然口を割らないのだからしょうがない。実力行使というやつだ」


 見合い、と唇の動きだけで繰り返したサジェスは、左側に視線を流して口元に指を添えた。すばやく思案している。


「……無茶苦茶な予算が必要になりますし、準備も人員増強も街道整備も急務です。前代未聞な規模ではありますが……俺への嫌がらせだけではありませんよね? 令嬢たちの“景品”にはトールやアストラッドも含まれますか」

「当然だ」

「なるほど。いつになさいます」


 真摯な問いかけに、オーディンはにんまりとした。サジェス(こいつ)は、ぱっと見の言動は奔放だが、根は実務向きで堅実。そして、飲み込みも早い。

 今ごろ、頭の中では担当大臣やら事務官への采配まで具体的に組み上がっていることだろう。



 ――――なぜ、そんな大がかりな『見合い』が必要なのかも。




(長男ってのは、損なもんかも知れんな)

 オーディンは机の端に積んであった無地の紙束から一枚をとり、さらさらとペンで書き付ける。押印し、ひらりと突き出した。

 受けとったサジェスは、ほう、と呟く。


「来年の春、四の月……。アストラッドの十五の誕生日ですね」

「あぁ。責任者にはお前を任ずる」

()()、人使いが荒すぎやしませんか」

「いいや? 適任だ。悔しければ、お前も人を使う術を覚えろ」


「…………御意」


 インクが乾いたのを確認しつつ、おざなりな返事でサジェスは紙を丸め始めた。失礼、と断って机の上にあった組紐をとり、しゅるりと巻いて蝶々結びに縛る。勅命書の出来上がり。


 ではこれで、と退出を願い出た第一王子に、オーディンはトントン、とみずからの側頭部を差してみせた。


「? まだ何か?」


「髪。忘れてるみたいだが、元の色に戻しておけよ。皆、変な顔をしてただろう」

「あぁ……はい。そうですね、たしかに」


 にこりと微笑むサジェスは、心のなかで面倒くさいな、と盛大にぼやく。

 じつは、また隙あらば翔ぼうとしていたことなんぞはお見通しか、と礼をして扉に向かう。

 かくなる上は。


(さっさと采配なんぞ済ませて、次の北都(アクアジェイル)行きの口実でも作ろう)


 ――あのあと、ルピナスの姿を確認してから苦渋の判断で王城に戻ったわけだが、アイリスの拒否が全く堪えなかったわけじゃない。むしろ、身を切るようにつらい。


 求婚(プロポーズ)に関しては、もっと時間をかけねばならないことがわかった。

 しかし、時期的に彼女が王都までの旅路に耐えられるかどうかは微妙なところだった。

 予想。逆算。あらゆる不慮の事態も考慮して。



 サジェスは、速やかに決意した。




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― 新着の感想 ―
[一言] 殿下がまったく諦める気がなくて清々しいですね୧꒰*´꒳`*꒱૭✧ あちこち感想残してすみません;( ;´꒳`;):
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