13 デビュタント
光が満ちる。青みがかった半透明のアクア輝石をふんだんに使った円形のゲストホールを有する“舞踏の搭”は、その名の通り、ジェイド家が主催する夜会のためだけに用いられる。
――年に二度の公式夜会のほかは、今日のような特別な催しごとに。
「大丈夫? アイリス」
鏡で映したように、そっくり同じ容貌。それも厳密には昨日までのことだった、と、しみじみと知った。深いサファイア色を基調とする膝丈の騎士服を着こなし、金の鎖飾りで留めた白いマントが踝丈で揺れる。
長い藍色の髪を後頭部の高い位置で一本に括る、凛々しい令息そのもののルピナスが白手袋をはめた左手を差し出した。
「えぇ、ルピナス」
緊張で胸が高鳴る。
今宵、このときからは若輩であっても、二人とも大人の一員なのだと否応なく実感する。
アイリスは、ふう、と深呼吸を済ませると、意を決したように閉じていた瞳をひらいた。「平気。行きましょう」
カツ、カツ……
いつもよりも高く、華奢なダンス用のピンヒールが床を打つ。背筋を伸ばして右手を弟に預け、左手で真っ白な絹の布地をつまみ、わずかに裾をもたげた。
伝統に則り、装いとしてはとてもシンプルなかたち。
うなじから潔く結い上げた夜会巻きに、右耳には一輪の夏椿。デコルテと肩を露にした大人っぽいドレスは腰を細く絞り、裾がAラインに広がっていて、足をさばきやすい。剥き出しの腕は、指先から肘上まで白いレース飾りが付いた長手袋に覆われている。
天井までも届く、縦に長い両開きの扉は、とうにひらいている。
双子は、管弦の調べがこぼれる甘やかな空間へと進み出る。そのまま型どおりに踊り始めた。
着飾る人びとの談笑はぴたりと止み、並みいる視線は、うつくしい“北の二ツ星”とも呼ばれる姉弟に釘付けとなる。
――くるり。くるり。
夢見るワルツの流れ。
息の合ったアイリスとルピナスのファースト・ダンスは、招待された人びとにこの上ない陶酔をもたらした。
* * *
(困ったわ……)
アイリスは、がっつり包囲されていた。
やや離れた場所では母のイゾルデが、いぶし銀の存在感を放つ騎士団長ローウェル伯や子息のロランド、その他執政幹部に主だった貴族当主らに囲まれ、華やかに微笑んでいる。
さっきまで隣に居てくれたルピナスは、と言えば、どこぞの令嬢とダンスホールへ。
いつもなら真っ先に壁(?)になってくれるサジェスも、残念ながら今宵はいない。『王都での公務が押して来られない』という報せが、つい先ほど届いたばかりだ。溜め息は、そこかしこから漏れていた。
がっかりする間もなく、いわゆる貴公子たちに取り囲まれている。せっかく同性の友人を得られる好機かも――と、期待したのに。
(令嬢がた、遠いなぁ)
広げた扇で口元を隠し、ぼうっと思案に暮れていると、馴染みの顔を人垣の後ろに認めて思わず目元をほころばせた。
正騎士の黒い詰襟。盛装時のみ着用される白いマント。きちんとうなじで括った茶色の髪が、いつもより畏まった感じを醸している。
アイリスは、ぱちん、と扇を閉じた。
「――キキョウ様。ごきげんよう」
「こんばんは、アイリス嬢。十五歳のお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。今までお仕事だったのですか?」
「えぇ。街の警らを。でも、もう非番です」
「お疲れさまです」
とたんに打ち解けた表情を見せ始めたアイリスに、周囲の令息たちからは、若干けむたそうな視線がちくちくとキキョウに向けられる。
キキョウはそれをものともせず、にこりと笑んだ。胸に手を当てつつ、もう片方の手をアイリスに差し出す。
「労いに、踊っていただけますか」
「喜んで」
ちょうど軽やかな曲の終わり。次の緩やかなテンポのワルツが始まったところだった。
――――――――
「差し出がましい真似をして、すみません。お困りのようだったので……。立ちっぱなしよりは、こうして動いていたほうが楽ではないかな、と」
「ふふ。ご配慮、いたみいります」
ホールに出ると、他の組に易々と紛れられる。そのことにも安堵しつつ、つくづく人前では疲れる性質なのだと苦笑した。
キキョウのリードはやさしく、リズムやステップも正確で負担が少ない。
キキョウは、困ったように眉尻を下げた。
「……殿下も、罪なかたですよね。お寂しくはありませんか?」
「それは。その、はい」
「…………」
いらっしゃるものだとばかり思っていましたから、と呟けば、ぐっと天を仰いでしまう。そのくせ、器用にもダンスは続けていた。「? キキョウ様?」
「失礼。おれ――いや、私が代わりに被ることになった男どもの射殺すようなまなざしを、殿下に届けられたら良いのに、と思いまして」
「まぁ」
物騒だし大袈裟だな、とアイリスはころころと笑った。
そのときだった。とん、と誰かにぶつかり、するりとキキョウから離される。突然現れたそのひとは……――!
「よし。そこまで言うなら代わってやろう」
「!!」
「でっ……!?!?」
あろうことか、黒髪のサジェスがそこに居た。衣服はキキョウと同じ正騎士の装い。これは。
((お忍び殿下だ)わ)
心の裡なる認識が完全に同調したキキョウとアイリスは、ひたすら固まっている。
騎士服のサジェスはアイリスの手をとってキキョウに「ご苦労」と囁くと、ごく自然にホールドを組んで、ダンスの輪に加わった。