表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

野菜サラダ

作者: ヨウ

野菜サラダ吸い込んでいたときに思いつきました。パーペキ勢いとノリで書いたのでいろいろあれな感じですがよろしくお願いします。(^^)

とある小さな国の木漏れ日が差す森の中に、一個のトマトがいた。

正確にはトマトを模したオブジェだ。だれが何のために作ったかは分からない。しかし、トマトの下部は緑色のやわらかい苔に覆われており、設置されてからずいぶん経っているようだ。物は年月を経るうちに心をもつといわれている。だから物を大切にしないと罰が当たると。トマトは朽ちかけていた。誰にも顧みられず、雨が侵食するままに朽ちていた。いつからか心を宿したトマトは、大切にされないことを悲しんだ。

僕はここで生きているのに。

徐々に空が藍を帯びはじめ、夜が息もひそかにしのびよる。

どうして。

トマトはキレた。

身体が眩く光り輝く。

その光はまっすぐ夜空につきささり一瞬の後消えた。

森の中には寂しいトマトはすでにいなかった。

立っていたのは、黒いスーツに身を包み、トマトの頭部にハットとサングラスをかけたハードボイルドな男だった。

男ーーートマト・カポネは胸元からシガレットケースをとりだした。シュボッとライターに火をともし、円筒型の紙先を近づける。トマトはほろ苦い煙をたっぷり肺に送り込むと、空を仰ぎ吐き出した。


「仕事の時間だ」


○○○


「金なら、金ならある!だから見逃してく……」

男の口が最後まで言葉を紡ぐことはなかった。トマトが男の脳幹を撃ちぬいたからだ。眉間に穴をあけた男は心底に憎々しいといった表情で後ろに倒れた。見苦しい命乞いをトマトは好まない。人間どもにこれ以上失望したくないからだ。消費した弾丸を一発詰めなおしトマトはリボルバーを懐にしまった。使う弾丸は一発で充分だ。トマトのオブジェとしてこの世に生を受け、もう数十年だ。トマトは殺し屋で生計を立てていた。いつ死ぬか分からないこの業界で、石造りの身体は都合がよかった。寿命があるかは分からない。だが、この身が修復不可能なほど欠けた時、それは来るのだろうと思っている。

トマトはシガレットをくわえ携帯電話を側面にあてた。

数コールで電話をかけた相手が応じる。

「トマトだ。こっちは済んだぞ」

『あら、早いのね』電話口で女が笑う。「まあ見えているけど」立ち並んだ倉庫の陰から女が姿をあらわす。驚いたことに女はトマトと同じように頭部がキュウリだった。彼女の名はキュウリ・キュリー。そのみずみずしく、嚙んだらしゃくりと音がしそうな頭部はあまたの八百屋の心臓を撃ちぬく。俺なんかよりよっぽど殺しの才があるだろうさ。トマトはふーっと煙を吐き出した。二人は歩き出した。足元のまばらな灯影が歩く影によってちらつく。不意にキュウリがトマトの腕に自分の腕を絡ませた。トマトは歩く速度を落とした。それに気づいたキュウリがトマトを見上げた時だ。

「あ、見てみて!」

突然キュウリがはしゃいだ声をあげた。トマトはキュウリが指さした方角に目を向ける。そして思わず息をのんだ。

広がっていたのは美しい夜景だった。遠く浮かぶ三日月の下、ビル群の明かりと遠くに並ぶ赤い鉄塔たち。人工的な光が小さく光っている。

「私たちだけの世界みたいね」

キュウリがくすくすと笑った。

二人はしばらくそれを眺めていた。

「死んでしまいたい」

不意にキュウリがポツリとこぼした。

トマトは少し低い位置にあるキュウリの頭を見下ろした。キュウリは夜景を見つめたままふっと笑った。

「あなたの体温を感じながら見るこの景色を永遠にするために」

トマトは目を見開いた。

この女は涼しい顔をしながら、なんといじらしい事を言うのか。

キュウリへの愛しさが込み上げる。

トマトが細い身体を抱き寄せようとしたその時だ。


銃声が響いた。


トマトが銃声とともにリボルバーを取り出し襲撃者を振り返る隣でキュウリの身体が大きく傾いだ。

世界がスローモーションのように流れる。

キュウリの胸元に真っ赤な花が咲き、しなやかな腕が、身体が、花びらのようにゆっくりと倒れていく。

キュウリは怯えていなかった。運命を悟りそれを受け入れた穏やかな瞳がゆらりとトマトを映す。わずかに開いた唇が動く。

「あいしてる」

静かに花は散った。

トマトは襲撃者を撃ち殺した。

何度も何度も引き金を引き、銃口が弾を吐き出さなくなってもなお引き金を引き続けた。

カランと地面に銃が落とされる。

トマトはふらふらとキュウリの死体に歩み寄った。

キュウリの肌はまだぬくもりを残し、ともすれば眠っているようだった。しかし、彼女の心臓の音に耳をすまそうと、彼女の手を握ろうと、目を開きやわらかく微笑みかけることはない。

遠くにはいまだ赤の鉄塔が光を放っている。

もう二度とあの穏やかな時間が訪れることはない。

二人の世界は終わりを告げたのだ。

トマトはキュウリの身体を抱え上げた。

そして、結ばれた唇にそっと口づけを落とした。

三日月だけが二人を見下ろしていた。

                                             fin.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ