おいしい恋の作り方
「いってきまーす」
玄関を出ると、すぐ隣に住む幼馴染の数馬の家の呼び鈴を鳴らす。
「……あれ?」
いつもなら、バタバタと慌しく聞こえてくる足音が今日は聞こえてこない。
「数馬ー? いないの?」
声をかけてみるが、中からは人の気配がしなかった。
数馬とは、幼稚園の頃から一緒で、何の因果か今年入学した高校まで同じっていう腐れ縁だった。
数馬の家は父子家庭で、中学に入った頃から自分でお弁当を作っていた私は、ついでだから、と数馬の分も毎朝作っていた。
高校に入ってからは「誤解されると悪いから」と数馬が言い出して、学校に行く前に家に届けていたんだけど、どうやら今日は何のためか先に出たみたい。
あいつ〜人にお弁当作らせてるクセに、先に行ったな〜!ムカツク!
私は朝からイライラした気分のまま学校に向かう事になった。
昼休みを告げるチャイムが鳴ると、思ったとおり数馬が私の教室にやってきた。
「わりぃ、今日から朝レンだったの言うの忘れてた」
それって、全然謝ってる態度じゃないんですけど……?
朝の不機嫌をそのまま引きずっていた私は、あっけらかんとそう言った数馬を、ジロっと睨み付けてやった。
「悪かったって、このとーり! ごめん! だから俺に弁当くれぇ〜」
私の様子に、大袈裟に肩を落として手を拝むみたいに合わせている数馬は、まるでおあずけをくらったワンコのようで思わず吹き出してしまう。
「も〜わかったよ、その代わり今度からはちゃんと先に言っておいてよねっ!」
仕方なく、カバンから自分の分と一緒に一回り大きい、数馬の弁当も取り出して渡してあげると、嬉しそうに受け取った数馬はニコニコと教室を出て行った。
「ちょっと、彩。今のって、軽音部のアイドル瀬名数馬じゃん! 彩、どうゆう関係?! もしかして、付き合ってるの?!」
今のやり取りを見ていた、同じクラスの美和が興奮したように詰め寄ってきた。
そう、実は数馬はうちの学校でファンクラブまであるっていう、軽音部のヴォーカルをやっていて、ちょっとした有名人だった。
「いや、あのね、付き合ってるとかそういうんじゃなくて、ただの幼馴染だってば……」
「じゃあ、なんでお弁当なんて渡してるのさ〜? 怪しい〜」
美和があまりにも鬼気迫る顔で詰め寄ってくるものだから、しどろもどろになった説明に益々疑惑の眼差しを向けられてしまう。
はぁ〜こうなるのが嫌で、わざわざ家に届けてたっていうのに、数馬の馬鹿やろ〜!
高校入学から約1年間の気遣いを、たった1日で無駄にしたくせに、さっさと姿を消した数馬をちょっと恨めしく思った。
やっとの思いで美和に説明を終えると今度は、クラスの女の子のほとんどが、私の机を取り囲み「数馬君の好きな食べ物は何?」とか「数馬君て彼女いるの?」
「数馬君って……」と、質問攻めに合う始末……
正直、なんでみんなが、そんなに数馬に熱中するのか、私にはわからなかった。
まぁ見た目は悪くないし、人懐っこい性格だからっていうのはわかるけど、私にしたら、餌付けされた大型犬がシッポを振ってるようにしか見えない……
なんて、そんな事を口に出して言ったら、みんなに恨まれそうだけど。
その日を境に、数馬の元には毎日、食べきれないほどの手作り弁当が届くようになったらしい。
私の役目はそろそろ終わりかな。
昼休みになると、たくさんの女の子から、お弁当攻撃を受けている数馬を見て、そう思った。
学校帰りに、スーパーに寄ってお弁当の食材を調達するのが、毎日の私の日課になっていて、いつもどおり買い出しを済ませてレジに並ぶ。
「1579円になります」
レジのおばさんにそう言われて、初めて2人分の食材を買った事に気が付いた。
うわ、やっちゃった。つい、いつもの癖で……
かと言って、もう返品するわけにもいかず、お金を払ってスーパーを後にした。
はぁ、何やってだろう、私。もう数馬の分のお弁当、作らなくていいのに。
無駄に重く感じた荷物が、私の心までも重くしていた。
次の日、私はちょっと悩んだけど、自分の分だけお弁当を作って玄関を出る。
「お、彩。おはよー」
外に出ると、ちょうど隣から数馬が出てきたところだった。
「あれ? 数馬、朝レンは?」
「あ〜、今日は無し。弁当は?」
「え? 作ってないよ? だって、ファンの子達からいっぱい貰ってたみたいだし、無駄になるの嫌だもん」
私の言葉に、数馬の顔が明らかに落胆していくのがわかって、ちょっと意外だった。
「マジかよ〜……俺、彩の弁当食うのが楽しみで、学校行ってんのにっ!」
本当に残念そうに言った数馬の言葉に、私の心臓が少し高鳴った。
ちょっと、なんでそこで心臓がドキドキするかな……
私は、自分の意図しないところで高鳴った鼓動に、訳が分からず動揺する。
「ファンの子に貰った弁当は、全部先輩達にあげてるよ。俺が食いたいのは、彩の手作り弁当っ!」
こ、こいつ……いつから天然口説き魔になったんだ……
数馬にそんな意図が無いのは分かっているのに、ちょっとくすぐったいような、優越感が私の心に中に広がっていく。
「彩……? どった?」
「ん〜ん、なんでもない。しょーがないから、また明日から作ってあげますか〜」
「サンキュー! 彩、大好きだー!」
私の言葉に、数馬はシッポを振り回して喜ぶワンコのように、嬉しそうにしている。
うん、やっぱり数馬って大型犬だよね。
さっきのドキドキは、きっと何かの間違いだ、うん。
自分に言い聞かせながら、これからも変わらないであろう二人の関係を、心地よく感じていた。
このお話は、柊のブログでお題リクエスト「学園モノ」で書かせていただいたものです。初挑戦だったので、「学園モノ」と言うにはかなり微妙な感じですが…^^;いつか続きが書けたらいいなと思ってます