三話
依頼を受けた3日後、ボクはケインズ港への乗合馬車にいた。馬車の中には僕のほかに一組の親子連れと、寄り添って寝る老夫婦、本を読んでいる中年女性が乗っていて特別心配になりそうなことはなかった。
手持ち無沙汰に外の様子を眺めていると、本を閉じた女性が興味津々といった風に話しかけてきた。
「ねえ貴方、知ってる?シャーグス商家ってね、2代前の家長が商売を畳みそうになってたの」
「…まあ、悪名高いとは」
「それでね、それを復興させた先代の家長が……」
女性はいったん言葉を切ると、ボクの耳元で囁いた。
「奴隷商、始めてたんですって」
そこでまた席に戻ると、女性はキャー!と騒ぎ始めた。周りの乗客は少し目をよこしたくらいで、特に何の反応も示していなかった。
この話自体はあくまで噂話でしかないとは思うが、恐らく真実ではあるのだろう。発生源がどこかは知らないが、依頼内容のこともあるし脱走囚か何かが言いふらしたのだろうか。
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「到着しました」
御者の声を聴き、外を見るとケインズ港の門の正面であることが分かった。馬車を降りると最初に感じるのは磯の香り___などではなく、獣臭い馬の体臭と周りの乾いた木々の香りだった。
二週間の観光手続きを済ませ門をくぐると、そこにあるのは港ではなく活気のある街だ。ここは港に直結する港町で、名前もそのまま「ケインズの町」になっている。海産物が有名で、そこかしこに海産物を扱った出店が並んでいる。
南北に延び、港の多い国内でも最大級の港であるケインズ港は当然物流も多く、それに伴い違法な取引も多くなされている。今回の依頼もそれに絡んでいるのだろう。
宿屋にチェックインし、部屋で支給された資料に目を通す。そこにはシャーグス商家が流通ルートを使用する時間帯が書いてあった。これもいつの間にかギルドの書類に紛れていたらしいが、時間は正確であり有用なものであることには変わりなかった。
普段なら朝から晩まで張り込みする必要があるが今回はその必要がなく、負担が軽減された。