唐突な別れ
はぁー、なんて美しいのだろうか。
桶の水面に映る俺の容姿は本当に素晴らしい。
サラサラの金髪にクリクリした碧眼に雪のように白い肌。
父の井戸水汲みに付き合い始めて七日経つが、何度見ても飽きない。
そりゃあ、村の人々も会うたびに笑顔になるよね。見れるだけで癒やされる程の美しさだもんこれは。
朝早くに井戸水の汲みとりに付き合っていると、他の水汲みに来ている村人に話しかけられるんだが、皆が俺の事を可愛い可愛いと褒めちぎってくる。
村の子供達も話しかけてくるが、女の子は皆顔を赤らめている。さらに近隣の村からも俺を見にやって来たりする者もいる。
まぁ、しょうがないか。こんなに愛らしいんだもの。
ぐふふ、成長したらイケメンになってさぞモテるんだろうなぁ。将来が楽しみだ。
さて今日も村長の家に行って文字の読み書きの勉強を頑張るぞ!
◆◆◆
月日が経つのは本当に早い。俺はもう今年で五歳になった。
妹のサーシャも二歳になり元気に歩き回っている。
五歳になってジェシカと一緒に農作業を手伝う事になった。
と言っても午前中だけの手伝いで、午後からは自由時間だ。
自由時間は村の子供達や姉と妹と一緒に遊んだり、村長の家で本を読んだりしている。
いつもの様に本を読んでると村長の視線を感じるので振り向く。
「どうしたの?」
「うむ、いつだったか初級魔法を覚えるにはどうしたらいいか聴いてきたじゃろ?」
「うん、もしかして教えてくれるの?」
「いや、わしは知らん。だが教えてくれる場所は知っている。このミルマ王国の王都ラフィアにラフィア王立学院という学校がある。ミルマ王国で唯一魔法を教えている学校じゃ。そこに通えば初級以上の魔法を覚える事が出来るぞい」
「そっか、でも僕でも行けるの?」
「通常は十二歳以上の年齢で高い入学金と試験を受けねば入れん。だが特待生試験というものがあって、それに合格出来れば何歳でも無料で王立学院に通う事が出来るらしい。相当難しいらしいが、アルフェなら受かるかもしれんのう」
ラフィア王立学院かぁ。他にやる事も無いし、行ってみたいなぁ。
よし、夕食の時にでも父や母に相談してみるか。
家に帰り、父や母にラフィア王立学院の特待生試験を受けたい旨を伝える。
「王都の学院か。この村からだとかなり距離があるな。その特待生試験に受かったら何年も家族と離れ離れになるぞ。それでも受けたいのか?」
「家族と離れ離れになるのは辛いけど、それでも行きたい!」
「うーむ」
「あなた、アルフェの意志を尊重しましょう」
悩む父の肩に手を置き母が説得してくれる。
「······わかった。ただし王都までの道は五歳児には厳しい。十歳になってから父さんと一緒に王都に行こう」
「うん、わかった。ありがとう父さん」
すぐに行けないのは残念だが、許しは得たし良しとしよう。
ただ許可を出した時の父の顔は寂しそうだった。父すまぬ、それでも魔法を覚えたいんだ。
しかし、十歳まであと五年何をしよう。······そうだ、仲良くしてる村の女の子ユーナの父親スティーブは村の警備を担当している。いつも剣をぶら下げてるし、お願いして剣術を教えてもらおう。
――翌日の昼頃
この時間なら村の入り口で門番をしている筈。
村の入り口に向かうとなにやら騒がしい。
「お前では話にならん!! 村長を呼べ!!」
スティーブと言い争いをしてる兵士の集団がいる。
数は5人程。
中でも全身を甲冑で包んだ偉そうな兵士が声を荒げる。
「スティーブおじさんどうしたの?」
「あ、アルフェっ!? 出てきては駄目だ!」
「えっ?」
スティーブおじさんが声を荒げるのは珍しい。だが何故出てきてはいけないのか疑問に思っていると全身甲冑の偉そうな兵士がニヤリと笑う。
「ほうお前がアルフェか。確かに見目麗しい。これなら領主様もたいそうお喜びなるに違いない」
スティーブおじさんが俺を背中に隠す。
それと同時に騒ぎを聞きつけた村長や村人達が集まる。中には俺の家族の姿もある。
「これはこれは、兵士の皆様。これは何事でしょう?」
村長がニコニコと一番偉そうな兵士に問う。
「やっと来たか村長。今日はこの村にとって嬉しい報せを持ってきた。なんとそこのアルフェを側仕えとして引き立てると領主ビルマ子爵からお言葉を頂いている」
「な、なんと!? そ、それは大変有り難いお話なのですがアルフェはまだ五歳です。領主様の側仕えとしては粗相をしてしまうかもしれません」
兵士からの言葉で村長や村人が強張る。俺の父と母も顔に緊張の色が見える。そんな父と母は俺に駆け寄り守る様に抱き締める。
「ほう、そこのアルフェは神童と近隣の村でも評判になる程優秀な子と聞いているぞ。それ程の逸材は早いうちから側仕えになっても問題なかろう」
「で、ですが」
「···ほう、領主様の決定に不満があるようだな」
兵士達の眼光が鋭くなる。村長や父と母を含めた住人達は身を震わせている。
母が俺を抱く力が更に強くなる。
「め、滅相もございません。し、しかし···」
村長が言い淀んでいると父が兵士の前に出て土下座する。
「この子はまだ幼い。ど、どうかもう少しお時間を!!」
「ええい、これは決定事項だ!! これに異議を唱えるならば、反逆罪として切り捨てる!!」
兵士達が剣を抜く。それでも父は土下座を止めない。このままじゃ父や皆が危ない。
「剣をお収めください。僕なら喜んで側仕えとして仕えさせて頂きます」
「「アルフェっ!?」」
父や母、村長が驚く。
「ほう、当の本人はよく分かっているじゃないか。さぁ領主様がお待ちだ。馬車に乗るがいい」
「はい、わかりました。しかし、家族との別れをさせてくれませんか?」
「······わかった。五分やろう」
五分か、短いな。まぁしょうがないか。
「父さん母さん、そういう事なので領主様の所に行ってきます」
「だ、駄目よ。行ったら戻れ···」
母は泣きながら俺を引き止めようとしている。
そんな母を見て父が唇を噛んで血が垂れる。
「ジイジ、行ってきます」
「おお、可愛いアルフェ! こんな急に、ううっ」
村長も号泣しながら抱きついてくるし、村人達からも引き止めたいという気持ちが伝わってくる。
だが、側仕えになるぐらいで少々大げさな気もする。
「大丈夫だよ皆。立派にお務めしてきます」
そう声をかけ身をひるがえし馬車に向かう。
「アルフェ行っちゃやだ〜!!」「ニイニ〜!!」
姉のジェシカや妹のサーシャの泣き声が後ろからする。
後ろ髪引かれつつ馬車に乗り込むと御者の兵士が馬にムチを入れる。
――ガラガラガラ。
村から離れていく。馬車の窓から村の様子を見ると皆泣いている。
いや、急な別れだからってちょっと泣きすぎじゃない?
ただの側仕えになるだけでしょう?
まぁ、ここまで寂しがられると嬉しくもある。
十歳になったら王都に特待生試験受けに行きたいんだけど無理かなぁ。
馬車から景色を観ながらそんな事を考えていた。なお、頭の中のBGMはドナドナが流れていた。
◆◆◆
――父ガラン視点。
俺の息子はめっちゃ可愛い。
俺や妻ミーネの血から何故こんな見目麗しい子供がと不思議に思う。姉のジェシカや妹のサーシャは俺たちの子供だと言えるぐらいには面影がある。
それと頭の方も似ていない。村長が驚くぐらい物覚えが良いらしい。まだ五歳児だというのに文字の読み書きは完璧。基礎魔法は光と闇魔法以外の基礎魔法はすべて扱えるらしい。
俺が五属性の基礎魔法すべてを使えるようになったのは二十歳過ぎてからだというのに。
そんなアルフェは村の女の子に留まらず近隣の村の女の子にまで人気がある。親ながら鼻が高い。
それと王都の学校の特待生試験を受けたいと言ってきた。
アルフェならいつか言ってくるんじゃないかと思っていた。
親の目から見てもアルフェは農家に収まる器じゃない。
ただ流石に五歳で親元から離すのは心配なので十歳になったらと約束した。
なんて事だ。アルフェが領主の目に止まってしまった。
俺達が住むタルガ村はビルマ·ドワーズ子爵領内にある。
ドワーズ子爵領は税の徴収は他の領よりも少なく、村に魔獣が現れたり何か問題があればすぐに兵士を寄越してくれる中々良い領主である。ある一点を除けば。
ビルマ子爵には見目麗しい子供を美術品の様に収集する癖があった。
噂では収集された子供は二度と親元には帰ってこないという。
だからこそ必死に守ろうとしたが、アルフェは賢い子だ。俺達が反逆罪に問われない様に自ら前に出た。
自分がどういう目にあうかも賢いから分かってるだろうに心配をかけないように笑顔で別れを告げてくる。
ぐっ、息子に守られるとは親として情けない。皆が泣いている中、息子は健気にも馬車の窓から上半身を出し手を振っている。
ああ、どうかあの優しい息子に神の加護を。
読んで頂きありがとうございました。