Heart full Varentain
ひたすらに努力をすれば、夢は叶う。努力は裏切らない。
紛れもない事実だとは思うが、大事なワードが抜けていると思う。それはつまり...
「あ〜、止めた!!無理だって!」
「無理じゃないよ〜。瑞月、凄く頑張ったじゃん。焦げて無いし、ちゃんと美味しいよ?」
「食べられるね、って褒め言葉ではないよ?」
そう、時間である。才能という速度やリードが無ければ、ゴールには途方もなく時間がかかるのだ。所詮、私は無才の身の上である。
つい半月程前までは、この何でも喜んでくれる良き友人と、チョコパーティーでもしようと思っていたのに...人は本能は理性で抑えていく癖に、感情はどうしようも無いらしい。解せぬ。
「はぁ、市代んには分からないさ...私のこの悲壮感...」
「アハハ...で、でも!今年は頑張るんでしょ?私も協力するよ!」
「う〜、分かってるけどさ...!」
そう、私の嘆きは別に出来の悪い事では無く。隣のあまりにも綺麗なチョコが、眩しいからだ。
流石にさ?友達にあげる義理チョコより、グチャってる本命ってどうよ!?同じのだと流石にね〜、と市代はクッキーを焼いていた。可愛くチョコで模様を付けた奴。
彼女に、渡さないでと頼んだなら快諾してくれるだろう。でも二人が仲が良いのも、喜ばしいのだ。というか、他の娘達は渡すだろうし。
「そういえば、皆は、その...す、好きな人とかに渡さないのかな...」
「私はお兄ちゃんと、いつものメンバーだけだけど...どうかな?」
「やっぱり?うぁ〜、頼りにならない〜!幻滅されたくない〜!」
広めたくないから無理だけどさ!!
とはいえ、現状に甘んじるのは無し。ズルズルと行って、相手の隣に誰か居ました〜という姉の二の舞は嫌だ。せめて意識させるぐらいはしてやらねば!
その為のチョコなのだが...認めよう、私は不器用らしい。
「大丈夫だよ。龍崎君の事、信じてあげたら?」
「そりゃ、琳桐ならそうだろうけどさ〜。そうじゃなくてさー!」
私の問題なのだ。愚痴を叩きつけられる市代は、いい迷惑だろうが。
ただ、目標が高過ぎる。市代はそれこそ、常日頃からお菓子を作るのだから、土台の練習量が違う。しかし、並べて見劣りしないほどに、と乙女の見栄が出しゃばるのである。
「でも、渡すんでしょ?」
「それは絶対!」
決めた事は決めた事だ。その為に友人を巻き込んで、引くに引けない状況にしたのだから。
せめて夕方までには完成させねば。
「...でも、作ったチョコどうしようか?」
「あぁ、パパが全部食べると思うよ?」
「そっか...瑞月のお父さん、大変だね。」
市代の呟きは聞かなかった事にする。うずら高く山となったチョコは見ずに、次の物に取り掛かる。
「さっきは、湯煎せずにいったから、溶けてなかったのかも...生クリームを加えた後、もう一度しっかり溶かしてみよ?」
「はい、先生!」
「先生じゃないってば...」
温めた生クリームを、刻んだミルクチョコにかけてゆっくり混ぜていく。細かく刻んだし、今回はちゃんと溶けてくれる筈だ。
「バターと...砂糖はどれくらいかな?」
「ん...さっきの甘かった?」
「琳桐なら、もう少し苦い方がすきかも...」
「ふ〜ん?それなら、半分くらいにしよっか。」
熱いうちにしっかりと混ぜこみ、オーブンペーパーを敷いたトレーで冷やしていく。
「よし、次!」
「ブラックの方は、生クリーム多目にね。」
「了解〜!」
覚えていても、やっぱり不安だ。隣で教えてくれる友人に感謝しつつ、丁寧に分量を計っていく。こちらもしっかりと溶かし、感触をヘラ越しに確かめる。
味は...うん、美味しい、かな?もっと甘い方が好みだけど...食べるのは私じゃない。
「瑞月、ヘラ舐めるのお行儀悪いよ。」
「もう使わないから大丈夫!」
「そういう問題じゃなくて...」
時間的に、これが冷えたら終わり。つまり、最後。
先に冷やしておいたミルクに、そっと上からブラックをかける。そう、二層のチョコレートだ。少しはオシャレにならないか、と頭を捻った結果である。
「後は...冷えるのを待つだけ...」
「集まるの、5時だっけ。そろそろ、準備しとく?」
「うん、そうする。ありがとね、市代!」
お菓子作りに使った物は水に浸しておき、部屋に戻って着替える。いつも通りで良いと言われても、少しは気合いが入ってしまう物だ。
少し時間がかかってしまったが、まだ約束には間に合う。近くの公園へと、二人はお菓子を持って出掛けていった。
「お〜、遅いぞお前ら〜。」
「アンタらが早いんだって。どんだけ楽しみだったの?」
「俺は自分の心に正直に生きてんの!そこのバカと違ってなぁ!」
「喧嘩なら買うぞ〜。」
チョコくれ〜と騒ぎ始めた少年に、バカと呼ばれた少年が笑いかける。すぐに小競り合いを始める二人に、本当に仲が良いと彼女達に呆れが浮かぶ。
「あ、そういや二人は明日の課題やった?写させてくんね?」
「やっぱりバカじゃん、タッツー。」
「お前にノート貸してたからだけどな。」
明日返すと逃げ回る少年と、追いかける少年。そんな二人に、可笑しそうに笑いながら市代が声をかける。
「チョコじゃないけど、要らないのー?」
「はいはい!要ります如月様!」
「調子良い奴...」
二人からクッキーを貰い(瑞月は市販の物で済ませた)、礼を言う少年。
「お返し、三倍ね。」
「任せな〜!」
「はい、龍崎君の分。」
「お、ありがと。そだ、不知火達は今日来れねぇって。俺ら以外は、明日かね。」
市代の手荷物の量を見ながら、彼はそう伝える。その目が瑞月の紙袋に向くと、緊張がピークを迎えた。
少し不自然な間が空き、少年が此方を振り返る。
「ん?どうした?」
「あ、えと...」
恥ずかしさと不安が混ざった感情が、言葉にならない程度の吐息として出てくる。時間が経つほどに、どんどん渡しにくくなってくる。
「なぁ、その菓」
「猿若、ノート。課題に間に合わないって。」
「お?おぉ、分かった。取ってくるわ。」
「俺ん家のポストに入れといてくれりゃ良いから。」
「りょーかい、また明日な〜。」
さっさと追い払った後、振り返った琳桐は瑞月の肩を掴んで笑う。
「如月さん、ちょっと恩沢の事、借りてくね?」
「へっ?」
「ちょっとと言わず、ずっとで良いよ〜。また明日ね〜。」
「えっ!?」
あっという間に置いていかれ、困惑する頭で瑞月は琳桐を見上げる。彼は少し頬を緩めると、ベンチを示した。
「まぁ、とりあえず座ろうか。立ち話も疲れるしさ。」
「あ、ありがと...」
「少し頭を冷やしとくといいよ。ちょっと待っててね。」
少し失礼とも取れる言葉を残し、駆け足で去っていく琳桐。とにかく荒れる心臓を落ち着けようと、瑞月は深呼吸を繰り返した。
(大丈夫...大丈夫...!)
不安は強引に押し込め、握る手に力を込める。次に顔を見た時に渡す、と何度も強く念じる。
唐突に、首筋に暖かい物が当たり、冷えた体が過剰に反応する。
「ひゃっ!?」
「はは、良いリアクションするなぁ。はい、ミルクティー。」
あったけぇ〜と呟きながら、缶コーヒーを両手に握り、琳桐は隣に座る。渡された紅茶花伝を一口飲んで、瑞月は琳桐を少し睨んだ。
「こういうの、ズルくない?」
「ん?何が?」
「お膳立てされた気分...」
「あがり症だもんなぁ、恩沢は...アチッ。」
笑いながら口を付けたコーヒーは、思ったほど冷えてなかったらしい。抜けてるなぁ、等と思いながら、次第に緊張も解れて来た。
最後の一口を飲み干して、白い息を吐く隣の少年を正面から見る。
「琳桐...これ。」
「ん...今開けても?」
「出来れば、帰ってからかな...」
「焦らすなぁ...返事、一月待たせるぞ?」
「じゃあ、待ってる。」
達成感からか、照れからか。寒さで少し赤らんだ頬で浮かべる笑顔に、琳桐は手を添えてもみくちゃにする。
「ふにゃっ!?にゃにしゅんにょしゃ。」
「俺以外に、笑えんよ〜にしてやる。」
無茶を言われつつも、すんなり解放された頬を擦りながら、瑞月は仕返しとばかりに言い返す。
「それは無理だけど、琳桐にだけの笑顔なら持ってるし。」
「...なぁ、やっぱりこれ今開けちゃダメ?」
「恥ずかしいから、ヤダ。」
明日、どんな顔で会えば良いのやら。満足したように走り去る愛しい人を眺めながら、そっと包みからチョコを取り出す。
少し歪ながらも二層の色合いの生チョコを、感心しながら口に放り、その甘さをしっかり、しっかりと味わう。
「甘っ...」
ふんわりと湧く喜びと、残酷なまでの甘さは、きっとチョコの所為ではない。その感情を吐き出してしまわない様に、火照った心に閉じ込める様に、チョコの後味と一緒にコーヒーで流し込んだ。