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XII. Carpe Diem

 伯爵家の晩餐は、料理は豪華で雰囲気は気軽という、客人四人の好みに合う内容だった。サンドラが以前に何度か訪れていたことが大きかったかもしれない。晩餐会の前に準備の時間があったので、みんなそれぞれに身なりを整えている。ミラベルはお転婆用でない青のドレスに着替え、サンドラは服装こそいつもと同じだが、昼間の騒動でくたびれてしまったところをきれいに直している。エディは上着の埃を払って髪を梳いた。ロランですらいつもよりきちんとして見えるのは、シャツのしわを伸ばしたり、擦り切れた袖を取り替えたりというお世話係の腕前だろう。元々着ているものはそう悪くないはずだった。卓についているのは、伯爵と息子のフォデル、客のミラベル、サンドラ、エディ、ロランの六人で、これで全員のようだ。主人が挨拶をする段になると、伯爵はこう言う。

「どなたかお招きしたときにはここで私が挨拶をするのですが、長い挨拶ほど嫌われるものもありません。今日は適当に省いてしまいましょう」

 伯爵は、給仕の服装に着替えたベルナルドに最初の料理と酒類を持ってくるよう合図し、フォデルに言う。

「今夜は無礼講だ」

 フォデルはびっくりしている。客のいる席で父親からそんなふうに言われたのは初めてだった。フォデルの隣で銀の杯に酒を注いでもらいながらサンドラが言う。

「さすが伯爵様ね」

 フォデルは感心してサンドラに言う。

「あんたら、もうずっとここにいてくれよ」

 するとサンドラは酒を味見しながらこう答える。

「それは無理だけれど、そのうちもう一度戻ってくるかも。貴方大きくなったじゃない。それに、やっぱりおとなしいお坊っちゃまじゃないんだ」

 フォデルはやっぱりが気になって聞く。

「やっぱりって? 一応行儀よくしてたつもりだけど」

 サンドラは向かいの伯爵に尋ねる。

「大昔の武勇伝は、息子さんには内緒なの?」

 伯爵は少し恥ずかしそうに返す。

「今さらよしてください。言うほどのことでもありません」

 サンドラはへえと言って、興味津々のフォデルにこう言う。

「言うほどのことでもないらしいわよ。だったら内緒。教えてあげない。後で本人に聞いてご覧なさいな」

 フォデルは今のうちに伯爵に頼む。

「後で聞いたら教えてくれるって、今のうちに約束してくれよ」

 サンドラも伯爵に言う。

「エレンを拐ってきたときの騒ぎは、ちゃんと詳しく話しといてあげたほうがいいわよ。なんかこの子貴方に似てる気がするから、似たような轍を踏まないように教育しとかなきゃ」

 同じ卓で料理と酒を堪能しながら話を聞いている他の三人は、こんな穏やかそうな人にそんな過去があったのかと感心している。伯爵は笑いながら言う。

「もし、誤解されるようなことを言わないでください。あれは我々の間ではきちんと同意があってのことです」

 それから、伯爵は少し考えるような顔をして、フォデルに言う。

「エレノールが戻ってきてから、エレノールと二人でその話をしてあげよう。それまでは秘密だ」

 フォデルも少し考えて頷き、こう返す。

「それならきっともうすぐだな」

 もうすぐと聞いて不安になりつつ、【探索】を思い出したエディが誰にともなく言う。

「おれたちはどこへ行って【守護者】を探せばいいんだろう」

 すると、彼のやはり向かいに座っている伯爵が、うっかり忘れていたという表情でベルナルドを呼び、封蝋の押された未開封の手紙を持って来させる。伯爵はその手紙をみんなに見せながら言う。

「先ほど宮廷からの使いが来て、国王陛下からルパニクルス使節団宛ての書簡をよこしました。これがその書簡です」

 どなたにお渡しすればと聞くので、伯爵の右手の一番近くにいたロランが申し出て受け取る。大袈裟な封蝋を破って開け、紙を広げると、ロランが見たことのない外国語で何行か書かれてある。うっかり受け取るのではなかったとか、どうしてこれで話し言葉が通じるのかとか、字の読めないやつだと思われるのは癪だとか、色々一瞬のうちに考えてから、ロランはそれを黙って向かいのサンドラへ渡す。サンドラはどうしたのかと首を傾げてそれを受け取る。それはサンドラにとってもある種外国語だったが、読むことはできたのでそのまま読み上げる。

「ルパニクルス使節団各位。【守護者】の禁域へ案内するので立会人一名とともに明日王宮へ来られたし。朝に馬車を二台迎えに遣わす。貴殿らが【守護者】を活動化する間に、こちらで門を復旧する。出立の用意を整えておくこと。連絡以上。デイレン王国国王ロドルファス七世」

 読み上げ終わるとサンドラは、手紙をぽいと卓に置いて言う。

「国王陛下からっていうわりには、随分不躾なお手紙ね。それに随分慌ただしいわ。さっさと出て行けってこと?」

 ロランが「そりゃそうだろう」と言う。彼はサンドラにこうも言う。

「あんたのところは相当嫌われてるみたいだったからな。なんでまたそんな針の筵みたいなところに、おとなしく捕まってついて行ったんだか、俺にはさっぱり気が知れん。何の趣味だ」

 サンドラは不機嫌な顔で言う。

「あんな陰険な根に持ち方されてると思わなかったのよ。国王との接触前に余計な騒ぎを起こさないで、さっさと釈明して貴方達と合流するつもりでおとなしくしてやったのに、何なのあいつら。何人かぶった切ったけれど後はもう知らないわ。後で見てなさい」

 エディが驚いてつい口にする。

「また殺したのか?」

 ロランの予想に反してサンドラは怒らない。美味しそうな肉料理を切り分けながら冷静に言う。

「死んだかどうかは確認してないわ。身を守っただけ」

 ミラベルも内心驚いているが、サンドラの憤りを理解しているので何も言わない。エディが「何されたんだよ」と無神経なことを聞くので、それはミラベルが黙らせる。

「黙んなさい。あんたよくそんなこと聞けるわね」

 エディは余計な口をきいたことを後悔しながら、おとなしく黙る。フォデルは聞いていないふりをし、ロランは料理を味わい、伯爵は微笑んでサンドラにこう言う。

「相変わらずですな、サンドラさんは。先の戦役では私も出兵するはずだったのですが、あなたと戦う羽目にならず本当によかった」

 サンドラも伯爵に言う。

「無礼講だから言うけれど、私も自分の担当区域に貴方の姿がなくてほっとしたわ」

 和やかな様子に釈然としない顔をしているエディに、伯爵は問う。

「我々にわだかまりがないのが不思議ですか?」

 エディは少し考えて頷く。伯爵はこう言う。

「これも無礼講だから言いますが、私には過去の外交問題よりも、サンドラさんが妻の友人であることの方が大切なのです。義務は義務ですが、友愛も友愛です」

 息子のフォデルが驚いている。今日の父は、いつもとは別人のようだ。サンドラが笑って言う。

「私は国の方が大切だけれど、それでもアルマンドさんは友人の夫で、もう私の友人なのよ。伯爵様が私の祖国に害をなすなら、切って捨てる覚悟はあるけれど、そんなことしたくないし、する必要もないでしょう? だから私たち今は仲良しで、この人は美味しいものをご馳走してくれる人なの。こんなに美味しいもの、きっとしばらく味わえないわよ。【後悔のないように】!」

 サンドラは軍の標語で話を締め、銀の杯で伯爵と乾杯する。エディは拍子抜けして、素直に料理を楽しむことにする。宮廷や街中で感じた鋭い敵意の方が、今は幻だったような気さえする。銀は苦手だがこんなごちそうの並ぶ食器ならいい。銀杯で飲み干す高級な果実酒はとても美味かった。食事と会話をおおいに楽しみ、甘い菓子と新鮮な果物が出てきたあたりで、まだ気のしっかりしているロランが今後の話を切り出す。

「明日は朝から迎えがくるって話だが、王宮のどこへ連れて行かれるんだ。伯爵様、何かお心当たりはあるか?」

 伯爵は考えて答える。

「禁域というと、私の思い当たるのはあの開かずの扉の奥でしょうな。どうしても開け方が分からないが、地下水脈へ繋がっているらしいと噂の」

 するとフォデルが目を輝かせて言う。

「あの開かずの扉か? あれを開けるのか?」

 伯爵は複雑な顔をして息子を諫めて言う。

「あまり喜ぶな。立会人はお前だ」

 フォデルはますます嬉しそうな顔をしつつ、父に問う。

「親父殿じゃなくていいのか? 母上を探す機会だろう?」

 伯爵は真面目に答える。

「だからお前が行け。年寄りには務まらない仕事だ」

 果物をつまみながら聞いていたロランが口を挟む。

「こちらの坊ちゃんを一緒に地下に潜らせるのか?」

 伯爵が答える。

「立会人をと書面にありましたから。ご迷惑でしょうが、こう見えて案外腕の立つ子です。私を連れて行くよりは、お荷物にならずに済むかと」

 機嫌のいいサンドラが言う。

「私の前でそう言うくらいだし、信用してあげてもいいんじゃない。ここのおうちは武闘派よ。誰か連れてかなきゃいけないなら、一番ましかも」

 そこで死なれたら面倒くさいぞとはなかなか言えず、後半部分について納得したロランは「そうか」と頷いてフォデルに言う。

「あんたになんかあったら、清らかな古い友情が一つ壊れるんだからな。勝手にどこかへ走って行くなよ。こっちのエディみたいに」

 言われたエディはお菓子を食べながらロランを睨む。フォデルは力強く頷いて答える。

「ああ、勝手なことはしない。足手纏いにならないように気をつけるよ」

 サンドラが急に深刻になって伯爵に言う。

「貴方の立場を悪くしたなら謝るわ。何もお返しはできないけれど、息子さんは必ず無事に返すから。約束はできないけれど、エレンも一緒に」

 伯爵はこう返す。

「フォデルにはまだ言えない話ですが、あなたには恩があります。万一息子が帰ってこなかったとしても、あなた方を責めることはしません。老人が一人悲しみに暮れて枯れてゆくだけです」

 サンドラは「それじゃあ大ごとじゃない」と言って微笑んで、杯の中身を飲み干す。知り合ったときには若者だった相手が初老になっていることに気付き、エレンはどんなふうに年を取ったかしらとサンドラはぼんやりと思う。サンドラだけは昔から大して変わらず、これからは永遠に変わらない。

 みんなが満腹になっても酒宴は続くようだ。上階からエミリーが下りてきて加わると、伯爵はベルナルドにも酒杯と席をすすめる。ベルナルドは仕事中とは言わずに輪に入る。フォデルから「あの庭はおれが生まれる前に母上の好みで作り替えたらしい。外国風だってさ」と聞いたミラベルは、ちょっと外の風に当たりたくなってくる。ちょうどいいところで伯爵がミラベルに言う。

「いい季節ですからな。庭への扉は開放しています。少しの間なら、涼しい風が気持ちいいですよ」

 ミラベルがそれじゃあちょっと行ってきますと席を立つと、伯爵はベルナルドに命じて言う。

「ベルナルド。鬼火を飛ばしなさい」

 ベルナルドが席を立つ。サンドラは知っているという表情をする。ロランはフォデルと何か盛り上がっている。エディはもうぼんやりしている。ミラベルはベルナルドに案内してもらいながら言う。

「明かりなら、自分で調達できるわよ?」

 ベルナルドはそうでしょうねと微笑んで言う。

「ここの庭園に鬼火を出すのはお抱え魔導師の仕事なのです。ちょっと見ていてください」

 庭へ続く両開きの扉は開いていたので、そこから外の暗闇に数歩出て、ベルナルドはまた昼間のようにぱちんと指を鳴らす。すると、空から星が降りてくる、ようにミラベルには見えた。ほんのり明るいぼたん雪が降るように、舞い降りた小さな鬼火は揺れてそのまま宙に留まる。青白い鬼火は触れても熱くはないようで、庭木の葉を焦がすこともしない。ミラベルは素直に感動して言う。

「きれいね。熱くない火なんて、どうやったら出せるのかしら」

 ベルナルドは問いには答えず、代わりにこう言って消える。

「小一時間で消えてしまいます。早めにお戻りくださいませ」

 ミラベルが噴水のところに腰かけて景色を楽しんでいると、扉からもう一人誰かが出てきて、周りの景色に驚きながら噴水の方に歩いてくる。エディだ。ミラベルが「何、あんたも涼みに来たの?」と聞くと、彼は伸びをしながら答える。

「ああそう。鬼火って何かと思って。あそこで見たのとずいぶん違うな」

 ルパニクルスの課題のことだとすぐに気付いたミラベルは、「あれはなんか気持ち悪かったわね」と言う。エディは座ってから建物の方を見上げて、何か思い出したように言う。

「そういえば、あの二人はいなかったよな」

 ジャンとシルキアのことだろうか。ミラベルはそれを聞いて、前から気になっていたことを思い出す。たぶん余計なことだろうけど、勢いで聞いてしまえと口に出す。

「あのさ、エディってなんか、あの二人がいるとちょっと委縮してない? 顔合わせのときなんか、ちょっと変だったじゃない。確かにあの人たち怪しげな感じだけどさ、あんたロランとは仲良しでしょう? あたしに言わせればロランだって相当怪しいわよ。なんかあったの?」

 エディは噴水の縁に肘をついて尋ね返す。

「なんかあったら?」

 何かあったんだなとミラベルは思う。それ以上聞く気もなくなったので「ああそう。そりゃ大変だったわね」といいかげんに返すと、エディは噴水の縁に突っ伏して言う。

「聞けよ。話を振ったのはおまえだろ」

 ああ酔っ払いが管を巻き始めたと、ミラベルはなんだか損をした気持ちになりながら、一応相手をして言う。

「話していいわよ。長くしないでね」

 エディは何か吐き出すようにうだうだと話し始める。聞けば案外短い話なのだが、ミラベルは『話していい』と言ったことを痛烈に後悔する。ちょっと衝撃を受けてから、まず腹が立ち、それからそのときのことをまだ気にしているエディのことが気の毒になってきて、言う。

「空の上の王様なんて、どうせ冗談の言い方を知らないのよ。ほら、そろそろ戻るわよ。こんなところで寝ないでちょうだい」

 ミラベルが立つと、エディは案外しっかり立ち上がって、ふと空を見上げる。細くなった下弦の月だ。エディは呟く。

「どこの世界にも月はあるんだろうか?」



 翌朝。もう慌ただしい出立の日のはずだが、起床も朝食もみんな遅かった。もう荷物を片付けてしまって、居心地のいい居間でだらだらと寛いでいるロランとサンドラは、王宮からの迎えはまだだろうかとぼんやり思う。ここで『朝』というのは、『昼よりは前』くらいの意味のようだ。ミラベルはまた庭を見に行き、フォデルはなぜか慌てた様子でミラベルを追いかけて行った。ジャンとシルキアはまだ降りて来ない。サンドラがロランに言う。

「楽しかったわね。これからまた針の筵に行くなんて嘘みたい」

 ロランはサンドラに聞く。

「本当にそんなに恨まれてると思わなかったのか?」

 サンドラは簡単に答える。

「こっちはいちいち気にしてないもの。一旦片付いた相手のことをぐずぐず考えている暇があったら、次に対処しないとやっていけない環境だったわ。まあ、今回のことは勉強にはなったわね」

 ロランはまた一つ尋ねる。

「なんでそんなに厄介な土地にこだわるんだ? 武力があるなら、【影】だの魔獣だの出て来ない土地をどこかから奪い取って、そっちへ移ったらどうだ」

 サンドラはきっぱりと否定して言う。

「あの土地でないといけない理由があるの。それに、【影】だの魔獣だのが壁になっていなかったら、もっと面倒くさいことになっていたと思うわ。【影】も魔獣も諸刃の剣だけれど、あそこで私たちが永久に戦い続けてさえいれば、ある種安泰だと思っていた。欠員が出ても、必ず次はいた。私がいなくなっても同じで、終わらないと思っていたし、終わらせないわ」

 ロランは少し考えて、もう一つ聞く。

「もうやめたいと思わなかったのか? 死ぬか生きるかって、疲れるだろう」

 サンドラはこれにも即答する。

「思わないわね。やめてもどうせ終わらないから。私自身は、こうして永遠になったなんて言っても、結局いつかは終わるのよ。でも、私が存在をやめても、私が好きだったものとそれを取り巻く状況は残る。だったら、存在しているうちに最善の働きをしたいと思わない?」

 希望的観測の混じった話だなと思いつつ、ロランは問いに答える。

「そうだな。俺もそうだし、みんな自分の望むことをしている。最善の働きしかどうせできねえんだ」

 ひねくれた回答だと思いながら、サンドラは沈黙する。本当にそうかもしれないと思ったからだ。誰でもそれぞれの制約の範囲内でそれぞれの望むことをしていて、そうでないことはできない。



 ミラベルが朝の庭で羽を伸ばしていると、後ろからまたエディが寄ってくる。ミラベルは振り返って言う。

「今度は何よ? ゆうべの話ならもう忘れたから、あたし知らない」

 エディはほっとした様子で言う。

「それならいいんだ。聞かなかったことにしてほしいと言おうと思ってた」

 この子ったらそのためにわざわざ追いかけて来たのかと、ミラベルはうんざりする。エディのことはもう無視して、まわりを見渡す。背の高い庭木とよい香りのする草花の茂る庭園。朝の光の下で見ると、植えてある植物も配置も、とても趣味のいいものだと感じる。実家の庭園は継母が造り変えて、ミラベルが小さかったころとはまったく違う趣になってしまっていた。それでも、広い庭園の端の方にはまだ昔のままの場所があって、あの狭間の城へ行くきっかけになるはずだった噴水も、そんな昔からの区画にあったのだ。もう帰らなくていいはずの場所のことを、どうして何度も思い出してしまうのかとミラベルは不思議に思う。不思議に思ってから、もう帰らなくていいということを確認するために思い出しているのかもしれないと思いなおす。きっとそうだろう。そこまで考えたところで、サンドラが二人を呼びに来て言う。

「お二人さん。お寛ぎのところ残念だけれど、出発よ。地獄の使者がお迎えに来たわ。荷物はまとめた?」

 ミラベルの荷物は居間に置いてある。エディはもうすべて持っている。居間を経由して入り口の広間へ向かうと、【探索】の仲間は六人全員揃っていた。久しぶりに降りてきたジャンとシルキアは、世話係にさせたのかどうしたのか、二人とも後ろ髪を三つ編みにしている。ロランとエディは、昨日王宮への道すがら羨ましがっていたベルナルドの真似だなとすぐに気付く。ロランが三つ編みの二人に声をかける。

「邪魔にならなくていいんじゃねえのか」

 シルキアは嬉しそうに言う。

「私のしっぽが一番長い」

 ベルナルドが一言注意をする。

「しっぽを引っ張られないように気をつけてください。フォデル様によくやられました」

 フォデルが「いつの話だよ」と言いながらベルナルドの『しっぽ』を引っ張ろうとすると、従僕を連れた伯爵がやってくる。フォデルとベルナルドは襟を正す。伯爵は一同に言う。

「このまま出立されるということで、残念ですがお別れです。もしかするともうお会いすることはできないのかもしれませんが、ここを立っても、あなた方はどこかで世界の保守担当としてお仕事を続けてゆかれる。我々はそれを思い出すことにしましょう」

 それから伯爵はサンドラの手をとって言う。

「雷霆の騎士よ。あなたと友人になれたことを光栄に思います。妻の友というだけでなく、あなたは私にとっても大切な友人です。ご武運を」

 伯爵はサンドラの右手の甲に口づける。サンドラは「ありがとう」と言ってこう続ける。

「私も貴方のような方と友人になれたことを嬉しく思います。いつも温かくもてなしてくださって、貴方のところで過ごす時間はとても楽しかったわ。息子さんをお預かりします。エレンの件も最善を尽くすから、待っていて」

 屋敷の外に出ると、通りに立派な馬車が二台とまっている。一台目にサンドラ、フォデル、ジャン、シルキアが乗り、二代目にロラン、エディ、ミラベルが乗ると、窓に覆いが下ろされ、外の景色が分からなくなり、そのまま馬車は出発する。窓の覆いを見ながらロランが言う。

「ミラベルとサンドラを釈放した件は、どう処理されたんだろうな」

 閉め切られると揺れで少し気分が悪いと思いながら、エディが何の気なしに言う。

「どうって、請願により釈放しました、だろ」

 ミラベルは二人に聞く。

「実際のところどんな感じだったの? 昨日はその話あんまりしなかったじゃない。王宮の人たちは、やっぱり渋ってたの?」

 エディがミラベルに答える。

「渋ったなんてもんじゃないからな。謁見の間にいたのは、さっさと処刑しろって感じの嫌味なやつばっかりでさ、そういうふうに決まりそうになって、もういよいよやばいかなと思ったら、王様がなんとかしてくれたんだ」

 ロランが昨日のことを思い出しながら言う。

「ああ、王様はちょっと様子がおかしかったが、おかげで助かった」

 ロランはミラベルに聞く。

「昨日おまえらが監獄から出るときに乗った馬車にも覆いはあったか?」

 ミラベルは答える。

「伯爵様とサンドラと一緒に乗った馬車? 窓に幕が下りてたわよ」

 それを聞いてロランはミラベルに言う。

「おまえたちは死んだことにされるのかもな」

 ミラベルはうんざりして答える。

「どっちでもいいわ。とりあえずもうあの魔導士長の顔は見たくない。あの監獄で最後」

 そういえばとエディが思い出して言う。

「魔導士長って、宰相から伯爵を連れて監獄へ行けって言われたときに、馬車は四人乗りだって言ってなかったっけ? 自分と伯爵と囚人二人でいっぱいだって言われて、おれたち誰もついて行かなかっただろ? でもさ、監獄からお屋敷までは、あいつついて来なかったのか。じゃあ、おれたちの誰かを連れてったってよかったじゃないか」

 ミラベルが冗談じゃないという顔をして言う。

「監獄からお屋敷までって、あんなやつと馬車の中でまで顔を突き合せたくないわよ。向こうだって同じだったんじゃないの」

 ロランは笑いながらエディを褒めて言う。

「おまえよく気が付いたな。うっかりだか地味な意地悪だかは微妙なところだ」

 意地悪と聞き、ミラベルは憤慨して言う。

「意地悪までみみっちいやつね!」

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