IX. Initium Aeternum
奇妙な時計が永遠の始まりを告げたのは、城の朝だった。六名が諦めと共に約束の場所に集まると、いつものように澄んだ音が鳴り、金の縁取りの白い服をきちんと着こなしたアンドロイドのエリクが現れる。エリクは右手に丸めた書状を一枚持っている。エリクは深々と礼をして、その書状をなぜかロランに手渡して言う。
「デイレンの王宮で門衛に渡す書状です。一枚きりですので、なくさないようお気を付けてお持ちください」
ロランがおとなしく受け取ると、エリクは今度はミラベルのところへ近づいて、何か小さな金属の欠片のようなものを二つ手渡して言う。
「こちらは二つとも同じものですが、二つとも必要なものなので、紛失にはくれぐれも気をつけてください。二つともグスティトール帝国で使う書状です。一つをサンブリアの《最高顧問》に、もう一つはのちほど指示する先で使ってください」
ミラベルが受け取ってそれを鞄にしまうと、エリクは一同を転送門の部屋へ導く。床に五つ円のある部屋に着くと、そこには説明係の女がいて、見覚えのある蓋つきの小箱を抱えて立っている。女は箱から金の指輪を取り出し、各人に配って言う。
「【行方を示す指輪】でございます。左手の人差し指にはめてお使いくださいませ。どなたかとはぐれた際に、その方の名を指輪にお尋ねください。きっと再会できることでしょう」
六人は言われた通りそれを左手の人差し指にはめる。大きさはどれもぴったりだった。誰も驚かず質問もしない。女は皆が指示に従うのを見届けると、「それでは失礼いたします」と言って部屋を出て行く。女が消えると、エリクは六人を五つの円にそれぞれ立たせる。それから「忘れ物はありませんね?」と確認してから、手を振って気楽に別れの挨拶をする。
「それではどうかお気をつけて。行ってらっしゃいませ!」
六人の視界に白色の帳が下りる。白い光がおさまると、一同は見たことのない場所に立っていた。足元に緑の草の茂る、明るい高台だ。もう午後だろうか。真昼の光が降り注ぎ、向こうの木々の開けたところからは崖下の景色を一望できそうだ。少し遠くに見える建物の塊が、城下町だろうか。あたりを見回しながら、ロランが言う。
「悪い夢でも見ていたみたいだ。書状がなくておまえらもここにいなきゃ、さっきまでのは夢だと信じるな」
ミラベルが慌てて言う。
「夢じゃ困るのよ。ここがヴァーゼルのどこかだったらと思うと、洒落にならないわ」
崖下の景色を遠目に見ながら、サンドラがミラベルに言う。
「大丈夫よここは本当にデイレンだと思う。昔このあたりまで来たことがあるの。あの感じは少し見覚えがあるから、たぶん合っていると思う」
そう言ってサンドラは景色を見に行ってしまう。他の皆もなんとなくそちらへ行く。向こうの方に見える城下町を見て、ずいぶん大きな街だなとロランは思う。尖塔や大きな建物のいくつかはここからでもその特徴が見える。豪華な建物は多くあるようで、どれが王宮かすぐには分からないくらいだ。あの、中庭のずいぶん広そうなのが、王宮だろうか。エディが「すげえ都会だな」と言うと、サンドラがそうねと肯定して言う。
「ずいぶん栄えている街よ。私たちは返り討ちにしたけれど、世界中色んなところを征服して回っていたから、色んな土地のものが集まってきて豊かなんじゃないかしら。戦費も嵩んでいるでしょうけど、それだけ余裕のある国なのよ」
ミラベルが、「顔合わせの時に言ってた『西の大国』ってもしかしてここなの?」と聞くと、サンドラは「それは別」とすぐに否定して言う。
「デイレンは一度ちょっかい掛けてきたから叩き返して、賠償金もふんだくって、もう済んだ話。あの後しばらくは、この国も不況になったんじゃないかしら」
ロランがサンドラに聞く。
「デイレンってのは魔法かなんか使うようなやつがいる国なのか? 竜遣いがうようよいるような国に喧嘩売るんだ、何か勝算があったんだろう」
サンドラは少し考えて答える。
「そうね。軍属の魔導士ってやつはいたみたいね。でもねえ、実際に戦っていた経験から言うと、あの色とりどりのローブの連中、大した敵じゃなかったように思うわよ。シルキアが出したみたいな壁がちゃんと機能すれば、もうちょっと戦えたのかもしれないけれど。あいつらせっかく壁みたいなのを出しても、こちらの攻撃をまったく防がないからいい物笑いの種だったわ。きっと何か、あの壁の魔法について思い上がりがあったんでしょうね」
エディは「なんだそれ」と馬鹿にして笑ってから、ふとその魔導士たちの絶望を想像してぞくっとする。サンドラたちは、障壁に効果がないと気付きうろたえている敵陣の者たちを、空の上からなぶり殺しにしたのかもしれない。あの雷撃や飛竜の【影】が放ったような攻撃を人間に浴びせたら、いったいどうなるのだろう。ちょうどそうして竜の力の脅威に思いを馳せている折だったので、そのとき視野に入ってきたものをエディはまず見間違いかと思った。だがシルキアにも見えていたらしく、彼女は目を見開いて言う。
「竜がいる。大きな竜」
他の者たちも気付いている。瑠璃色の大きな竜。サンドラの雷竜ガリーナや、それと戦った【影】たちの三倍も四倍も大きな竜が、南側——見下ろす景色の左側の方から、巨大な翼を広げて城下町の方へ飛んで行くのだ。サンドラも驚いて目を見張り、こう呟く。
「重竜種だわ。誰なの? どうしてここに?」
城下町へ到達した竜は、サンドラがさらに驚いたことに、氷の息吹を吐き町の端の尖塔をなぎ倒したのだ。瞬間、サンドラは飛竜を出し、その背に飛び乗って空へ舞い上がった。街を破壊しにかかる竜のそばへ行こうとするつもりらしく、誰かが何か言う間もなく一直線に遠ざかってゆく。ミラベルは背に負った四角い箱を慌てて開け、中から箒を取り出して跨る。彼女もまた、誰かが止める間もなくサンドラの後を追って行ってしまった。二人とも遠くへ行ってしまってから、我に返ったようにエディが言う。
「なんだあれ。それに、サンドラってもしかして無鉄砲な人?」
ロランは難しい顔をして「あれはだいぶまずいな」と言う。エディが「早く止めないと街の中めちゃくちゃになるんじゃねえか?」と言うと、ロランは「街もそうだが」と言ってこう続ける。
「下手したらねえさんが取っ捕まる可能性が高い」
エディはそうかと納得する。もう終わったとはいえ、デイレンはリノリアと戦争をしていたのだ。ジャンは考え込みながら言う。
「冤罪か。ありそうな話だな。被害が広がる前に片付ける必要があるか」
エディが振り返って「あんた、なんとかできるのかよ?」と聞くと、ジャンはずいぶん長いこと黙った後に、シルキアに向かって言う。
「なんとかできるのかと聞かれているのだが、どうするか?」
聞かれたシルキアは困った様子で、「まだ明るいから」と呟く。それを受けてジャンは言う。
「なら暗くしよう。なんとかしようと考えているのだろう? やれるだけやってみようか」
ジャンは顔を見合わせているロランとエディに、後ろに下がって見ているよう言う。エディは、何をする気かと不審げに尋ねる。ロランは、エディを無理矢理後ろへ引っ張って行きその場に座らせる。いったい何が起こるのかとエディとロランが見守っていると、ジャンは暴れる竜のいる城下町に向かってシルキアを立たせ、自分はそのすぐ後ろに立って両腕を広げ、何かを呟く。衣で影を作ろうとでもいうのだろうかと後ろの二人が考えていると、シルキアのいるところに唐突に闇が下りた。ああ、月夜の魔法円で見たあの暗い影かと、後ろの二人は囁き合う。暗い影——【夜】に包まれたシルキアは、両腕を緩く前に出し、掌を遠くの青い竜に向ける。そして、そのまま静かにじっとしている。何も起こらないではないかとロランとエディが訝しみ始めたとき、変化は起こった。竜が棘のある息吹を吐くのをやめ、こちらを向いた、ようにロランとエディには見えた。大きな竜はこちらへ向かってくる。それは気のせいではなかったようで、街を囲む壁を超えて街の外へ竜が出てきたとき、ロランは驚いてつい前の二人へ言う。
「おい、こっちに来させるのはなしだぞ!」
ジャンもシルキアも集中しているようで何も答えないが、竜はこの丘の方までは来ず、丘の手前の、ここからよく見える畑の一角にどすんと重そうな音を立てて着地し、そこで丸まって動かなくなる。サンドラとミラベルがそれを追ってきて着地する。馬に乗った騎士たちもまた、駆け付けてきて竜と二人を取り囲む。サンドラとミラベルは弓と槍の先を向けられて固まり、ミラベルが反撃しようとするが、なぜかそうしない。結局まずいことになったなあと前に出てきて成り行きを見守るロランとエディの後ろで、力を使い切ったらしいシルキアとジャンはその場に倒れる。サンドラとミラベルは、騎士たちに連れていかれるようだ。連れていかれる二人と後ろで倒れている二人を見比べ、ロランは頭を抱えて言う。
「いきなり問題ばかり起こるな。もっと慎重に行動しやがれ。いちいち倒れるな。捕まる前に自分たちで逃げろ。ああ、面倒くせえ」
街の門の周辺でも騒ぎが起こり始めている。今回の騒ぎで街の外へ避難した者たちだろうか、大勢が中へ戻ろうとして、なぜか締め出しを食っているらしい。この様子ではしばらく街へ入るのは難しいだろう。入ったとしても、街の中がまともに歩ける状態かどうか分かったものではない。そう考えたロランは、とりあえず倒れている二人からなんとかしにかかる。二人とも息はあるので眠っているらしいのだが、ロランが呼びかけてもはたいても起きない。魔力がなくなった状態なのだろうか。ロランはよしと呟いて、ルパニクルスから渡された例の旅行鞄を《展開》しにかかる。鞄が元の大きさに戻ると、鞄を開けて中を漁り、きらきら光る小さなガラス瓶を一本取り出し、倒れている二人の前に立つ。ロランはおもむろにその瓶の蓋を開けると、瓶を逆さまにして何度か振り、中の輝きをすべて、眠る二人の上に降り注いだ。ロランの一連の行動をエディが怪訝な顔をして見守っていると、まずシルキアが、次にシルキアに起こされたジャンが目を覚ましてこう言う。
「エリクシルか? 誰の持ち物だ」
ロランが答える。
「俺のだ。別に何も請求しないから忘れろ」
ジャンは何事か納得した様子でこう言う。
「分かった。礼を言おう。なぜそんなものを持っていたのかも聞かないでおこう」
ロランは「そうしてくれ」と答えて旅行鞄を片付けにかかる。手際よく《圧縮》も済ませると、ロランは羊皮紙の書状を手に、皆に向かってこう言う。
「あいつらを迎えに行かないとまずいよな。明日にしようかとも思ったが、助けてやれるなら早くした方がいい。ちょっと考えたんだが、この書状『デイレンの王宮で門衛に渡す書状』だよな。街の門番には使えねえと思うか? 『必ず、適切な手続きが取られるよう細工が施されています』って台詞がどうにも気になってな。細工って言うのは何かの魔法か? 旦那、どう思う?」
聞かれたジャンは、巻かれた書状を手渡され見分してこう答える。
「細工というのは確かに魔法らしい。必ず土地の最高権力者の元に届くよう、呪いがかけられている。君の試したいことを試みる価値はありそうだ」
ジャンは書状をロランに返す。ロランは「よし、だったらさっさと行くぞ」と言って、丘から下りられそうな道を探し出す。ほどなくして四人は街の門へ続く広い街道に降り立った。石畳の道を歩く間に、他の人たちの話し声が聞こえてくる。
「リノリアはなくなったんじゃなかったのかよ」
「生き残りが」
「報復かしら」
「恨みならいくらでもかってただろうにどうしてこんなところになあ」
「こないだの客の従兄弟があんとき従軍して」
「しばらく近寄らない方がいいよ」
歩きながらエディが言う。
「サンドラのせいだと思われてるのか。全部」
ロランは「どうだかなあ」と気のない返事をする。エディは更に質問する。
「捕まった後って、どうなるんだ?」
ロランは答えない。そのやりとりを聞いていたジャンは、ここで自分が推測している内容を答えたら、この少年にはもっと嫌われることになるのだろうなと考えている。ジャンの考えていることが分かるシルキアは、大きな竜を深く眠らせて——もう二度と起きないくらい深く眠らせて——よかったと思う。あの竜はもう、苦しい目には遭わないはずだ。エディが色々想像している間に、四人は人だかりができている街の門の前に着く。門は閉ざされ、人だかりの内訳はおおむね三種類で、一つは街に入りたくて締め出されている者たち、一つは向こうの畑で見張りの兵士に囲まれて眠っている竜を見に来た見物人、最後は締め出されながら見物している者たちだ。締め出されている者たちは気が立っている様子で、それぞれに戻らなければいけない理由を声高に申し立てながら、門衛所に詰め寄っている。門衛所は鉄の戸を閉めてしまっていて、取りつく島がなさそうな雰囲気だ。その様子を遠巻きに見て、ジャンがのんびりとした口調で言う。
「なぜ門を閉めてしまっているのか」
ロランはどうでもよさげに答える。
「街の中がしっちゃかめっちゃかになってるとかそんなとこだろ。知らねえよ。とにかく入るぞ。ちょっとそこで待ってろ」
そう言うとロランは、書状を持って人混みにうまく割って入り、門衛所の戸の前に辿り着く。そして鉄の扉を叩いて、誰の声だか分からないほど生真面目な調子で声を張り上げて言う。
「ルパニクルスよりデイレン王国国王陛下への書状を持って参った。門を開けられよ」
はっきり言って完全に駄目元だったが、本当に門が開き始めるのでロランも拍子抜けする。こんなにちょろいのではそもそも門などいらないのではないかと思うが、これも魔法の効果なのだろうか? 締め出されていた人たちは開いた門になだれ込もうとする。見ていると制止されることもなく、街の中へ入れてもらえているようだ。それでは何のために門を閉めていたのか、四人にはますます分からなくなる。たまたま今、開けようとしていたところだったということだろうか。何はともあれ無事に中へ入れそうなので、四人は人の流れが落ち着くのを待つ。人の流れが落ち着いて門へ近づくと、先に中へ入った者たちの声だろうか、驚き嘆くような声が多く聞こえてくる。街の中はかなり荒らされているようだ。門を抜けると、確かにそこはひどい有様だった。門のすぐ近くの街並みは、一見どうということもない。ひどいのは、どこか被害の大きかった場所から避難してきた人々の有様だ。皆どこかしらに怪我をしていて、戸板にのせて運ばれている重傷者もいる。おそらく死体もある。幼い娘だろうか、血に染まった亡骸に取り縋る男が叫ぶ。
「竜遣いを公開処刑にしろ!」
街の外から今入ってきた者だろうか。一人の紳士がその光景を見て立ちつくしながら誰にともなく言う。
「戦狂いめ。戦争であれだけの者を殺め、我々を苦しめただけでは、まだ足りなかったのだな」
エディは何も言えない。エディが少なからず衝撃を受けているのを見て、ロランが低い声で言う。
「ねえさんのとこは、ずいぶん恨まれてたみたいだな」
ジャンもやはり抑えた声で話す。
「先に仕掛けたのはデイレンなのだろう? それが事実ならば、勝手な話ではないか」
ロランが返す。
「過去の戦争がそうでも今の状況は違う。誰がやったのかまだ分からねえ。分かってるのは、サンドラじゃねえってことだけだ」
それを聞いてエディが言う。
「そうだよ。サンドラじゃないんだ。だから早く助けに行こう。ひどい目に遭ってるかもしれない」
エディはいきなり走り出す。ロランは「おい馬鹿、走るな! ちょっと待て」と言って後を追いかける。ジャンとシルキアも後に続く。しばらく進んだところでエディは転んだらしい。追ってきた三人が止まって下を見ると、エディが転んだあたりから先は道に氷が張っている。だんだん上へ視線を移すと、悪夢の中のような光景だった。建物は凍り付き、尖塔の先まで真っ白な霜が降りている。道に溶けた氷から紫色の死体が出てくる。エディもロランも興奮していて気づかなかったが、ひどい寒さだ。ロランは白い息を吐きながら、エディを助け起こして叱る。
「急に走り出すな。氷、見たことないのか?」
エディは呆然とした様子で答える。
「ごめん。雪も氷も知ってるけど、こんなのは初めてだ」
ロランは「俺だってこんなのは初めてだよ」と弱った様子で呟く。シルキアがまわりをしげしげと眺めながら惜しそうに言う。
「ミラベルがいれば道の氷を溶かして死体も燃やせるのに」
ジャンも言う。
「私は熱い炎は出せないからな」
ロランは落胆して溜息をつく。このままではとても歩いて進めそうにない。だいたい気付いてみれば、王宮までの道順さえ誰も知らないのだ。道順は人に聞くとして、氷は溶けるまで待つしかないのだろうか? 困っていると、同じく氷の道の前で立ち往生していたらしい立派な馬車の上から、若い男の声がかかる。
「もし、そちらの戦士殿。車の上から突然お声がけする非礼をお許し願います。貴方は先ほど街の門の前で『ルパニクルスよりデイレン王国国王陛下への書状を持って参った』とおっしゃった方ではありませんか? それは真実の話でしょうか?」
ロランが見あげると、馬車の窓から顔を出しているのは黒い髪を後ろでまとめた不思議な雰囲気の青年だった。ロランが胡散臭げに「そうだったら何だって言うんだ」と返すと、青年は馬車の中の者たちに断りを入れてから、扉を開けてこちらへ降りてきてきちんと礼をして言う。
「失礼いたしました。私はガラドニック伯爵家にお仕えする魔導師のベルナルドでございます。お困りのご様子とお見受けしましたが、よろしければお手伝いいたしましょうか」
お抱え魔導師というわけらしい。ベルナルドはジャンやシルキアが着ているのと似たような黒いローブを着ている。ロランは氷の手前で止まっている馬車を見、ベルナルドにこう返す。
「お困りなのはおたくの馬車も同じように見えるが、どうなんだ?」
ベルナルドは微笑んで答える。
「こちらの馬車なら問題ございません。ほら!」
言いながらベルナルドが馬車の車輪に人差し指を向けると、四つの車輪が淡く輝きだす。ベルナルドはぱちんと指を鳴らして御者に合図を出し、輝く車輪の馬車は氷などまったく意に介さない様子で走り出し角へ消えてゆく。車輪が通る前に氷が溶けてゆくようなのだ。ロランは口笛を吹いて言う。
「優秀なんだな。うちの魔導師どもは役立たずで困っていたんだ」
あまりな言いようにエディはひやりとする。ジャンはなんでもなさそうにこう言う。
「街がなくなるまで待っていれば、こんな面倒は起こらなかったかもしれないな」
シルキアもいつもの調子で何気なく言う。
「竜も眠らなくて済んで、好きなところに遊びに行けたと思う」
ベルナルドはそんなやりとりを見ていて、意味深な発言を訝しむ様子も見せず、礼をして慇懃に述べる。
「お褒めにあずかり光栄でございます。色々とご事情がおありのようですね。王宮へおいでになりたいのであれば、私がご案内いたしましょう」
ロランは不信感を露わにして尋ねる。
「ガラドニック伯爵家とやらのお抱えがなぜ、よそ者の手助けをする? 目的は何だ。先に教えろ」
助けが必要そうな者なら、まわりにいくらでもいるのだ。わざわざ自分に声をかけてきたのは、何か魂胆があるに違いないと踏んでの質問だ。ベルナルドは、ちょっと困ったなという表情をして答える。
「実は当家にも色々と事情がございまして。当家の主人は代々、【崩壊期】や【探索】については存じ上げております。過日、リノリアご出身の奥方様が行方不明になられ、主人は心労の極みです。それがどうも【崩壊期】と関わりのありそうな失踪のされ方でして。先ほどは私、たまたま門の近くにおりましたため、『ルパニクルス』と聞いてついお声がけしてしまった次第でございます」
嘘ではなさそうだがますます怪しげな話だと思いながら、ロランは状況を計算して言う。
「込み入った話だな。そのいなくなった奥方様をどうにかする手がかりをくれと言うのなら、後で話を聞いてやってもいいが、こちらにはもう一つ頼みたいことがある。伯爵様なら王宮でもいくらか口利きできるだろう?」
問われてベルナルドは警戒する様子で尋ねる。
「主人に何をお望みでしょうか」
ロランは答えず、唐突な質問を返す。
「俺たちが本当にルパニクルスの使節かどうか、確認する方法をあんたたちは持っているのか?」
ベルナルドはロランが持っている巻かれた書状を指して淀みなく答える。
「私には、そちらの書状に押された封印が分かります。どちらかで簒奪されたものでなければ、それは公式な使節の持ち物のはずです。使節は左の人差し指に金の指輪を嵌めた五名のはずですが、お見受けしたところ一名足りていないご様子。先を急がれる理由に何か関わりがあるのでは?」
ロランは振り返って、そこで暇そうにシルキアと一緒にあたりを見物しているジャンに聞く。
「おい、ジャン。封印っていうのはあんたにも分かるもんか?」
ジャンは何だ今更と言う表情で「ああルパニクルスの封印があるな」と答える。ロランは相変わらず警戒は解かないものの、少し態度を和らげてベルナルドに言う。
「そこにいるうちの魔導師二人は、ちょいと変わったご事情があって一人分の勘定なんで、今足りないのは二人だ。やつらはここの兵隊に捕まって連れて行かれたんで、なるべくなら事を荒立てずに取り戻したい。なんとかできそうか?」
ベルナルドはご事情については追求せず、少し考えてから、声を落としてこう尋ね返す。
「それはもしや、先ほど街の外で騎兵隊に捕らえられたという、話題の女囚たちのお話でしょうか?」
ロランが否定せずにいると、ベルナルドはこう続ける。
「その件でガラドニック伯は召し出しを受け、たった今、先ほどの馬車で交渉に向かいました。しかし、正直な話、それだけでは心許ないのです。私と共にに王宮へいらしていただけませんか」
ロランは確認して問う。
「開放する方向の交渉なのか?」
ベルナルドは「もちろんです」と肯定し、こう付け加える。
「サンドラ・ディスベル様は、奥方様のご友人です」




