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Le Château du Mirage  作者: Cecile.J
開幕
17/44

VIII. L'Instruction

「あの首がちょん切れた死体と青い火の玉は結局何だったのよ? 【影】の血の色が赤じゃなくてよかったわ。真っ黒だって気持ち悪いけど、ほんと、剣って野蛮! 魔法が使えないって大変よね。ああでもあの、目玉のやつはあたしでも嫌かも。すごく気持ち悪いし、やたら早かったもの」

 ロランとエディが課題を終えて遠視窓が青一色に戻ると、ミラベルが色々な感想を一度に述べる。するとサンドラがふと「【影】の血の色も赤色だったこともあったわよ」と言う。ミラベルがどきっとして「それじゃほんとの生き物と見分けがつかないじゃない」と言うと、サンドラは「なんとなく分かるわよ」と言ってまた何かを思い出す顔に戻る。ジャンは独り言かどうか曖昧な調子で「【影】というやつは死体よりも不気味だな」と呟く。シルキアはどちらも甲乙つけがたいと言いたげな顔をする。ミラベルは、地下神殿の腐った蛇女と地下牢の俊敏な目玉包丁を思い出して比べ、どちらがましというよりは、自分たちの課題でそんな悍ましいものが出なくてよかったと思う。思ってから、いや、ドラにとってはある意味化け物よりきつい相手だったのよねと静かに反省する。本番の任務がだんだん心配になってきたところで、エリクに連れられたロランとエディが戻ってきた。ミラベルは二人に声を掛ける。

「地味な戦いだったわりに大変そうだったわよね。なんか、エディが足を引っ張ってなかった?」

 そんなことはないとは言えず居心地が悪そうなエディの代わりに、ロランが答える。

「意外とそうでもなかったぞ。目玉お化けはこいつが倒したからな。音を立てたのはそれでちゃらだ」

 そう言ってエディを小突く。エディは「いや、ごめん」と謝りつつ、そう言ってもらえて素直にありがたいと思う。エリクがみんなを座らせてから、一人気軽な調子で話し始める。

「みなさん、お疲れさまでした。それぞれの課題はいかがでしたか? せっかくですから、一言ずつ総括をしていただきましょう。ではサンドラさんから。今回のデモンストレーションはいかがでしたか?」

 気の重いサンドラはそう振られて仕方なくおざなりに答える。

「いいんじゃない? 誰に何ができそうかなんとなく把握できたみたいだし」

 エリクは深く頷いて、「それがこの課題の目的でしたから」とのたまう。それから「ミラベルさんはいかがでしたか?」と聞くので、ミラベルも考えて答える。

「そうね、あたし含め、みんな色んなことができたりできなかったりするんだなと思ったわ。先が思いやられるし、色んな疑問が残ったり趣味の悪いのが増えたりしたけれど、なんかもういいわ。今日は疲れちゃった」

 エリクは「そうですか。今夜はゆっくりお休みになってください」と答え、ジャンとシルキアに話を振る。

「地下神殿の攻略は簡単すぎましたか? そうでもなさそうでしたよね。感想をお聞きしたいです」

 ジャンもおざなりな調子で答える。

「何か役に立てたなら結構だ。あそこにはもう潜りたくない」

 シルキアは疲れた様子で「わたしも同じ」と一言だけ答える。他の四人にはこの組は余裕で課題をこなしたように見えていたので、四人とも少し意外に思う。エリクはロランとエディにも聞く。

「地下牢で【影】と戦われてみて、いかがでしたか?」

 ロランは質問で返す。

「あの地獄の獄卒みたいな、お仕着せの連中は何だったんだ? ガキの死体も寝覚めが悪い。なんか説明しろ」

 エリクは明るい調子を崩さずに答える。

「すべて【影】です。悪夢のようなものです。鬼火とおっしゃったものだけは別ですが、あれはロランさんのおっしゃる通り、どこにでもいるものですからね。何かご心配いただくようなことは、一つもありません。お二人の課題はあれで完遂です。ご安心ください」

 教える気もないらしいと悟り、ロランは面倒くさくなって返す。

「ああそうかよ分かったよ。【影】と戦ってどうかって言うんなら、いつもの仕事と同じだな。変わり映えのなさに一安心だ」

 嫌味は効かないらしく、エリクは笑顔で「ご安心いただけてよかったです」と答える。エディはとても調子が狂うなあと思いながら、一応感想を述べる。

「戦うのって、なんか、大変だな。考えてたら間に合わないし、考えてないと馬鹿やって詰みそうだし。迷惑かけて情けなくなったよ。ポテンシャルしかないんだし、もうちょっとなんとかしたいと思った」

 エリクは標準的な表情で「そうですか。ぜひ頑張ってくださいね」と励ます。ロランは何か考えていて何も言わない。全員が発言し終わったところで、エリクは「解散する前に、私から大切なお話をします」と言って皆に注目させ、今後の話を始める。

「大切なお話と言うのは、最初の任務のお話です。次に時計の短い針が所定の位置を指した暁には、いよいよみなさんに、最初の任地へ出発していただきます。こちらは私でも覆すことができない決定なのですが、ルパニクルス中枢機構による厳正な選定の結果、最初の任地はデイレン王国と決まりました」

 デイレン王国と聞き、半ば塞ぎ込んでいたサンドラが少し眉を動かす。エリクが何か気付いたのか言う。

「サンドラさんはご存じの場所ですね?」

 サンドラはまさかという調子で聞き返す。

「じゃあ、本当にあのデイレンなの? リノリアへ仕掛けてきたことがあるデイレン? リノリアがああなる前? 後?」

 エリクはごめんなさいと一言断ってから答える。

「残念ながら後の時代、いえ、ちょうどサンドラさんがご覧になった廃墟の時代です。今回訪問するデイレン王宮は、リノリア王国王都の跡地からは、かなりの距離もあります。寄り道することはできますが、あまり意味のある行いにはならないかと予想されます。リノリア王国の巻き戻しは、今回の任務では想定されていません。中枢機構の計画ですので、おそらく、今回の任務で先にデイレンを訪れることは、サンドラさんの目的にとっても意味のあることと計算されているはずです。永遠の計画ですから、いつまでと断定することはできないのですが、もうしばらくお待ちください」

 サンドラは、「そう。そんなことだと思ったわ。分かっているから大丈夫」と言うと、物思いに戻ってゆく。デイレンには、変わった巡り合わせで貴族の家へ嫁いだ友人がいた。彼女はどうなっただろうかとサンドラは思う。場の空気が少し重たくなったところで、ロランがエリクに質問をする。

「それで、そのデイレン王国で何をすれば、【守護者】を活動化することになるんだ?」

 エリクは答える。

「はい、都市への門の少し手前にある静かな丘に、外からは決して見つからないよう隠された領域があり、そこに転送の門があります。そこへ出たらすぐに城下町へ入り、デイレンの王宮へ向かっていただきます。王宮に【守護者】の祭壇がありますので、そこで活動化の手続きをしていただきます。デイレン王宮の祭壇はいきなりですが変わっていまして、【守護者】は意思のあるものの形をしてそこに封じられています。ジャンさんなら起こしてあげられますね?」

 ジャンは少し考えて「善処しよう」とだけ短く答える。エリクは「お願いします」と頷く。ロランがまた別の質問をする。

「いきなり王宮なんかに行って、追い返されるんじゃねえのか?」

 ロランは自分を含む六名を見回す。デイレンがどんな場所かは知らないが、この面子ではどの国を訪れても怪しいよそ者たちになりそうだとロランは思う。他の五名は意味がよく分かっていなさそうな様子なので、ロランは少し自信がなくなり、もしかして、これから行くのはこれで大丈夫な世界なのだろうかと考えていると、エリクがまともな回答をくれた。

「はい、そうならないために、使者の証として特別な書状を三種類、持って行っていただきます。そのうちの羊皮紙でできた一枚を、門衛に渡してください。必ず、適切な手続きが取られるよう細工が施されています」

 今度はエディが「残りの二種類は?」と聞くと、エリクは「デイレン王宮から移動した先の、別の土地でそれぞれ用立てていただきます」と答える。それを聞いてミラベルが尋ねる。

「デイレンからすぐここに戻ってくるわけじゃないのね?」

 エリクは、はいと肯定して答える。

「先ほどの書状で王に話が通じるようにできていますので、王宮にある別の門を通って、森の中の神殿へ向かっていただきます。その神殿にまた別の門がありますので、その門を通った先が帝都サンブリアです」

 帝都サンブリア。今度はこの場の誰にも聞き覚えのない土地の名前だ。エリクは続けて話す。

「帝都では二か所の【守護者】を活動化していただきますが、ルパニクルスでも正確には予測できない不確定要素があるため、そこでの指示は追って送信します。みなさんは帝都に着いたら、《最高顧問》と呼ばれる魔導師に、一枚の書状が入った記録媒体を渡してください。それで話が通じるはずです」

 書状の数を数えていたサンドラが「残り一枚の書状の使い道は、その追って送られてくるという指示次第ということね」と言うと、エリクは「はい、その通りです」と肯定して頷く。一同が、結構長くこの城を離れることになりそうだなと考えていると、説明係の女が部屋に入ってくる。彼女は蓋つきの小箱を一つ抱えていて、そこからさらに小さい小箱、宝石入れか薬入れくらいの大きさの直方体を取り出すと、それを一人一つずつ配りながら説明する。

「こちら、《圧縮》と《展開》ができる旅行鞄でございます。今は空のまま《圧縮》された状態ですので、お部屋にお戻りになってから、各自で《展開》を試してみてくださいませ。中身が空であれば、ここの部分を押し込むだけで《展開》ができます。《展開》するとこのくらいの大きさになりますので、まわりにお気を付けくださいませ」

 女は『このくらいの』と言ったところで両手を広げ大きさを示す。ミラベルは、あたしが持ってきた旅行鞄の一つと同じくらいねと思う。女はさらに説明を続ける。

「中にものを入れてから今度は《圧縮》を行いますが、《圧縮》の手順には注意点がございます。旅行鞄を閉じてその上に両手を置き、中のものをすべて頭に思い浮かべてください。思い浮かべたものが一つでも間違っていると《圧縮》ができません。鞄の中身とすべて一致していれば、数秒で《圧縮》がされます。中に物が入った状態で《展開》するときにも、中のものをすべて思い浮かべながらここを押し込む必要があります。中に何を入れたかは、記録用紙などに残しておくことをお勧めいたします。記録用紙は軽くて扱いやすいものを必要なだけ支給いたします。筆記具と合わせてお部屋の書き物机の引き出しの中に入れてありますので、必要なだけご利用ください。お問い合わせの際は、使用人に『説明係を』とお申し付けいただければ、私が参ります」

 それだけ言うと、説明係の女は慌ただしい様子で部屋を出て行く。《圧縮》も《展開》もずいぶん難しそうな手順だなと一同は思う。《展開》できなくなったらどうするのだろうか? 誰にも開けられなくなってしまうのではないだろうか? 皆の戸惑いをよそに、エリクは爽やかにこの場を締めようとする。

「それではみなさん、本日は本当にお疲れさまでした。それではまた、短い針が同じ場所に来たときに、この場所にまたお集まりください。その日が出発の日となります。ごきげんよう!」

 皆、急に疲れて何も言えないまま、エリクはお辞儀をしてさっさと去って行く。遠視装置の青い光を落とした説明係の男も、エリクに従って一礼して出て行く。後はそれぞれが思い思いに散会し、この場はお開きとなった。

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