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Le Château du Mirage  作者: Cecile.J
開幕
15/44

VII-ii. Les Morts-vivants

「ねえさん、さてはぶち切れたな」

 窓に映しだされた課題の光景を見守りながら、サンドラの無茶のくだりでロランが呟く。二人が闘技場に降りてきて、映像が消えるとエディも言う。

「もしかして本当に知り合いの【影】だったのかな。だったら、ちょっとやりきれないよな」

 ジャンは誰にともなく前を向いたまま言う。

「そういう悪趣味なことをいかにもやりそうなのがルパニクルスだ」

 係の男は俯いて何も言わない。シルキアは次の自分たちの課題を心配している。エディがシルキアに聞く。

「防御に特化した魔法使いってシルキアのことか?」

 シルキアは自信なさそうに「たぶんそう」と答える。ロランがエディに言う。

「おまえは自分の順番のことを心配しろよ。足手まといになったら助けてやらねえぞ」

 エディは後頭部を掻きながら「分かってるよ」と答える。彼は、心配なら今日までの間にもうしおわったつもりでいた。そうこうする間に、サンドラとミラベルがエリクに連れられて戻ってくる。サンドラは黙って椅子に座る。ミラベルはみんなに向かって言う。

「私たちの課題どうだった? なんかもう、大成功! って感じ? さあ、すっきりしたから、これからはみんなの戦いぶりを観賞させていただくわ。楽しみ。みんな頑張ってね!」

 エディが言う。

「いいよな早く終わったやつは。おれら最後だもんな。最後まで気が抜けねえよ」

 するとロランが返す。

「おまえは思い切り気を抜いて夢中で観戦してただろうが」

 そしてロランは、エリクに促されて立ち上がったジャンに向かって言う。

「あんたらがどう戦うのか、俺は楽しみにしている。期待を裏切るなよ」

 ジャンは長い棒の先で地面をこんこんと叩きながら、気のない様子で返す。

「よい意味で捉えておこう」

 エリクがジャンとシルキアを連れて出てゆくと、係の男は立ち上がって中央の球体に近づき、両腕を翳してこう言う。

「ルパニクルス地下神殿入り口」

 すると、青一色に戻っていた円筒形の窓が、黒一色になる。男は解説して言う。

「光の差し込まない地下空間なので、今は真っ暗で何も映りません。真っ暗闇の中で課題にどう対処するかも、今回の課題の見所です。戦闘領域はこの地下神殿の全域で、課題の内容は中央の祭壇にある【死者の鏡】を回収してきていただくことです。閉鎖された地下神殿の中には、大昔に配置された警備用のアンデッドが制御不能のまま大量に放置されており、死霊化した地下生物の類もいるため、ルパニクルスでも鏡の回収には手を焼いておりました。今回はデモンストレーション用に用意された課題ではなく、実際の任務の一部です。大きな危険が予想されますが、お二人ならば問題ないだろうとの判断でお任せすることになりました」

 ロランが言う。

「そんなところ絶対に潜りたくないな」

 エディも同感だと思う。アンデッドなんて、絶対に嫌だ。



 ジャンとシルキアは、エリクの後に従いルパニクルスへの門のある部屋に辿り着いた。エリクが二人に言う。

「お二人はどれか一つの円にご一緒に入ってください。一人分の枠で転送できるはずです」

 二人は頷いて一つの円に並んで立つ。エリクも隣の円の内側に入り、「転送開始します」と二人に声を掛ける。視界が眩しくなり、ルパニクルスのさらに眩しい大広間に着く。その眩しさにジャンは閉口する。シルキアは、ジャンの衣の裾で顔を覆い、少しずつ開けてみる。エリクは二人の様子を見て言う。

「光度の調節が合わないようで、申し訳ございません。改善事項として上申しておきます」

 ジャンは素っ気なく言う。

「是非そうしてくれ。地下神殿とやらはどこだ」

 エリクはこちらですと言って歩き始める。階段を下りかなり先へ進んだところに、その扉はあった。細かな彫刻の入った両開きの大理石の扉を示し、エリクは言う。

「地下神殿の入り口の扉は、二重構造になっています。使役されているアンデッドを逃がさないための仕掛けだったそうです。こちらの扉を開けて中に入っていただき、こちらから扉を閉めます。廊下の先にもう一枚同じ扉があるはずですので、そちらを開けて先へ進んでください。こちらから扉を閉めると中は真っ暗になりますから、どうかお気をつけて」

 祭壇の位置もなにも伝えないだからかなり不親切なのだが、ジャンは何か質問するでもなく、シルキアを連れて扉を開け、中へ入ってゆく。二人が中へ入ると、エリクが扉を閉める。中は真っ暗になった。ジャンがシルキアに「防御壁を張れ」と言うと、二人はおぼろに輝く月光の半球に包まれる。防御壁は輝いているので、あたりの濃い暗闇も照らされる。シルキアはジャンの左後ろで彼の服の裾を掴み、左手を翳して防御壁を維持する。ジャンは右手に長い棒を持ち、左手でシルキアの腰を抱いて先へ進んでゆく。突き当りの扉を開ける前に、ジャンはシルキアに言う。

「防御壁を維持することだけを考えなさい。向かってくる相手は気にしなくていい。ただ壁を維持したまま、私に従いなさい」

 シルキアが頷くと、ジャンは長い棒を両手で持ち替え、左手で扉を開けた。広い空間が開け、ジャンは後ろ手に扉を閉める。天井からこちら側に突っ込んでくる小さな影がいくつかあり、みんな防御壁に弾き飛ばされる。おぼろな見かけとは裏腹に、かなり強力な壁のようだ。かたかたと乾いた音や、金属の鎧で歩き回るような音があちこちから聞こえる。古い鎧を着て槍を持った死せる兵士がこちらへ襲い掛かってくる。ジャンはその白骨化した死体を棒の先でしこたま殴りつけ、薙いで遠くへ吹っ飛ばす。次々に襲ってくる似たような相手を、同じように力業で殴り倒しながら、ジャンにはあてがあるのか、どんどん奥へと進んでゆく。遠くで観戦しているミラベルは軽く衝撃を受ける。なんで魔法を使わないのか。あんなに、そばにいるだけで圧されるくらい魔力に満ちているのにと。

 そうして奥へ進んでゆくと、いくつもの怪しげな部屋を通り過ぎ、細い廊下を渡った先に、小さな扉があった。ここが祭壇の間の裏口だと、ジャンは言う。彼は続けてこう言う。

「この先にかつての【祭神】がいる。贄を久しく得られず苛立っているはずだ。まともな姿を保っているかも怪しい。何を見ても驚くな。すぐに片付けよう」

 そして扉を開けて中へ入り、素早く後ろ手に閉める。そこは天井の高い広い空間で、左側に大きな祭壇があり、その前には異様な怪物がいた。巨大な、頭の三つある青白い女だ。その身体は腐りかけていてぶよぶよとし、今にも崩れて中の身を晒しそうだ。女の腰から下には、見たこともないほど巨大な蛇の長い身体が続き、

手には大きな三つ又の鉾を持っている。彼女は祭壇の前の空間をぐるぐると回り続けていて、中に入ってきたものがいることに気づき、動くのをやめてこちらを見る。三つの頭のすべてが、ぞっとするような笑みを満面に浮かべる。右端の目隠しをした女の首が、笑った顔のまま何か言う。ジャンとシルキアには、「贄の娘が来た」と聞こえた。次は濁った灰色の目をした左端の女の首が笑顔のまま何か言う。これは「神官が娘を連れてきた」と聞こえた。最後に女は三つ又の鉾の石突をこんこんと床に二度打ちつけ、前に構えて、真ん中の一番大きな顔で笑いながら言う。「早く持ってこい」だ。真ん中の顔は瞼を閉じている。ジャンはシルキアを連れて女の前へ進み出る。シルキアは、自分は捧げられるのかもしれないと思うが、防護壁は切らさない。ジャンは女の真ん中の顔を見あげて言う。

「レイミアよ。覚えてはいないのか」

 すると三つの首が一斉に首をかしげる。三つ又の鉾で今にも突こうとするふりをして、真ん中の顔が言う。

「娘をよこせ」

 他の顔も口々に言う。

「早くよこせ」

「早くしろ」

 ジャンはレイミアをじっと見ている。レイミアが焦れて鉾で床をつく。床には傷一つつかないが、大きな音が響きシルキアはびくっとする。彼女は防護壁を切らさない。ジャンはレイミアから視線を外さない。そしてそのまま何も起こらないかのように見えた。だがシルキアには少しずつ見えてきた。闇が下り、レイミアの身体に少しずつ纏わりつく。蛇の尾に、鉾を持った両腕に、腐りかけた肩に、腹に、もやのような闇がまとわりつき、徐々に濃く暗くなってゆく。レイミアはとうとう三つの顔を憤怒の形相に変え暴れだそうとする。しかし、怪物は鉾を床に大きな音を立てて取り落とした。腕が思うように動かないらしい。身体に纏わりつく闇は更に濃くなり、全身が黒い影に覆われる。レイミアはついに動かなくなった腕をだらんと下げる。レイミアは、急速に自由の利かなくなる身体をぐらぐらと左右に揺らしながら、三つの頭で口々に罵った。右側の頭が言う。

「口惜しや」

 一番左の頭が言う。

「許されぬ仇の末裔よ」

 真ん中の大きな頭が言う。

「我の目を封ぜしは誰か」

 レイミアは揺れて床に倒れる。影が降り積もりその巨大な姿を隠す。レイミアの姿は見えなくなる。ジャンは、ふっと気を緩めてシルキアに話しかける。

「私を疑っただろう。おまえを蛇の餌になどするものか」

 シルキアは俯いて少し照れ笑いをする。二人は祭壇の前へ進み出た。祭壇の奥に霊妙な気配を感じる。ジャンは少し考えて、祭壇に向かって右手を翳す。何かが覆われる気配がして、霊妙な気配が薄くなる。ジャンはシルキアに言う。

「シルキア、持ってこられるか?」

 シルキアはうんと頷いて、掌を上に、右手を前に出す。左手は防護壁を張ったままだ。前に出した右腕を上下に少し振りながら、俯いて難しい顔をしていると、右手に何か冷たくて重たい丸いものが乗るのを感じる。見ると手の上に丸い鏡があった。鏡面は黒く塗りつぶされているが、きっとこれが目的の鏡だと思う。鏡はそのままシルキアが持ち、二人は祭壇を後にする。ジャンが言う。

「またあの道を通るのは面倒だな」

 シルキアもうんと頷くが、他に道がないこともジャンは知っている。仕方なく入ってきた扉を開け、来た道を引き返す。同じように敵に襲われ、ジャンが棒で殴り飛ばす。シルキアは防護壁を維持することに集中する。細い廊下を渡り、いくつもの怪しげな部屋を通り過ぎると、はじめの廊下へ続く扉が現れる。周囲の敵をみな薙いで遠ざけてから、ジャンが扉を開け二人で中へ入る。ジャンは急いで扉を後ろ手に閉める。静けさが戻った。最初の扉まで歩く間に、シルキアが言う。

「王様、格好よかった」

 ジャンは返す。

「王妃の前だからな」

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