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Le Château du Mirage  作者: Cecile.J
開幕
14/44

VII-i. Trois Vouivres

 サンドラとミラベルがエリクに連れられてきた場所は、先ほどの広間からさほど遠くない、やはり地下にある一室だった。その部屋には、奥の壁沿いの床に奇妙な丸い模様が五つ描かれ、ミラベルにはそのそれぞれが小さな魔法円のように見えた。エリクはサンドラとミラベルに、それぞれその円のどれか一つを選んで、一人ずつその上に立つように指示する。転送の魔法だわとミラベルは思う。二人が隣り合った円の上に立つと、円が白く輝きだす。エリクは自分も一つの円の上に立つと、「行きますよ」と二人に声を掛ける。視界が一瞬白くなったかと思うと、三人は先ほどとは別の大きな広間、壁も床も白い大理石でできて、頭上からまるで太陽の光のような不思議な光が降り注ぐ大広間にいた。薄暗いところから眩しいところに来て目を瞬かせているサンドラとミラベルに、エリクは改めて言う。

「ようこそ、ルパニクルスの王宮に。宮殿内にはこういった門が数多くありますので戸惑われるかもしれませんが、目的地までしっかりご案内しますのでご安心ください。お二人の課題が行われる場所は、『第六の闘技場』です。闘技場の範囲内だけでなく、周囲の草原も含めた広大な戦闘領域ですから、炎でも雷でも思い切り戦っていただけますよ。それでは闘技場へ向かう門までご案内いたします」

 エリクの白地に金糸の縁取りの衣装は、この場所にとてもよく馴染んでいる。ミラベルは自分が急に田舎出の野暮な娘になったような気がし、課題への緊張感も相まって落ち着かない。実際に田舎出身ではあったのだが。サンドラは、何を考えているのか分からない。あたりを見回すこともせず、落ち着いて前を向き歩いている。最初の大広間と同じくすべてが大理石でできた廊下をしばらく歩き、エリクは途中の小部屋に入る。扉は付いていないのだが、エリクは入る前に一度、普通なら扉があるはずの何もないところに片手をかざす。すると「認証しました」という声がどこからか聞こてくる。エリクは小部屋の中に入る。小部屋の床には、先ほどよりも大きな円、十人くらいが入ってもゆとりがありそうな円が描かれている。エリクはその円を指して二人に言う。

「こちらの円の上に立ってください。この門の先は、すぐに闘技場の戦闘領域です。転送されてすぐに課題が始まりますので、準備を整えて上がってください」

 ミラベルは箒と杖をもう一度確認し、グレイヴを出して円の上に立ったサンドラと背中合わせに立つ。エリクが「それでは行ってらっしゃいませ!」と言うと、ぱっと視界が白くなり、気が付くと円形闘技場の砂地の真ん中にいた。頭上を旋回する三頭の不気味な飛竜が二人に気づき、突っ込んでくると同時に氷の雨と赤い稲光、黒い炎が二人のいた砂地を襲う。それよりも早く二人は飛び立ち、サンドラは三頭の頭上のさらに高い空へ、ミラベルは闘技場の外の草原すれすれに、それぞれすごい勢いで飛んで行く。サンドラからミラベルに通信が入る。

「ミラ、氷の竜は前方だけじゃなく下へ攻撃してくるから気をつけて。炎の竜が吐く黒煙は吸い込んではだめ。雷はガリーナと一緒。帯電に気をつけて。まず氷の竜から落とす。ガラス玉を落とすタイミングで通信するからそれまで凌いで。以上」

 冷静な支持を聞いてミラベルは心強い。追ってきた炎の竜と会敵しないよう速度を保って旋回しながら、サンドラの方へ行った氷と雷の竜と、サンドラの動向を窺う。ミラベルは絶対に接近戦には持ち込むなとサンドラから言われていた。気を引きながら引き離し、下を狙って降ってくる竜がいれば火炎放射で壁を張り、サンドラのいる高空へ追い返すのだ。サンドラは上後方から一直線に氷の竜の喉元へと降ってゆく。氷の竜も旋回して反撃しようとするが、サンドラの方が圧倒的に早い。ミラベルは炎の竜を引き離しつつ、そちらの下方へ向かってゆく。氷の雨の射程に入り刃が飛んで来そうになると、火炎放射で焼き払い旋回する。サンドラから通信が来る。

「氷の竜の玉を落とす。拾って! 以上」

 ミラベルが速度を落とさず旋回しながら上空を見ると、まさにサンドラが氷の竜の首に巻かれたガラス玉の紐をグレイヴの刃先で切ったところで、小さな青い球が、氷の雨に紛れて落ちる。サンドラは氷の雨が回収係のミラベルに降り注がないよう離れたところに氷竜を誘導し、雷竜もうまくあしらいながら遠くの空へ消えてゆく。ミラベルは旋回を続けて炎の竜の黒煙から逃げ回りつつ、黒煙の間の氷の雨の中の小さなガラス玉をよく見極めて、重力魔法を打つ。当たらない。もう一度打つ。玉の落下する速度が緩くなる。炎の竜の動きを見計らいながら、玉の方へ一直線に飛ぶ。落ちてゆく氷の雨に向かい緩く火球を打ってから杖を腰に差す。溶ける雨の上方に柔らかく落ちようとするガラス玉に右手を伸ばし、掴む。サンドラに言われていた通りけっして止まらずにそのまま駆け抜け、炎の竜の右後ろに着きながら「玉を取ったわ! 以上」と通信する。すると、サンドラからは「氷の竜を叩き落とした。次はミラに付きまとってる炎。以上」と返ってくる。氷の竜は、サンドラの飛竜の全開の雷撃を受け、ばちばちと輝きながら硬直して草原へ落ちた。これだけでは【影】とはいえ飛竜を消滅させることはできないのだが、無理に時間をかけて倒さず、玉を取った後は行動不能にさせられればいいというのが、二人の練った作戦だった。と、炎の竜が宙返りをして後ろに着いたミラベルに黒い炎を吐く。ミラベルは間一髪避け、立ち込める黒煙と炎の竜の身体から遠ざかる。黒煙は少ししか吸い込んでいないのに、肺から震えて背中側へ嫌な刺激が抜ける。まともに吸ったら息ができなくなるんじゃないかとミラベルは思う。炎の竜のところへはサンドラが突っ込んできて軽い雷撃を放ち、炎の竜を帯電させる。炎の竜の動きが鈍る。ミラベルは更に遠くへ飛ぶ。サンドラも一度遠ざかる。動きの鈍った炎の竜を上へ誘導し、高いところで首の紐を切るつもりだ。サンドラからミラベルへ通信が来る。

「ガラス玉の落下に気をつけながら雷の竜を見ておいて。帯電に気をつけて。以上」

 ミナベルは目の端に赤い稲光を見る。雷の竜が突っ込んでくる。ミラベルは一か八かスピンして方向転換し、突っ込んでくる雷の竜の腹の下へと降下する。ばちんという衝撃を全身に感じるが、サンドラのガリーナの帯電よりだいぶ緩いとミラベルは思う。油断せずに速度を上げ、雷の竜の上左後方にどうにか着く。サンドラから通信が来る。

「炎の竜の玉を落とす。拾って!」

 ミラベルは雷の竜からも横目を離さないまま、サンドラがいる炎の竜の喉元の下方へと全速力で突っ込む。ガラス玉が落ちてくるのが見える。杖を出し重力魔法を全開で打つ。すると、玉の落下は止まった。命中だ。ミラベルは「よし!」と呟いて、玉を回収にかかる。杖を右手に持ったまま逆手にして箒の柄に伏せてしがみつき、左手を伸ばして、掴んだ。赤い雷が近づく気配。箒のしっぽの焦げるにおいと大気の弾ける刺激の振動。ミラベルは上へ回転して逃げる。苦し紛れに火球を一発。もう一発。雷の竜が怯み速度が落ちる。ミラベルはサンドラに通信する。

「炎の竜の玉を取った! 以上」

 サンドラからもこう返ってくる。

「炎の竜を落とした。雷だけはぶち殺す。以上」

 抑えた低い声にミラベルはぞくっとする。無理に倒さなくていいのではなかったのだろうか。聞いたことのない声の調子だった。ドラはどうしたのだろう。黒い雷の竜の方に、サンドラの黄金の雷竜が突っ込んでくる。そして、挑発するように軽い雷撃を鼻先に打つ。黒竜は挑発に乗り、速度を上げて高空へ遠ざかるサンドラを、勢いをつけて追いかけてゆく。赤い稲光が後に残る。金と黒の竜はミラベルの行けない高空で対峙する。すれ違う、とサンドラは信じられないことをする。乗っている金の竜の背を思い切り蹴り、黒い竜の背に乗り移ってその首に取りついたのだ。黒竜の身体を覆う赤い光がサンドラも覆う。不快さにサンドラの肌が粟立つ。これは雷霆ではない。サンドラはミラベルに通信する。

「雷の竜の首の玉を落とす。拾ったらすぐに離れて! 以上」

 ミラベルは黒い竜の下に旋回しながら待機する。玉が落ちると同時にミラベルは重力魔法を打つ。黒竜は飛び続け遠ざかってゆく。サンドラは、取りついていた黒い竜の首の後ろに、渾身の力を込めてグレイヴの先を突き立てた。竜は断末魔の叫びをあげて硬直し、ひどく暴れだす。きりもみして落ちる。サンドラは突き立てたグレイヴの柄につかまり、ぐいと力をこめたまま、回る竜の背を思い切り蹴る。グレイヴが抜け、サンドラは空中に投げ出され、大空に真っ黒な血が迸る。玉を拾ったミラベルは心臓が止まりそうになる。叫んで「ドラ!」と通信する。グレイヴを抱え頭と背中から落ちてゆくサンドラを、金色の雷竜の背中が拾う。サンドラは転がって竜の右の翼に引っかかりながらも、なんとか背中の上で体制を立て直す。それでもミラベルへの通信はない。金色の竜と、魔女の箒は、同時に闘技場の砂地に降り立った。アンドロイドのエリクが近づいてきて言う。

「お疲れさまでした。ミラベルさん、ガラス玉をこちらに」

 ミラベルが鞄から玉を三つ出して渡すと、エリクは「確かに確認しました。お二人は完璧に課題をこなされましたね。おめでとうございます。みなさんのいるお部屋へ戻りましょう」と言って歩き出す。ミラベルは黒い血の滴るグレイヴと興奮冷めやらぬ飛竜を片付けて歩き出したサンドラに話しかける。

「ドラ、どうしたの? 倒さなくていいって言ってたのにあんな危ないことして、空の上で何かあったの?」

 サンドラはしばらく悲しい表情で沈黙し、ようやく答える。

「あまりに粗雑な複製だから、腹が立って壊した。グリンダはあんなに弱いはずないし、雷霆にあんな弱い飛竜遣いはいない」

 ミラベルは何も言えない。グリンダと言いうのが飛竜の名前なのか、その騎手の名前なのかは分からないが、とにかくそれは、故国の雷霆部隊での大切な戦友だったのだろう。【影】の元となった相手を生々しく思い出し、やりきれない気持ちに違いない。エリクに連れられて闘技場の今後は建物の中の門を通り、ルパニクルスから城への門も通ってみんなのいる地下の広間へ戻る間も、二人は沈黙していた。

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