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Le Château du Mirage  作者: Cecile.J
開幕
11/44

V-v. Roland

 すけべそうなおじさんというミラベルの発言に、エディが吹き出して笑い始める。ツボに嵌ったらしい。エディは大笑いしながらロランに言う。

「『すけべそうなおじさん』だってよ。『すけべそうなおじさん』。女の子から! 『すけべなおじさん』じゃなくてよかったな」

 ロランは笑い続けるエディに一言「うるせえ!」と返すと、さっさと自分の話を始める。

「サンドラねえさんが覚えてくれている通り、俺の名前はロラン・セニエールだ。キーワードは【ダンピール】と【海賊の末裔】」

 【ダンピール】と聞いて【ヴァンパイア】のジャンが軽く眉を顰める。サンドラは名前を呼ぶんじゃなかったとか、『小汚い男』でもエディは笑うかしらとか、考えている。笑いの発作をどうにかおさめたエディが質問する。

「【ダンピール】って何だよ?」

 ロランは嫌々答える。

「ヴァンパイアと人間の混血だ。おまえの血なんかいらねえから安心しろ」

 エディはさらに突っ込む。

「父親か母親のどっちかが吸血鬼で、ロランはその子どもってことか? 純血とどのくらい違うんだ?」

 空気の読めないやつめと思いながらも、ロランは答える。

「俺の場合、父親がヴァンパイアで母親が人間だった。俺は人の血はいらない代わりに、不滅のヴァンパイアを殺すことができる。さらにヴァンパイアの居所を見つけ出すことができる。それが俺の【ダンピール】としての能力だ。仕事の役にしか立たない力だ」

 エディはまだ聞く。

「仕事って?」

 エディは謎めいたロランに色々と質問する機会を窺っていたのだ。ロランはしかたなく答える。

「狩りに決まってるだろ。ヴァンパイアを狩って依頼人から金をいただくんだ。まあ、それだけじゃ食えないから他の魔物の討伐も請け負ってたがな」

 シルキアが心配そうに聞く。

「狩るの?」

 ロランは面倒くさそうに答える。

「あんたのとこの旦那は狩らないから安心しろ。金にならん仕事はしない」

 するとジャンがさして深刻そうでもなく聞く。

「金を払う者がいれば狩るのか?」

 ロランは答える。

「【探索】の人員を減らしたら俺の生存率まで下がるから狩らねえ」

 ジャンはふっと笑って、「返り討ちにしようと思ったが残念だ」とロランにも本気かどうか計りかねることを言う。ロランは、もし本当に挑んだらたぶん返り討ちにされるだろうなと冷静に思う。ロランを内心応援しつつ、エディが聞く。

「じゃあ【海賊の末裔】っていうのは何なんだ? こないだ言ってたマラド・セニエールって、海賊だったのか?」

 ロランは今度は意気揚々と答える。

「おう。海賊と言ってもただの海賊じゃねえ。こないだ言われた通り英雄さ。国に見捨てられた港が敵国の海軍の手に落ちそうになったとき、颯爽と現れた俺のご先祖——義賊マラド・セニエールの船。港は救われ、敵国の艦隊を壊滅に追い込んだ功でようやく国に認められるんだが、義賊だからな。結局また元の稼業に戻っちまって、叙勲もおじゃんだ。まあそういうところが、かえって人気のあるとこかもな」

 エディが聞く。

「義賊って何するんだ?」

 ロランが答える。

「貧乏人の血を吸って肥え太る腹黒い金持ちの船を襲い略奪して出た儲けを、もっとみんなが楽しめることに使うのさ」

 サンドラが聞く。

「『もっとみんなが楽しめること』って何よ?」

 ロランは真面目に答える。

「港の設備を整備したり、港町の商店街に投資したりしてたみたいだ。町の治安もよくなったらしい。スラムみたいだった港町が、マラド率いる一団のおかげでずいぶん立派になったらしいぜ」

 意外にまともな回答なので、サンドラは素直に感心する。

「それはすごいわね」

 ロランはにやりと笑って胸を張り、先を続ける。

「そういう義賊ってのはどれだけ民衆から人気があっても、たいてい最後はお上に捕まって殺されて終わるもんだが、俺のご先祖様はそうじゃねえ。マラドはそうなる前にここへ来て、【探索】の参加者になった。そしてまだこの城にいて、【探索】を続けているらしい」

 ミラベルが聞く。

「あら、じゃあどこかで会えるかもしれないってこと?」

 すけべそうなおじさんの話は案外面白かったので、ミラベルも少しは見直したらしい。ロランは残念な顔をして答える。

「俺も是非そうしたいができないらしい。説明係の女いわく、俺たちがいるところとはちょっとずれたところにいるらしくってな。だが俺には分かるぜ。マラドはこの城にいるんだ。ときどき気配を感じるからな」

 説明係の女は『たくさんの偶然が重ならない限り難しい』と言っていた。もしたくさんの偶然が重なることがあったら、是非会ってみたいとロランは思う。するとまたエディが聞く。

「気配ってどういうのだよ?」

 ロランはどう言葉にしようかとしばし悩む。結局どう言っていいか分からずそのまま答える。

「あれは説明が難しいな。おまえが言ってた『嫌な予感』なんていうやつも説明しろと言われても難しいだろう? たぶん、そんな感じだ。『気配を感じる』としか言えねえ」

 エディはぼんやりと納得した顔をして「ああ、そういうのか」と言う。ジャンもこう言う。

「ここでは様々な時間の層が重なり合っているからな。そういうことも起こりうるだろう」

 ロランはジャンの言葉を聞いて言う。

「そうか、じゃあずれてるのはやっぱり時間の方で、場所は同じなんだな。惜しい話だぜまったく」

 そこでエリクが口を挟む。

「ここにいるみなさんの間でも、離れているときには時間の経つ早さの感覚にずれが発生ことがあります。違う時層へ行ってしまうわけではないので合流はできますが、少し厄介なので、みなさんにお渡しした特別な時計でその影響を抑えています。制作にコストのかかるものなので、なるべく大切に扱っていただけると助かります」

 エディは、自分にとっての一晩がシルキアにとっての数日だったのは、そのずれとやらのせいだろうかと思う。ロランがエリクに質問をする。

「例の時計なしでずれたままだとどうなるんだ?」

 エリクは答える。

「ロランさんにとっては三日、エディさんにとっては一晩、という具合に、離れていた間に経過した日数の認識に差異が生じます。観測によると最大で七日ほどのずれが発生した記録があります」

 ロランが言う。

「あの妙な時計でどうやってそのずれとやらを抑えるのかは、聞いてもどうしようもなさそうだからやめておこう。ここへ来るときはともかく、この封筒を開けるタイミングまで指定したのは、それと何か関係があるのか?」

 エリクは答える。

「少しは関係がありますが、その封筒に関してはほとんど単なる余興です。開けてはならないと言われると、みなさんわくわくするでしょう? 先に封筒を開けてしまったエディさんでも、ここへ来るタイミングの方は守ってくださったので、一人で待ちぼうけにならずに済みました」

 エディはちょっとばつが悪そうな顔をする。エディは、ロランから説明を聞く前に、自分の名前の書かれた封筒を開けてしまっていた。開けてから元通り机の上に置いておき、帰ってきたロランに説明を聞いてようやく、開けるタイミングが指示されている代物だと気付いたのだ。エリクはエディににこっと微笑むと、ロランに言う。

「それでは、次の項目へどうぞ」

 へいへいと返事をして、ロランは次へと話を進める。

「どこから来てどんな場所で何者だったかってか? 自由の港から来たって言いたいとこだがあいにくそうじゃねえ。地下室だの沼地だのしょうもない陰気臭い場所ばかり渡り歩いて仕事してたな。最後にいたのはデリスタっていうしけた町だった。どういうわけだか町の人間が一人ずつ魔物に変わってゆく町だ。原因は誰にもわからん。俺だってそんな現象は初めてお目にかかったね。俺はそこで、魔物に変わったやつが他に危害を加える前にとっ捕まえて牢屋にぶち込む仕事をしていた。実入りは悪くねえが相変わらず陰気な仕事でな。いいかげんうんざりしてたとこで、ある晩ひどい霧に巻かれて、気がついたらここにいたのさ。陰気臭い町で陰気臭い仕事してた流れ者の用心棒だな。面白くもねえ話だ」

 サンドラが何か考えながら言う。

「貴方も霧に巻かれてここに来たのね」

 ロランは「ああ、ねえさんと一緒だ」と答えて、ジャンの方を見てこう言う。

「来て早々面白いもんを見せてもらったぜ、旦那」

 ジャンは不機嫌そうな顔をして「君も見ていたのか」と言う。シルキアが「エディもいたって」と言うので、エディは聞こえないふりをする。ミラベルがロランに質問をする。

「町の人間が魔物に変わるって、どういうことかぜんぜん分からないんだけど、どんなふうに魔物になるの? 狼人間が変身するみたいな感じ?」

 ロランは渋い顔をして答える。

「だいたいそんな感じだが、どんな姿の魔物になるかは人それぞれだった。毛むくじゃらで凶暴になるやつもいたが、寝ている間に首だけ外れて飛んでってそれが噛みついて回ったり、下半身が蛇みたいになって口から毒液を吐きまくる女なんかいたな。完全に理性が飛んでるみたいで本人を生かしたまま捕まえるのも一苦労だし、身内が騒ぐのもめんどくせえ。夜暗くなってからは誰がいつそうなるか分からんからな。町のやつらも俺も警戒し通しで完全に昼夜逆転だ」

 気持ち悪いながらも興味津々といった面持ちでミラベルが「へええ」と相槌を打つ。それから言う。

「その話って【瘴気】と何か関係があるのかしら。【影】が出るんじゃなく人間が魔物になるなんて初めて聞いたけれど」

 ロランはその質問をエリクに振る。

「エリク、どうなんだ? 俺にはさっぱり分らん」

 エリクは答える。

「それはそこにいた人間が【影】と入れ替わったものと思われます。人々の恐れるものの【影】といったところでしょうか。デリスタの町には、【瘴気】が満ちていたのでしょう」

 エディが聞く。

「じゃあいなくなった元の人間はどうなったんだよ?」

 エリクはロランを見る。ロランは感情の読めない顔をして言う。

「あの町には腐臭のする底の見えない堀があった。そこから人骨が上がることがあったから、もしかしたらみんなそこかもな」

 エディはどんよりとする。ロランは「ほら見ろ、陰気臭いだろう」と言って、話を次の項目へ進める。

「いいかげん疲れてきたからさっさと終わらせようぜ。俺の得意分野は魔物退治だ。俺は生まれつき幻惑の魔法にかからない。だからシルキアを見てもなんとも思わない。さらに魔性のものがいればそうと見分けることができる。幻惑にかからないことと何か関係してるのかもしれねえが、相手の嘘を見破るのも得意だ。けっこう役に立つ力だろ? 得意分野はこのくらいだな」

 シルキアが言う。

「わたし幻惑なんて使ってないよ。普段は」

 ロランは視線を合わせず面倒くさそうに返す。

「無意識なとこがたち悪いんだよ」

 ミラベルはシルキアをしげしげと眺めて言う。

「あたしにも分かんないわね。何か魔法を使っている気配は感じられないけれど」

 ロランはそうだろうなと返す。

「お嬢さん方には関わりのない話だ」

 ミラベルは黙ることにする。ロランは項目を次へ進める。

「はい、最後だ。【探索】に参加する理由か? 生活に追われるのが嫌になったからだ。どうせ普段から危険な仕事をしていたからな。似たようなことやって永遠に食うに困らねえなら、その方が得だ。そのうち仕事で死ぬのかもしれんが、それも今までだって同じことだ。以上だ」

 エディがうんうんと頷く。サンドラはまあ分からなくもないわねという顔。ジャンとシルキアは読めない。ミラベルはへえそういう考え方もあるのねと思っている。みんな納得したようなので、長かった六人分の自己紹介の時間はおしまいになる。最後にエリクが今後の予定について話す。

「みなさん、今後の予定についてですが、次の予定はお互いの戦力を把握していただくために行うデモンストレーションです。デモンストレーションはそれぞれの課題に全力で対応していただき、残りの方には遠視装置でその様子を見ていただくというものです。課題には、今最も交流が進んでいる方同士の二名一組で協力して取り組んでいただきます。組み合わせはもう推測できていると思いますが、サンドラさんとミラベルさん、ジャンさんとシルキアさん、ロランさんとエディさんの組み合わせです。順番もこの順番で執り行います。ここまでで何かご質問はありますか?」

 サンドラと一緒になって嬉しいミラベルが「はあい」と手を挙げてもっともなことを質問する。

「課題ってどんなこと?」

 エリクは答える。

「ルパニクルスで捕獲している【影】やその他のものと戦っていただきます。サンドラさんとミラベルさんには、広い戦闘領域を用意しました。そこで、小型の飛竜の【影】三体と戦い、それぞれの影が持っている拳大のガラス玉三つを回収していただきます。ジャンさんとシルキアさんには、小手調べでは実力を出し惜しみされる可能性が高いと判断したため、実際の任務を一つご用意しました。ルパニクルスの地下神殿、大昔のアンデッドが多数放置されたままになっている地下神殿から、祭壇の鏡を回収してきていただきます。ロランさんとエディさんには、【影】との実戦ありの宝探しをしていただきます。場所はルパニクルスの広大な地下牢の一角です。牢から脱走した【影】が徘徊するその一角で、各所に落とされている警備機構の部品を三つ回収してきていただきます。部品のサンプルはこちらです」

 エリクは鶏の卵くらいの銀色の玉をロランではなくエディに渡し、「特殊な金属なので、当日お渡しする機械で探知ができるはずです。ただし機械を作動させると【影】が寄ってきますので、ロランさんはその【影】たちと戦ってください」と言う。ロランが言う。

「つまり俺はこの小僧の護衛をしろってことか。どうせ護衛ならサンドラねえさんのがよかったぜ」

 サンドラは返す。

「飛べない護衛なら結構。飛べる子と一緒でよかったわ」

 ミラベルはにこっとする。ジャンは「不公平ではあるが我慢しよう」と少し不服そうに言い、不安げなシルキアをよしよしと撫でる。エディは、おれもシルキアと一緒がよかったと言ってやりたいと思いつつも、ロランが護衛というのは頼もしく思う。エディは銀の玉をじっと見て黙っている。エリクはみんなの様子を見、こう言って場を締めくくる。

「それではみなさん、各自デモンストレーションの日までに、装備含め準備を整えておいてください。デモンストレーションの時間は、時計の短い針が、今日ここに来る合図になった位置に来たときです。そのときに、今からお渡しするこの封筒に書かれている道順を辿りはじめてください。封筒を開ける時間は今回は指定しませんので、みなさんお好きなときにどうぞ。装備についてですが、使用人に『武器庫へ行きたい』と伝えれば係の者のいる武器庫へ行ける手はずになっています。武器以外の服飾品や身の回りのもので何か用立てたいものがある場合も、使用人にお申し付けください。ここには各世界から色々な物品が集まりますので、故郷の品も手に入れることができるかもしれません。以上です。今日は、たいへん有意義な時間でしたね! みなさん、長い時間お疲れさまでした。またの機会に!」

 エリクはそう言って深々とお辞儀をし、すたすたと歩いて西側の扉から去って行く。ジャンもさっさと立ち上がり、甘えるシルキアを連れて東側の廊下へ消えてゆく。ミラベルはやはりさっさと立ち上がったサンドラについてゆく。ロランは座ったまま何か考え込んでいる。エディが声を掛ける。

「戻らないのか?」

 ロランはエディを見、「さっさと戻れよ」と返す。エディは釈然としない顔で言う。

「打合せとかしなくていいのか? 武器って何持ったらいいのかおれ分かんないぞ」

 ロランはうるさそうに言う。

「分かったよ。後でなんとかしてやるから先に戻ってろ。俺はここでちょっと調べたいことがある。それも教えてやるから先に戻れ」

 ああそうとエディは言われた通りにする。場にはロランだけが残った。

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