3.開幕は義妹のフラグ立て
『気を付け、礼!』
猫かぶりな義理の妹は俺が教室に入るのを確かめると、キビキビとした態度で号令をかけた。
通学途中まで一緒に歩く妹は、誰よりも先に教室に入り他のみんなを出迎えるという、完璧なクラス委員をしている。
ゲームの中の俺をリアルで見ているかのように、みんなをまとめるリーダーっぷりが半端ない。
逆に俺は、普段からやる気が無いことに加え人見知りが過ぎるせいで女子はおろか、男子とも話をしたことが無いヘタレっぷりが炸裂中だ。
入りたてならまだ分かるが、既に一年目の冬真っ只中という、何とも言えない状況を作り出している。
青原は全体的に学生数が多いが、休み時間になると俺の知らない光景があふれ出す。
ここはギルドですか? っていうくらいの学生が、思い思いのままに交流を始めるという、ぼっちにとっては最悪な環境下になっている。
「あは! ミキくん、羨ましいんだ~?」
「見ているだけだし、寂しく無いし。何でそんな話をするのか理解不能だ」
「色んな地区から来てるからね。やっぱり大人数の中で、ぼっちになりたくないんじゃないのかな?」
「なりたくてなってるわけじゃないぞ?」
「え~? わたし、一言もミキくんって言ってないよ? それにそう言うけど、ミキくんにはわたしがいるよ。お気づきではないのかな?」
あざとい奴め。
義理はともかく、同じ家に住んでいる妹に声もかけられなかったら、誰もが認めるぼっちマスターになるだろうが。
全くもって、あざと面倒な妹だ。
コイツ自身、俺のことをどう思って接しているつもりがあるのか、ここは一つフラグを立ててみるか。
本当かどうか、明日から俺のことをイツキと呼ぶ女子が入って来ることを考えれば、やるべきことはただ一つ。
「……いやぁ本当に、君がいてくれなければ、俺はここでぼっちだよ。直に言われたわけじゃないけど、俺はマジで駄目な奴。でも、一樹さんがいてこその俺なんだよな」
「き、急に何を言い出しているの?」
「知っていると思うけど、義理だったら結婚とか出来るんだぜ? 俺には君が必要なんだよなぁって、つくづく感じてしまうんだよ」
「はわっ……こ、ここは教室なんだよ? 学院の中でそんなこと言うのは、駄目なの」
これはイケる流れか。
普段の『ミキちゃん』呼びから、何となく感じる好意のようなものを一か八かで試してみたが、兄と呼ばずに過ごして来た辺り、これは脈ありと見た。
義妹と恋愛をする気はさらさらないが、今よりも親密になっておく必要がある。
そうでなければリンという女子が来た時に、口裏合わせすらしてくれない恐れがあるからだ。
「じゃあいつならいいのか、聞かせてもらえるかな?」
「しょ、しょうがないなぁ。ミキくんとはいつでも会える仲ですし、わ、わたしで良ければ困ったこととか、何でもいいのでいつでも声をかけていいですからね?」
「いま聞かせてはくれないのかな?」
「だーめ! です! こう見えてクラス委員は忙しいんです! でも、ミキくんにならここでも外でも、いつでも声をかけていいよ。そしたら、わたしもきちんと答えてあげますからね!」
よし、フラグが立った!
クラス委員でまとめ役の一樹が味方なら、みんなに指示を出して、俺から転校生を遠ざけてくれるかもしれない。
一樹は元から敵では無いが、面倒事が起きる前に力強い味方にしておけば、新たな女子に対抗出来る。
「と、ところで、明日ウチのクラスに転校生が来るらしいけど、本当?」
「どうしてミキくんが知っているの?」
「う、噂かな」
「そんなはずない……」
「――そう言われても」
「だって教室に入る直前まで極秘に出来るくらいの令嬢って、先生たちから聞いていたんだよ?」
「え、そうなの? じゃ、じゃあ別人かな……は、はは……」
恋愛フラグが立ったと思ったら、早くも暗雲が立ち込めているじゃないか。
義妹の話が本当なら、リンという子は送迎車ありきのご令嬢ということになる。
あの子が教室に入って来る前に義妹を丸め込む作戦だったのに、すでに終了なんてそれはあんまりだ。
「……ミキくんの気持ちは分かったことだし、今の話は聞かなかったことにしてあげます! その代わり、転校生のことは言っちゃ駄目だよ? わたしに隠し事はしないでね」
「え、いや……」
「次の休み時間も、一緒にお話しようね!」
「あーうん……ソウダネ」
違う違う、決して本気でフラグを立てるつもりじゃなかったのに、どうしてこうなった。
こうなれば明日来る転校生のリンの方を、何とかするしかなさそうだ。