世界一運の悪い高校生が転生した結果 1
空に魔方陣が描かれ、そこから地面に落ちた悠は尻もちをついた。
「お尻痛い……。ここはどこだろう? 神様が言っていた通りの異世界なのだろうか?」
周りは自然豊かで、日本の田舎にもありそうな光景だった。
悠は整備された道を歩き、とりあえず近くに見える街に行ってみることにした。野原が広がり、木々が生い茂っていた。
歩きつつ空を見上げると、キツツキのような口ばしの鋭いくちばしを持った鳥が空を飛び交い、うさぎくらい大きいダンゴムシが地面を這っていた。それらはこちらに攻撃するとも興味も示さず、ただただ生きていた。川に近寄ると、魚が水面から口をパクパクさせながら泳いでいた。
そんな動物たちに気をとられていると、小石につまづいて前のめりに転んでしまった。
「イタタ。やっぱりついてないな……。神様の言ったことは嘘だったのかな。ん? なんだこれ?」
悠は転んだ拍子に何かを握っていた。掌を開いてみると、白く金色に輝く野球の球より少し小さめで厚いコインだった。
そっとポケットにしまい、膝を手で払いつつ立ち上がった。転んだところを誰も見ていないことにほっとしつつ、再び歩き出した。
街の入り口の門柱には『レグナス』と書かれた看板があった。日本語とは違う文字で書かれていたが、悠は読むことができた。
「『レグナス』? こんな名前の街は聞いたことがないや」
いざ街に入ろうとすると、門番と思われる兵士に呼び止められた。
「おい止まれ! 貴様許可もなしにこの街に入ろうとしているのか?」
兵士は鋭く言った。
「この街に入るのに許可が必要なんですか?」
悠が訊くと、兵士はため息をつきながら、
「ここ最近は治安が悪くてな……。許可証かそれに準ずる物を持たぬ者を通すわけにはいかないんだ。わかってくれ」
悠はわかりましたと立ち去ろうとしたとき、ポケットの中から先程拾った白金のコインが地面に落ちた。兵士はそれを拾いまじまじと観察すると、急に顔色が変わった。
「こ、これは公爵のみが持つ証ではないですか! これを持っているならお通しできます。さあ、どうぞ」
兵士は道を開けてくれた。
悠は門をくぐり抜けてレグナスへ入った。
街の中はレンガ造りの家々が建ち並んでおり、中央にはフリーマーケットみたいな露天商が盛んに商いを行っていた。
普通の人間だけじゃなく、ウサギ耳や猫耳が生えた者や、毛むくじゃらの狼男みたいな獣人と思われる者たちが街中を闊歩していた。
悠はそんな光景に見とれながら歩いていると、通行人とぶつかってしまった。
その通行人は金髪のモヒカンで直にベストを着ており、手下と思われる男を二人引き連れていた。
彼らは悠を路地裏まで連れて行った。
「おい、あんちゃんのせいで肩が折れちまったじゃあねーか! 有り金全部出しな」
モヒカンの男は肩を抑えながら言った。
「兄貴が出せって言っているんだから出せ!」
「出さないと殺すぞ」
手下の二人もナイフをポケットから出してちらつかせた。
「お、お金なんて持っていないです」
悠は怯えながら答えるが、三人は聞き入れようとしない。
もうだめだ、そう思ったとき、後ろから女の声が聞こえてきた。
「そこまでよ! 悪事はやめなさい!」
振り向くと黒の魔女帽子を被り、黒のワンピースを着た少女が立っていた。身長は一五〇くらいの小柄で、右手には彼女よりも長い杖が握られていた。
「げ、こいつ魔法使いじゃねえか。だがよくみたらガキじゃねえか。構うことはねえ。やっちまえ!」
手下の二人はナイフを片手に彼女に襲い掛かった。悠は彼女を守るために咄嗟に走り出すと、盛大に転んだ勢いで彼らを突き飛ばした。
「へえ、アンタやるじゃない」
何が起きたかわからない悠だったが、すぐに状況を把握して青ざめた。
「よくもおれの手下をやってくれたな」
モヒカンの男はサーベルを抜き、悠に切りかかった。
「ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げると、その行動が自分の命を救っていた。モヒカンの男は水平に切りかかっていて、悠がお辞儀をすることによって回避していたのである。
「てめえ、よくも避けやがったな。今度は外さねぇ」
モヒカンの男がサーベルを振り上げた瞬間、電撃が走った。
悠が振り向くと、彼女が杖を掲げていたのである。
「ほら、ここから立ち去るわよ! でないと兵士がやってきて面倒くさいことになるから」
彼女は悠の手を引っ張り、路地裏から人通りの多いところまで走った。