6.仲間
「え? 弱すぎない?」
「うおおお、手首が割れるように痛いぃぃぃぃぃ」
訓練用の模造剣を持ったティアさんが冷たい目で悶えているハロルドを見下している。
なぜこうなったのか…… 少し時間を戻そう。
オーキス様の家に招待から一週間たって日課の鍛錬をしている俺たちのもとにティアさんが訪ねてきた。事前にいつかお邪魔するだろうという手紙をもらっていたが本当に来るとは思わなかった。
パーティーならともかく鍛錬だからな。
「お父様から連絡はいっていると思うけど私も鍛錬に混ぜてもらえないかしら?」
「確かに聞いてますが、俺たち走って、剣術と魔術の練習するだけですよ。楽しいものではないと思いますが……」
「別にかまわないわ、むしろ私はそういうのがしたいのよ。あと敬語じゃなくていいわよ、肩こりそうだし」
俺が困惑しているのをよそにティアさんはだからなんだといわんばかりだ。
「フッ、僕らは本気でやっているんだ。偽お嬢様ごときがついてこれるかな?」
「だれが偽お嬢様ですって」
俺が対応に困っているとハロルドが馬鹿にするような笑みを浮かべた。あー、こいつ演技してたティアさんに恋してたっぽいから根に持ってるのか。器の小さい奴だな。
「敬語はいらないっていうから遠慮なく言わせてもらおう。僕たちは魔術学園でいい成績をとるために必死なのさ。遊びでやってるわけじゃないんだ」
「へー、ならあなたはさぞかし強いんでしょうね。ちょっとみせてみなさいよ」
「仕方ない、女性に手を出すのは流儀に反するが僕の実力をみせてあげよう」
一触即発という雰囲気である。てかハロルドもいまだランニングの後バテバテのくせに何言ってんだ。ティアさんとハロルドが模造剣を構えて向かい合う。
俺は止めようとしたがそれをセバスが制止した。
「ヴァイス様、ご安心を。ティア様とハロルド様ですが実力がかけ離れすぎています。大事にはならないでしょう。それにハロルド様も実際経験しなければわからないこともあります」
どうやらセバスは剣を構えた姿を見てティアの実力を見抜いたようだ。セバス実はすごいやつでは? そして冒頭へとつながる。
勝負は一瞬だった。ティアさんの足がなにやら動いたと思ったら剣を振りかぶったハロルドの手首を蹴り上げたのだ。強いとは思ったが剣を使うことなく勝つのかよ。
「で? 偽お嬢様がなんですって? ハロルド君」
「うう……」
「で? 魔法学園でいい成績とるためになんですって? ハロルド君」
「うう……」
「あの……ティアさんそれくらいにしてやってください。こいつ口は悪いし態度も悪いけど悪い人間じゃないんで」
「フォローになってなくないかい? 親友よ!!」
これでティアさんの実力はわかった。いや俺より強いってことがわかっただけだけど。何やら泣きついてくるハロルドは無視をする。
「それでティアさんはなんで強くなりたいんです?」
彼女も魔法学園でよい成績をとりたいのだろうか? ゲームでは攻略対象でなかったため細かい心情まではわからない。
俺の質問に彼女は不機嫌そうに答える
「敬語……やめてっていったでしょ」
なるほど……もうしわけないことをしてしまった。俺はもう一度同じ質問をする。
「ティアさんはなんで強くなろうとするんだ?」
「馬鹿かもしれないけどね。私は冒険がしたいのよ。例えばドラゴンが守る宝玉を手に入れたり、オークにさらわれたお姫様を助けたりね。それこそ『エミレーリオの冒険』にでてくるような冒険をね」
そういって少しはにかんだ笑顔を浮かべた彼女はすごい年相応で魅力的だった。はじめて本当の彼女をみたかもしれない。
「すごいいい夢だと思う。俺もそういうのあこがれるよ」
冒険譚にあこがれるそれは子供の時に誰もが経験するだろう。実際の冒険者はチンピラ崩れや傭兵のようなものだが冒険譚の彼らはまるで英雄だ。気持ちはすごいわかる。
「夢か……そう夢だね……」
ハロルドはなにやら思うとこがあるのか口をつぐんだ。セバスもティアから目をそらす。彼女はなにかを察したらしく少し悲しい顔をした。いったいなんなのだろう。
「だから私は強くなりたいの、もしも冒険するときのためにね。だからヴァイス君も私と手合わせをしてくれない?」
あ、そうなるんですか? 勝てはしないが断るわけにもいかないな。セバスが止めないということは俺とティアさんの実力差もかなりあるということだろう。
「ではいくぞ!!」
そして今度は俺の情けない悲鳴が屋敷に響き渡るのであった。
セバスが本来の屋敷の仕事に戻るということで剣術の練習が終わった後の休憩である。
俺たち三人はボロボロの体を休ませるために地面にねっころがる。ティアさんは抵抗あるかとおもいきや俺たちと同じように横になった。冒険者志望は伊達じゃないな。
ちなみに俺はティアさんにぼこられたのだがそのあとティアさんはセバスにぼこぼこにやられていた。てっきりセバスは手加減するかと思ったが、ティアさんから渡されていた手紙をみて頭をかかえていたのでオーキス様がなにかやったのだろう。
「あの人無茶苦茶つよくない? 何者なのよ?」
「いやー、俺も生まれた時から世話になっているけど過去の話は知らないんだよね」
「上には上がいるってやつだねぇ……」
俺たち三人はセバスの過去をネタに妄想トークを繰り広げる。やれ、昔は冒険者だっただの、貴族の三男坊で騎士だったが高貴な貴族の娘と駆け落ちしただのくだらない話だ。最初こそ発言が少なかったティアさんだったが途中からは俺たちのノリについてきた。元々少年っぽい趣味だったからだろうか。いつも以上に盛り上がる。
「さて、そろそろ魔法の練習をしようか」
そういってハロルドが本を取り出した。基本的に魔術は一部の貴族しか使えない。だから魔法の教師は少ないし雇うのは莫大な費用がかかるのだ。もちろん俺たちも教師を雇う金はないので一番魔法が得意なハロルドが教師を兼ねているのだ。
指先に精神を集中させると火の玉が生まれる。半年前まではライターからでるような火柱がでるだけだったがずいぶん成長したものだ。
前も話したが魔法を使えるものは一部の例外を除き一つの属性だけである。魔法は精神の集中力が重要であり、俺たちは魔法を維持して集中力をあげるという基礎能力をあげるということをやっているのだ。
ハロルドをみると彼の体の周りに小さい竜巻が三つほど生まれている。彼の属性は風。属性こそ違うが俺が風属性の魔法を使えたとしても竜巻一つを出す程度だろう。
「おやおやどうしたのかな? ガサツな偽お嬢様には難しいかな」
「うっさい。気が散るから話しかけないで!!」
さっきからティアさんの足元の地面がぼこぼこと隆起している。といっても本当に2、3センチほどだ。魔法は得意ではないのかもしれない。
ちなみに魔法学園の入学基準は魔法が使えること。彼女くらいのレベルでも入学はできる。ゲーム内では語られなかったが実は成績は悪かったのかもしれない。
「とりあえず、地面を自分の体の一部だと思えばいい、そして集中するんだ」
「こうでいいの?」
さっきの仕返しとばかりにからかっていたハロルドだったがティアが本気でへこんできたのをみてちゃんと指導を始めた。悔しいが魔法に関してはハロルドが圧倒的にうまい。
「あー、疲れたー。今日はこれで終了にしよう」
「そうだね、さすがの僕も集中力が尽きてきたようだ」
空が夕焼けに染まってきたので今日の鍛錬を終えることにした。適度に動かしたからだが心地よい、
「今日は混ぜてくれてありがとう……なかなか楽しかったわ」
「こっちもいい刺激になったぜ」
本当にいい刺激になった。剣術もうちょいがんばろう。さすがにもう少しまともに戦えるようになりたいものだ。
「じゃあ、またな」
「え……またきていいの?」
「何を言ってるんだ君は……剣はともかく魔法はスライム以下なんだよ。継続してやらないと意味がないだろう」
俺たちの言葉になぜか彼女は驚いた顔をした。一体どうしたのだろう?
「ん……なんでもないわ。またくるわね」
俺はなぜかうれしそうなティアさんと疲労で死にそうなハロルドを見送った。
そういえば転生してはじめて友人ができたな……ハロルドは元から友達だったからノーカンである。明日からよりよい一日になりそうだ。