5.ティアの秘密
死にたくない死にたくない。
てかなんでこうなった? 俺はゲームの知識を活かし彼女の好感度があがるようアプローチをしたはずだ。
「ヴァイス様、オーキス様の使いがきましたぞ」
「ひぃぃぃ、俺は放浪の旅に出たと伝えてくれ」
パーティーから帰って二日間いろいろ解決策をかんがえたが何も浮かばなかった。ゲームの知識はあるが今はまだ魔法学園に入学する前なので何が起きていたかなど知りようがないのだ。
いや……でも魔法学園に入学することが確定しているなら俺はまだ死なないのでは? という希望的観測と貴族の息子たる俺が逃げてはこの土地がどうなるかわからないという思いからここにはいるもののこわいものはこわい。だって殺すなんていわれたの初めてだよ。
「ヴァイス様そんなにこわがらくてもいいのでは? オーキス卿は理不尽な事はしない方ですし、その子であるティア様も悪い噂は聞きません。ツンデレというやつでは?」
「そんなツンデレはいやだー。てか一人は心細すぎるわ!! セバスもきてくれよ!?」
てか、セバスツンデレなんて言葉良く知ってんな。俺がいつぞやつぶやいていたのを覚えているのだろう。
「ヴァイス様……大変申し訳ありませんがわたくしは招待されていないのでついていけても屋敷の前までなのです……」
セバスが本当に申し訳なさそうに頭を下げる。オーキス卿はここらへんで最も有力な貴族である。これがたとえば同格の貴族なら使用人の同行もお願いできるが格が違いすぎて頼める立場ではない。
「くそ……誰か助けてくれ……」
「ふっ、僕を呼んだか?」
「ハロルド!? なんでここに!!」
「親友のピンチにぼくがこないはずないだろう? けっしてなぜか僕のもとにも招待状がきて万が一君が逃げたらやばいから君を捕まえにきたわけではない」
ノックもなしにハロルドが入ってきた。タイミング的にドアの前で待機してたんじゃないか?
こいつのもとにも招待状きたのか。原因はわからないが俺のせいでティアさんの機嫌を損ねてしまったのだ。さすがに悪いことをしたと思う。
「いざとなったらヴァイスを生贄にして僕のことは助けてもらおう……」
気が変わった…地獄へ行くなら二人でだな。ふざけたことをつぶやいているハロルドを睨みつけながら俺は覚悟を決めた。
オーキス様の屋敷について門番に名前を伝えると客間へ通された。いきなり牢獄ではないらしい。二日前に来たばかりだが、気分のせいか地獄への入り口に見える。心なしか門番が気の毒そうな目をしていたような気がする。
俺たちは出されたお茶を前に無言で顔を合わせる。毒とか入ってないよね。これ?
室内は華美な装飾はないが質のいいものであろう家具でまとまっている。俺たちが座っているソファーもすごいふかふかである。これだけでオーキス様の家の格がわかるものだ。
「なあ、俺たちってこれからどうなるんだろうな……」
「知るもんか……というよりなんでこんなことになっているのか本当に身に覚えないのかい?」
そんなこといわれてもな…… ハロルドの情報よりゲームの情報を信じて行動しただけだからな……
ノックとともにオーキス様とティアさんが入ってくる。
「え……?」
ハロルドがきょとんとした顔をするのもわかる。ティアさんの恰好だ。冒険者が着るようなズボンとシャツに腰には剣を携えている。長い金髪も動きやすくするためか後ろで結ばれている。
これだ……ゲームの彼女はこんな感じだった。
「ヴァイス君といったか、やはり君はティアの姿を見ても驚かないんだね」
「え? いや……そういうわけでは……」
ハロルドに比べて俺の反応はあまりに普通だったようだ。
「やはりあなた本当の私の性格を知っているのね!! 誰から聞いたの、いいなさい!!」
「ひえっ!!」
鋭い目つきで俺をにらんだかと思うと彼女は剣を抜き俺の首元で寸止めをした。
殺される!! 俺は思わず情けない悲鳴をあげてしまった。てか体の動きがみえなかった。
「やめなさい、ティア! 失礼だろう」
オーキス様に静止されたティアさんは驚いて身動きできない俺たちを不満げにみつめながらティアさんは剣を収めた。てか口調がちがいすぎない?
「すまないね…… ティアは短気なものでね。それでヴァイス君に聞きたいのだが私の娘がこんな性格っていうのはどこで知ったのかな?」
「こんな性格ってどういう意味ですか!!」
オーキス様は口調こそ穏やかだが嘘は許さないという顔をしている。ここの返答次第では本当に殺されてしまうかもしれない。
「信じてもらえないかと思いますが、私は少し未来を知っているのです。ティア様とは魔術学園で同級生になるのですがそこでの性格と全然違ったものでして……」
俺は覚悟を決めて素直に言った。さすがにここは俺のやってたゲームの世界そっくりなんですよとはいえないがほとんど真実である。
ハロルドとティアさんはなにいってんだこいつって顔してるし、オーキス様は眉をひそめている。そうだよね信じないよね。
「なるほど……未来を知っているか…… ならばこの後君たちがどうなるかわかるかな?」
そう言ったオーキス様はティアさんの腰から剣を抜き取った。
「ええ……あなたは少なくとも今は俺を殺さない、何故なら俺たちは魔法学園へ行くから」
「ヴァイス!! 何冗談を言っているんだ!! 違うんです。オーキス様!! パーティーの前に二人でティア様の情報を集めて喜ばれるプレゼントをしようって話してたんです。それでヴァイスはティア様のことを知ったんだと思います」
ハロルドが必死に俺をかばってくれるが俺はまっすぐオーキス様を見つめる。直感だがこの人に嘘はつけないと思ったのだ。
「未来がわかるから…… それが君の返答でいいのかな?」
「はい…… 正確にはわかるというよりも一部のことを知っているですね」
オーキス様はしばらく俺をみつめるとふっとほほ笑んだ。
「おもしろい……信じてみよう」
「お父様!?」
「別にいいじゃないか、ティアの本当の性格が知られたって大した問題ではないさ。せいぜい嫁ぎ先がみつかりにくくなるだけだ。嫁は気にするだろうが些細なことだよ。」
そういってオーキス様は愉快そうに笑いながら色々と話してくれた。ティアさんは昔からおてんばで冒険譚の英雄にあこがれていたこと。父の真似をして剣をならいはじめたこと。このままでは嫁のもらい先がなくなると心配した奥さんがパーティーの時はおしとやかにするように説教をしたこと。そしてそれが窮屈でパーティーにはいかなくなったこと、また、おてんばな性格がしられないように屋敷の人間全員で口裏をあわせたこと…
「なるほど、そういうことだったんですね……」
「色々大変ですね…しかし、僕があの日みたのは幻想だったのか」
貴族のお嬢様も大変だ……
「なによ? 文句あるの?」
「いえ、なんでもないですよ」
ティアさんに睨まれたハロルドが委縮している。まあ無理もないだろう。
「私はあなたが未来を知ってるなんて信じないけど一応あやまっておくわ、あなたが私の本性をパーティーでさらして笑いものにしようとしてたのかと思ってたのよ。疑ってしまってごめんなさい。よく考えたらあなたあのあとすぐ帰ったものね」
「いや、こちらこそ疑わしいことをして申し訳ありません」
ああ、そうか……確かによく知らん人間が隠していた性格をしっていたらこわいよな……今後俺はゲームでの知識を使うときはきをつけよう。それに有力な貴族のご令嬢だ。敵も多いのだろう。
「娘は気が強いし、本性を知っている人間は少ないもので友人が少ないんだ。よかったらかまってやってほしい」
「余計なお世話です! 確かに友達は少ないですけど……」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
「あの日みたのは幻想……あの日みたのは幻想……」
その日はオーキス様に食事に誘われたが申し訳ないが辞退させてもらった。正直今日は死を覚悟していたため疲れたし、セバスも心配しているだろうからだ。食事は後日改めてということになり俺たちはオーキス様の屋敷を後にした。
ティアさんと俺たちはゲーム上ではかかわりはなかった。今回のことが俺の未来にどう影響を与えるかわからないがイレギュラーなことはおきたのだ。俺はゲームとは違う道を一歩踏み出せたのだろうか?
そして俺はこの後知ることになる、オーキス様の娘と仲良くしてくれというのが社交辞令ではないということを。