エレナとのデート
俺はエレナに言われるままに彼女と共に街へ出ていた。今は放課後という事もあり、周りを見回せば魔法学校の生徒もチラホラと居る様だ。とは言っても、こんな正装を着込んだ人間はそうそういないと思うが……
鏡に映った自分の姿は、冒険者として活動するときの様なラフな格好ではなく、孤児院に遊びに行く時のような制服でもなく、正しく正装である。窮屈だなと、思いつつも隣のエレナを見てみると、軽いパーティーに出るかのような上品なワンピースを着ている。すっごい綺麗なんだが、さっきから「密室に誘って……腕を折って……素直になる……」って、緊張した顔でつぶやいているのが怖い。えっ、俺これから拷問されるのかな?
「急に誘ってすいません、でも、来てくれて本当に良かったです」
「まあ、俺もちょうど気分転換したかったしな」
ハロルド達はデートと言う名の訓練だし、リチャードはエリザベスと今頃イチャイチャしているだろう。本当はジェイス先生に相談したかったのだが、自分の考えがある程度纏まってからの方が良いだろうと思っていたので、暇と言えば暇ではあったのだが、こんな事をしていていのかと思わなくもない。
だが、エレナがあまりにも思いつめた顔でデートに誘ってきたのだ、俺としては断れる選択肢はある筈もない。加えて、ゲームではこんなイベントは無かったからというのもある。何かイレギュラーな事が起きているのかもしれない。
「それにしても、ヴァイスは正装が似合いますね」
「そうかー? 滅多に着ないしなぁ。それより、エレナも似合ってるぞ、行きたいところあるっていってたが、どこに行くんだ」
「秘密です。きっとびっくりしますよ」
お世辞とはわかっていても、褒められるのは嬉しいものだ。エレナは何やら嬉しそうに俺の腕を引っ張っている。何かあったのか、今日のエレナはすごい積極的だ……胸がドキドキしてきた。ドラゴンの事もあるので浮かれるわけには行かないと思いつつも、俺はエレナに付いていった。
彼女に伴われて向かったのは劇場だった。この世界には映画などはないが、変わりに娯楽として大劇場がある。かなり規模のある大きな建物であり、ここで物語の劇が行われているのだ。前の世界にも演劇はあったが、こちらの世界の劇はまた趣きが違う名物だ。貴族出身の演者が魔法などを使って演出したりするので、迫力は前世の劇とは段違いである。貴族しか魔法が使えないこの世界で、平民が魔法を観ることが出来る、数少ない機会ともなっている。
因みに、料金はかなり……高い。立ち見席でも一般的な平民の給料一か月分であり、地方貴族の長男である俺でも、実は数える程度しか来たことがない。
今の演目は英雄譚か。俺がこういうのを好きだと知って誘ってくれたのだろうか? まったく、ハロルド達といい、エレナといい、心配させすぎて申し訳ないと云う思いに囚われてしまうな。
「その……気を遣わせてすまない……」
「何を言ってるんですか? 私が観たいから誘ったんですよ。最近、とある人の影響で英雄譚に填まったんです。ヴァイスも英雄譚が好きと言っていたので、是非とも一緒に観たいなと、思いまして……」
とある人の影響か……英雄譚好きなのは俺とティアくらいだな。まあ、同室だし、ティアの影響はあったりするのだろう。でも、俺の影響とかだったら少し嬉しいな、と思いつつ劇場へと入場する。
劇場内はかなり人が多く、既にかなり盛り上がっており、相当な盛況を博していた。地べたに座っている商人が演者の似顔絵などを売っている。あいにく演者には詳しくはないが、美男美女揃いであり、そりゃあファンもできるだろうと納得だ。全く以て羨ましい限りである。でも、エレナもその連中に引けを取らないくらい可愛いと思う。
「一体どうしたんですか? 人の顔をじっと見て……何か恥ずかしいじゃないですか」
「いや、演者達も確かに美人だけど、エレナも同等以上に可愛いなぁって」
「何を言ってるんですか!! いいから早く行きますよ!!」
エレナは顔を真っ赤に染めながらも、俺を引っ張ることは忘れずに劇場へと入っていた。確かにいきなり言う事ではなかった気がする。寝不足なせいか、思考力が落ちているのかもしれない。取り留め無い考えが浮かんで来て、言動が直載なものになっている気がする。
途もあれ、誘われるままにエレナに付いていった先は、なんとまぁ、最前列の特等席だった。けど、ちょっと待って欲しい、完全に関係者席じゃん。どうやってチケットを取ったんだ?
「うちの父が劇場に一部出資しているので、招待券をもらっているんです。気にしなくて大丈夫ですよ。むしろ無駄にならなくてよかったです」
俺の視線に気付いたらしいエレナは、事も無げに述べている……そういや、彼女は俺とは比べ物にならないくらい、有力な貴族だったな。今更ながら身分差を痛感させられた。
今回の演目は英雄譚だった。英雄譚の基と為った物語は、俺も幼少期に読んだことのあるものだった。地方貴族の三男である主人公が、家を追い出された後に成り上がっていく冒険譚である。ただ主人公には特殊な能力があるわけではなく、人を惹き付ける魅力があり、周りの人の力を借りてどんどん出世していくものだった。
「私、この英雄譚が好きなんですよね。この主人公って、ヴァイスに似てると思いませんか?」
「そうかー? 俺はこんなキャラでは無いと思うんだが……」
どちらかというと、リチャードの気質が近い気がする。あいつは実家こそ有力な貴族家だが、個人の力は強力ではないが龍殺しを果たし、一部ではその墹龍殺しと二つ名で呼ばれ、英雄扱いされているしな。エレナは少し俺を過大な評価をし過ぎている気がする。
「そんなことは無いと思いますが……あ、始まるみたいですよ」
エレナの言葉に合わせたかのように、劇がスタートする。演者達の声や魔法が飛び交う。その迫力は、特等席ということを差し引いても、凄まじいものだった。
だが、そんな劇中にあって、俺がこの英雄譚の主人公のような人間だったらなと思いに耽る──この主人公と同じくらいの人望があればと思う。そうすればあんなドラゴンなんて──そんなことは思っても無駄とはおもいつつも自分の無力さを悔いるばかりだった。結局、俺の力はゲームの知識を知っているという一点である、と堂々巡りに終止してしまうのだが。それなのに、あのドラゴンは俺の知っているゲームには登場しないのだ。俺にどうしろというのだろう。演劇は素晴らしいものだった筈なのに、俺の気持ちは全然晴れないのであった。
「気分転換になりましたか?」
劇の感想交換を交わし合っていたのだが、ふと唐突にエレナが不安そうに声を掛けてきた。俺の顔は相変わらず酷いようだ。折角連れ出してくれたというのに申し訳ないと思う。
今居るのは、劇場近辺に店を構えているレストランだ。エレナにおススメの店があると再度伴われて来たのが此所だったのだが、入店前にはやたら高級そうな外観に緊張で身体を強張らしてしまった。しかも個室なのである。ここって、本来は偉い貴族同士が密会とかに使う所じゃないだろうか? メニューを見たが、自分の誕生日のお祝いくらいにしか食べれないような高級料理ばかりなんだけどなぁ……。
それにしても、エレナは相当お金を使ってないか? ゲームの知識で稼いだ金があるし、半額くらいなら払った方がいいだろう。
「エレナ、支払いなんだが……」
「ヴァイス、話があります」
俺の言いかけた言葉を遮って、彼女が声を上げた。そして、彼女は気合をいれるかのように、赤い飲み物を飲み干した。瓶のラベルを見遣るとワインじゃねーか。いや、別に未成年は飲んじゃだめって法律は、この世界ではないけどさ……
「貴方は何を隠しているんですか? ここなら防音もしっかりしているし、話が漏れる事はありません。私に話してください。私は……そんなに辛そうな貴方をもう見ていたくないんです……それとも、私は秘密を打ち明けられない程に……そんなに私は信用できませんか?」
彼女は、まるで俺がどこかに行かないよう留めようとするかのように、俺の手を強く握り締めた。以前と違い、有耶無耶にはさせない……そんな彼女の想いが込められている気がした。でも、この期に及んでも、どうすればいいかわからなかった。どう答えればいいのかわからなかった。だって、エレナ達はゲームの世界の住人で、俺はこの世界の外から転生してきて、しかも、別の転生者に貴族を差し出せって脅されているなんて言っても、信じてもらえるはずがないだろう?
今週か来週らへんに落ち着いたら登場キャラ一覧表を作ろうと思います。今後ちょっとシリアスな感じが続きます。




