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10.俺たちの冒険譚その3

「お願いします……誰かお兄ちゃんを助けてください。お母さんの病気をなくすために魔物のいる山に薬草をとりにいっちゃったの。お兄ちゃんが死んじゃう」


 少女の言葉で酒場の空気が止まった。今にも泣きそうな少女に一人の冒険者が声をかける。


「嬢ちゃん、助けるのはいいけどよ、金はあるのか?」

「お金ならあります! ためてたおこずかいがあるんです」


 少女が差し出した手にあるのは何枚かの銅貨、少女にとっては大金かもしれないがその価値はこの店のランチ代にも満たない。


「わるいな、これじゃあ依頼受注の手数料にもならないんだ……俺たちも仕事なんでな」


 冒険者は申し訳なさそうに首をふった。ほかの冒険者たちもかかわらないようにと目をさらした。ここにくればなんとかなるかもしれない。そう思っていただろう少女の顔が絶望にゆがむ。


「あんたたちそれでも冒険者なの!? 女の子がかわいそうだと思わないの? みそこ……んんっ」

「おちつけって!!」


 荒々しく席を立ち冒険者たちに文句を言おうとしたティアの口と体を必死に俺たちはおさえつける。ティアの言いたいこともわかるが冒険者たちに喧嘩をうってもなんもならないだろうが。

 何人かの冒険者たちがこちらを不快そうな目でにらんでいる。まあ、そうなるよな。


「はっはっは、威勢のいいお嬢さんだね、無償で助けろっていうのかい? 君はなにやら私たち冒険者を正義の味方かなんかと勘違いしているのかな? そんな存在は冒険譚の中の住人だけだよ」


 重い雰囲気の酒場に場違に明るい笑い声が響き渡った。声の主はエミレーリオの仮面をかぶった男だ。こいつ聖地巡礼のコスプレ野郎じゃなくて冒険者だったのか。しかしこの声どっかで聞いたことがある気がする。


「私たちは納得できる分のお金をもらいその対価として命をかけて依頼を遂行する。ただの正義感で魔物のいる山に行き一生ものの怪我でもしたらどうするんだ? その少女は責任をとれると思うかい? 私たちに依頼するというのはそういうことなのさ」


 仮面の男のいうことはもっともだ。ティアの言うことは命をかけて仕事をしている彼らに対して、ボランティアでやれと言っているようなものである。善意でやってくれとお願いすることはできても強制は誰にもできない。


「じゃあ、私たちがいくわ。あなたたちには頼らない」

「ティア!? 本気かよ?」


 売り言葉に買い言葉ではないだろうがティアが仮面の男に啖呵をきった。冒険者への憧れが砕かれたのもあるのかもしれない。彼女の表情は怒りと失望に満ちていた。

 仮面の男の表情はみえないが馬鹿にしているのかなんの反応もしない。


「二人はどうするの? 私は行くわよ」


 行くといったら彼女は行くだろう。とめてもひとりで行ってしましそうな勢いである。でも俺たちがいってなんとかなるものなのか? 実戦経験なんてないぞ。

 どうすればいいかわからず俺はハロルドに目で助けを求める。視線に気づいたハロルドはうなずいた。


「そこの人教えてほしいんだけどここらへんにいる魔物は何がいるのかな? ゴブリンらへんかなぁ?」

「ん? 俺か。そうだな。この時期はゴブリンとあとはクマぐらいだよ」

「ありがとう。これはお礼だよ」


 ハロルドは質問に答えてくれた冒険者に銅貨を投げて渡す。


「ゴブリンと熊なら巣穴にでもはいらなければ僕らでもなんとかなるだろう。いいよ、ティア助けに行くとしよう」


 え?まじか。俺は平民を見下しているハロルドのことだから断ると思っていた。しかし二人が行くなら俺も行くしかないだろう。 ゴブリン……知識としては知っているし、ゲームなどでも序盤の雑魚キャラとしてよく登場するが実際戦うとなるとどうなのだろう。


 二人の視線が俺に集中する。ティアは少し不安そうに、ハロルドはどうせくるんだろって表情だ。


「わかった……おれも行くよ」

「二人ともありがとう」


 ティアが満面の笑みを浮かべた。ハロルドはやれやれと肩をすくめている。この二人なんでこんなに余裕なんだ? メンタルつよすぎない? 魔物と会うかもしれないんだぜ。


「あなたのお兄ちゃんは私たちが助けるから安心してここで待っていて。イノシシ食べてていいわよ」

「なかなか重いごはんになりそうだねぇ」

「あーそうだな…この子にミルクをおねがいします」


 少女に兄が向かったらしい場所を聞いた俺たちは手遅れにならないようすぐに旅立つことにした。





 俺たちは町で武器などの買い物を済ませ山を登り始めた。まだ日が沈むには時間があるものの早いほうがいい。


「ティアどうしたんだい? なんか元気ないんじゃないか」

「そうだぜ、さっきまであんなに威勢がよかったのにどうしたんだ?」

「その……二人とも勝手に決めてごめんなさい」


 山を半ばほど進んでなにやら考え事していたのか黙っているティアにハロルドが声をかけた。獣道が多く結構歩きづらいが俺たちは中々のペースですすんでいた。鍛錬が役になっているようだ。


「わたしの中の冒険者って正義の味方とか国が助けれないものを自由に助けるってイメージだったから金のことばかりいってるのをみて許せなかったのよ……」

「まあ、物語はともかく実際の冒険者は騎士崩れや犯罪者スレスレの人間もいるからねぇ」


そりゃそうだよな、実際正義を守りたいとかなら騎士になったりすればいい、あえて冒険者とかを選ぶ人間は一山当てようとか、腕っぷしには自信があるが何らかの問題がある人間などが多いだろう。


「私だって頭ではわかっていたんだけどね……いざあんな風に言われちゃうと頭がカーッとなって……」

「まあ、仕方ないだろ、現に冒険者たちはあの子を助けようとしなかったしな。それよりハロルドがあの子を助けようっていったのが意外だよ、平民嫌いだから見捨てようとか言うと思ってた」

「ん? 僕は別に平民嫌いなわけじゃないよ」


 うそでしょ? なんだかんだ平民はどうのこうのって差別してるじゃん。ハロルドのこの悪癖は何度も直せといったが直ることはなかったのであきらめていたのだが


「僕は平民を嫌ってるんじゃない、下に見てるんだよ。だって僕は貴族だから彼らより偉いんだ。でもね、その偉さにはある種の義務も付随する。例えば僕らがさっきのようにイノシシを食べたりしたお金は平民たちが税として僕ら貴族に収めたものだ。だから平民たちが困っていたら僕たち貴族は自分のできることをして助けるべきだと思う。じゃないと僕らはただ税を奪うだけの屑になってしまうからね。だから僕は自分のできる限りは平民たちを助けるよ。もちろんこの山の魔物がゴブリンではなくドラゴンとかだったら逃げ出したけどね」

「あんた意外と色々考えているのね」


 最後は冗談っぽく笑うハロルドにティアが意外そうな反応をする。確かに俺より色々考えてるんだな。自由に育てられる俺よりもハロルドは色々と親から教育を受けているのだろう。少し意外な一面を見た気がする。


「それよりヴァイスそろそろ火を頼むよ」

「了解」


 山もだいぶ奥に入り生い茂った木々が太陽を隠す。少し暗くなってきたのもあり、俺は木の棒の先に油を湿らした布を巻いたものにむけて火の魔法を放つ。獣除けのたいまつがわりである。気休めかもしれないが何もしないよりはましだろう。


「このまま行けば何もおきないで済みそうだねぇ」

「お前そういうフラグ立ちそうなこと言うなよ……」

「フラグって何のこと?」


 死亡フラグとかそういうことなのだがティアには通じなかったようだ。森を進むとその先に開けた場所があった。そこは一面花畑が広がっておりその中で一人の少年が花を摘んでいる。あれがあの少女のお兄ちゃんだろう。


「おーい少年ここは危ないぞー」

「ん? お兄ちゃんたち誰? 僕は薬草をお母さんにもっていかなきゃいけないんだ」

「あなたの妹さんから聞いてるわよ、偉いけど一人でこんなとこまで来ちゃダメでしょう」


俺たちは少年に声をかけ事情を説明する。少年は自分の行動が思った以上に人を巻き込んでしまい困惑しているようだ。


「ごめんなさい……でもお母さんのことを思ったらなにかしなきゃって」

「それでお母さんを心配させたら意味ないでしょう? ほら手伝ってあげるから早くおりまるわよ」


 少年にやさしく声をかけるティア。とりあえずは一安心といったところか、薬草摘みを手伝い俺たちは下山することにしよう。


「グルルルルゥゥ」

「ティア……イノシシが食べかけだったからってそんなにおなかを鳴らさなくてもいいじゃないか」

「んなわけないでしょ!! 熊かしら」


 少年がみつかり一安心と息をついていた俺たちだったが獣の鳴き声に警戒をする。ティアはとっさに少年を背後に誘導した。熊なら火でなんとか追い払えないだろうか?魔法を使うために集中していた俺だったが違和感に気づく。


「なあ……俺のしってる熊と違うんだが……」


 その獣は確かに熊に似ていた。二本足で立つ巨躯。だが俺の知っている熊とは致命的に違う部分があった。それは腕である。その熊の両腕は鋭く長い爪がある。すでに獲物を狩った後なのか口と爪は血で汚れていた。


「キラーベアーだって……たしかに熊だけどこれはまずいねぇ……聞いてた話と違う」


 キラーベアー。それは普通の熊が戦闘用に進化したともいわれている魔物である。その鋭い爪は鎧も貫き、足は通常の熊より早い。人の足では逃げ切れないだろう。初心者キラーともいわれ、初心者の冒険者のパーティー壊滅原因ナンバー2だ。


 ゴクリと誰かが生唾を飲んだ音がした気がした。いや俺だったかもしれない。少年がいるのだ、逃げることはできないだろう。俺たちは戦うしかないのだ。


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