9.俺たちの冒険譚その2
「今がチャンスよ!!」
ティアのその一言で俺たちの脱走は決まった。まあ彼女がいわなくとも俺かハロルドが言っただろうしね。
二日後の朝オーキス様はお風呂で言ったようにセバスを連れてどこかへ出かけて行った。俺たちも今日は体を休めなさいと休暇をもらったのだがもちろんおとなしくしているつもりはない。
「なんとここはね『エミレーリオの冒険譚』の聖地なのよ。町のほうに行けば物語の舞台になった酒場があるのよ、行きましょう」
「え? まじか! むっちゃ楽しみだよ」
「平民たちの生活なんて興味ないんだけどなぁ……」
「じゃあ、ハロルドはお留守番ね。一人で死ぬまでお風呂でも入ってなさい」
「冗談ですぅぅ、あーすっごい楽しみだなぁ」
俺たちがたびたび話している『エミレーリオの冒険譚』というのは仮面をつけた冒険者エミレーリオが様々な経験を通じ成長をしていくという冒険譚である。俺は知らなかったが彼の冒険はこの町で始まるらしい。そして冒険を重ねオークを倒したり、エルフと仲良くなったり、ドラゴンにさらわれたお姫様を助けて英雄となる。そこまでメジャーではないがそこそこ売れている本である。俺はティアに会う前に話をあわせるために探していたところセバスが持っていたので借りたのだ。セバスが冒険譚を読むとは少し以外に思ったものだ。中身はというと意外と面白く今では俺も愛読者である。
熱狂的なファンのティアはいつか仲間と舞台となった酒場に行きたかったのだろう。さすがに手作りのエミレーリオの仮面を持っていこうとしていたのは俺とハロルドで止めたがとても楽しそうだ。
町はあまり規模の大きいものではないが屋台で色々な道具だったり簡単な食事を売っていたりする、鍛冶屋では職人が作った武器や防具が飾られていたして俺の思い描いていたファンタジーの世界そのものだった。
大通りを歩いているとあちこちで客引きの声が聞こえる。歩いている人たちも普通の住人や冒険者らしき武装した人が入り混じっておりみんな表情は明るい。オーキス様は領主としての能力も高いようだ。
「こういう所は久々に来たけどやっぱり楽しいわね。時々お父様に町につれていってもらったのよね」
「まあ、たまになら悪くはないかもねぇ」
俺がようやく異世界を満喫していると二人も楽しそうにしている。ティアは楽しそうにきょろきょろと周りをみているし、ハロルドもまんざらではなさそうに屋台で買った謎の肉の串焼きを食べながら歩いている。
俺も屋敷だけの生活とは違い解放感がある。というかかなりワクワクしている。たとえるならばチュートリアルが終わりようやくゲームの世界の町を歩きはじめた気分だ。いや実際似たような状況なんだけどね。
「しかし、よくもまあこんな服もっていたねぇ」
ハロルドが俺たちの服をみながらしみじみとつぶやく。今の俺たちはいつもの貴族が着るような上等な服ではなく一般的な平民の子が着るような服装だ、俺とハロルドは質素なズボンにシャツ、ティアは装飾もないシンプルなワンピースである。すべてティアがこの日のために準備をしたのだ。でもこの二人金髪だからちょっと目立つんだよなぁ。申し訳程度にぼさぼさにはしているもののやはり浮いている。誘拐とかされないよね?
一応護身用にもってきたナイフを握るがやはり心もとない。鍛冶屋に飾られている武器をみるとつかえそうなものも結構ありそうだ。金額もそこまでしないしなんかあったときは買っておこう。
何気なく飾られている剣をみていたら反射した刀身に変な仮面の男がうつっていた。こちらをみている? あわてて俺が振り返ると仮面の男は姿も形もなくなっていた。
「どうしたんだい?ヴァイスおいてかれるよー」
「ああ、いまいく」
あの仮面たしか一瞬だったから確証はないがエミレーリオの仮面だったような……
ティアに案内された店は町の少し奥のほうにある古い酒場だった。お昼はランチをやっているので俺たちのような子供でも入っても問題はない。店は中々繁盛しているらしく、席の八割ほどがうまっている。
客層は冒険者らしき武装した人間と俺たちと同様に聖地巡礼をしているらしく本を片手に食事をしている人間も少しいた。てか仮面の男もいるがさっきの男では? いやでも『エミレーリオの冒険譚』の仮面だから別人かもしれない。今は二人組のようだし。
「イノシシの丸焼きをお願い!!」
「あいよ! お嬢ちゃんたち小さいが食べきれるかな?残すなよ」
「じゃあ、僕は紅茶を一杯もらおうかな」
「そんなもんねーよ。坊主」
「く……これだから平民の店は……」
ティアが嬉しそうにぶっきらぼうな店員と話している。ちなみにイノシシの丸焼きは『エミレーリオの冒険譚』でなにかあるたびに主人公達が食べる料理である。
「ずっと来てみたかったのよねー、さすがにお父様をここには呼べないしなにより語れる相手が欲しかったのよ」
「ああ、その気持ちわかるわ。ここが冒険の最後でいつも打ち上げやっている店だよな」
「僕も読んでみようかなぁ……」
盛り上がる俺たちをよそに少し疎外感を感じているのかハロルドが少し寂しそうにつぶやいた。
「今度貸してあげるわよ、絶対はまると思うわ」
「ふっ、仕方ないな。そこまで言うなら暇つぶしに読んであげよう」
「こいつ無視して話つづけましょ」
「そうだな、やはり俺が好きなエピソードはドラゴンを倒したところかな。あの土魔法の使い方はすごかった」
「そうね、あの話はよかったわね。そのあとのお姫様との再会も私は好きよ」
「僕を無視しないでくれぇぇぇ」
なにやら騒いでいる雑音を無視して俺とティアはイノシシの丸焼きと会話を楽しむ。さすがプロの腕前だ。この前の俺たちのとは全然味がちがう。丸焼きとなっているイノシシはすでに切りあとがあり食べやすくされており、肉をとると湯気とともにおいしいにおいがひろがった。香草とのマッチングもとてもいい塩梅である。
「これも美味いけど、二人の作ってくれたやつもまた食べたいわね……」
ティアが頬をあからめながら言った。かわいいなおい、俺たちも不意打ちにつられて顔を赤くする。
「実は僕の誕生日が近いんだ、よかったらティアの得意なもの作ってくれないか?」
「いいわよ、豚の燻製と鶏の丸焼きどっちがいいかしら?」
「冒険者飯ばっかりじゃねーか……いや、ある意味できるのすごいけど」
「肉食すぎない? シフォンケーキが好きな設定どこいったの!?」
「あんなんお母様が考えた設定にきまってるでしょ? なんか文句あるの?つくらないわよ」
「いえ……とても食べたいです」
俺たちの反応にほほをくらませて抗議するティア。いや、肉をさばけるお嬢様ってすげーな。
「そういえばハロルドが考えてたっていう魔法は完成したのか?」
「そうそう、なんかお父様の教えからアイデアを生み出したって来たけど」
「当たり前だろう、みせてあげよう」
ハロルドは得意げな笑みを浮かべ精神を集中させる。
「きゃっ」
ハロルドの目線の先で会計を済まそうと立っていた女性のスカートがめくれた。え? 今のこいつの魔法なの?
「そう、風の威力を極限までおさえて殺傷力をなくし布をめくることだけに……にぎゃぁぁぁぁ」
「しねぇぇぇぇ!!」
ハロルドが言い終わる前にティアの鉄拳が彼を襲った。
「最低な魔法作ってんじゃないわよ!! あやまりに行くわよ」
「なんでだ、相手は平民だよ。それに君たちが僕の魔法をみたいからって……」
「誰かお兄ちゃんを助けてください!!」
俺たちがギャーギャー騒いでいるとドアがはげしく開きと八歳くらいの少女が入ってきた。その顔にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「お願いします……誰かお兄ちゃんを助けてください」
騒がしかった酒場が静まり返り少女の泣き声の混じった声が響く。そして俺たちのはじめての冒険譚が始まるのだった。