8.俺たちの冒険譚その1
馬車で過ごすこと半日たどり着いた屋敷は神秘的な森の中にたたずんでいた。まるでエルフでも住んでいそうな雰囲気である。自然に囲まれた森というのはこんなにも気持ちよく涼しいんだな。
「ヴァイス様、お疲れ様です。馬車はいかがでしたか?」
俺が自然を堪能していると使用人用の別の馬車にのっていたセバスに声をかけられた。オーキス様の使用人たちは慣れているのだろう。早くも屋敷の掃除をするもの、主人たちを迎えるものにわかれそれぞれの役割をこなしている。
「なかなか良いところだな、楽しみだよ」
「そうですな、屋敷とは違う森での鍛錬を考えておきましたので楽しみにしててください。ただここは町に近いので不審者などにはきをつけてくださいね」
特別コースってやつか……セバスが冗談っぽく笑う。しかし町が近いのか……いつもの屋敷と違って警備も少ないだろう。これは鍛錬中にそっと抜け出すのもありかもしれない。ファンタジー世界の町とやらを歩いてみたい欲求はある。
「もちろん、抜け出して町に行くなどは絶対に許されませんからね」
「え? 当り前じゃないか。あははは」
まずいまずいどうやら表情に出ていたようだ。セバスが疑わしい目でみつめてくる。
「ヴァイスにハロルドこっちきてー、案内するわよー」
「あー、今行くー、じゃあティアが呼んでるから。またあとで」
相変わらず疑わしい目でみているセバスからにげるようにティアのほうに向かった。だいぶ警戒されてるな……
三人で屋敷を散策する、心なしかティアのテンションが高い。おそらくだが仲間をこの別荘に招待するのははじめてと聞いたので浮かれているのだろう。もちろん俺もうれしい。
「ここがダイニングルームよ、夕食は基本みんなで食べるけど夜食も作ってあるからこっそり夜中にいってもいいわよ。」
「ここが客室よ、遊ぶものとかもちゃんと持ってきたから夜中に遊びに行くわ。寝ちゃだめだからね」
「ここが浴室なんだけど驚かないでね」
ご機嫌のティアだったが最後に浴室の前で得意げにいった。なにがあるんだろう。
扉を開いていた先にあったのは開けた庭にある大きな木の湯船だった。湯船からは蒸気が出ている。そう俗にいう露天風呂だ。こんなのもあるのか……ちょっと世界観が合わない気がするが日本の旅館の露天風呂を思い出した。
「すごいな、これはなんとも変わった風呂だねぇ」
「でしょー、これはお父様の友人が考えたらしいのよ、なんか露天風呂っていうみたい」
「やっぱりこれだけ広いと男女一緒に……」
「入るわけないでしょ、時間で区切るわよ。馬鹿なの?」
やはり、露天風呂を考えたオーキス様の友人はひょっとしたら未来が見れる友人と同一人物なのだろうか? それなら俺と同じ転生した人間なのではないだろうか?
「どうしたの……? なんか気に入らなかった?」
「いや、すごい風呂だなーっておもって。早く入りたいよ」
考え事をしていた俺を覗き込むようにティアがみつめていた。心配させてしまったようだ。とりあえず今は別荘生活を楽しもう。
この後俺たちはなぜか俺の部屋に集まり、くだらない話をしたり、ゲームをやったり、ティアおススメの本を紹介されたり色々遊んですごした。深夜になり、オーキス様がティアを迎えに来たのをきっかけに俺たちも寝ることにした。
別荘にきたら楽ができる……そんなの幻想でした。いや、セバスに別荘の時用の鍛錬メニュー考えといてくれとはいったが、いつもより全然つらいんですけど。
その理由の一つはオーキス様とティアにある。俺とハロルドはせっかくの別荘に来たので鍛錬はゆるくやって、観光を楽しもうと思っていたのだがティアは違ったようだ。自然たっぷりの環境でしかできないことをやろうと言い出したのだ。冒険者にあこがれているからこそこういう自然たくさんなシチュレーションがうれしいのだろう。でもあのお嬢様は友達と遊ぶイコール鍛錬みたいになってない? いや会うときいつも鍛錬ばかりしてる俺たちが悪いのかもしれないけど
さらに不運だったのが娘に甘いオーキス様がいたことだ。娘の言うことを真に受けてセバスのメニューに色々と追加をしたのだ。なんか避暑地でゆったりではなく、強化合宿のようになってしまった。
いつものランニングは剣を持って森のランニングにかわり、剣術はセバスとオーキス様と交互に打ち合いである。教師が二人増えたことによって休憩時間は減った。だが、強くなるためのチャンスと割り切ろう。時間は有限なのだから
「だめだ……死んでしまう」
ハロルドが疲労で倒れて息も絶え絶えにうめいている。こいついつもぶっ倒れてんな。しかし、無理もないだろう。森は足場が悪いうえに障害物も多い、そしてオーキス様はいつもは優しいが鍛錬になると別人のように厳しかった。カッコつけているが俺ももう立ってるのが限界である。
「踏み込みが甘い」
「くぅ……」
「はっはっはっ、そんなんじゃ生き残れないぞ」
最後までオーキス様と鍛錬を続けていたティアもついに倒れた。この人娘にも容赦ないな。
「うーん、こんなんじゃ話にならないな、しかたないな。三人同時でかかってきていいよ、魔法も使うといい。あ、セバスはそこでみててね」
さすがに舐められすぎでは?ちょっとカチンときた。ティアも同様だったようだ。やってやろうではないか。
「ヴァイス、ハロルド……本気で行くわよ」
「ティアは俺とタイミングを合わせて!! ハロルドは後方から魔法で援護してくれ」
「しかたないなぁ、本気で行くよ」
俺とティアが左右から同時に襲い掛かりハロルドの生み出した三つの真空波が時間差をつけて正面から襲う。タイミングをあわせればさすがのオーキス様もあせるだろうと思った俺たちが甘かった。
「なっ!」
いきなり俺の足元がへこみ足をとられ躓いた。オーキス様の魔法か! ほかのみんなは? と正面をみるときりかかったティアの剣は受け流されハロルドの魔法の軌道上に誘導されていた。
ハロルドがあわてて魔法を消すと同時にティアがオーキス様に吹き飛ばされその軌道上にいたハロルドを巻き込んで倒れていったのがみえた。
「ティア……重い……」
「うっさい……」
オーキス様が目でまだやるか? と聞いてきたが俺はあっさり両手をあげて降参した。悔しいがどう考えても勝てない。てか強すぎるでしょ……
「君たちは模擬戦経験をもっと増やそう。今度からみんなでセバスをぶちのめすといいよ」
「オーキス様!?」
無責任なセリフにセバスが反応する。もっともである、てかセバスうちの使用人だしな。
「あとは魔法をもっと使ったほうがいいな。せっかく使えるんだ威力は弱くともけん制くらいにはなるよ」
「でも……俺たち魔法は基礎訓練ばかりでまだハロルドくらいしかまともに使えないんです」
「そうだね、ティアから聞いてるよ。だから私が応用をおしえてあげよう」
「オーキス様お言葉ですがまだ彼らは学園にも入学していません。応用は早いのでは? 変な癖がついたら困ります。」
渡りに船と食いつこうとした俺だったがオーキス様をセバスが制止した。まともに魔法を使えるのはハロルドくらいでティアは地面を少し盛り上げる程度だし、俺のほうも火の玉をだすくらいである。しかも時間がかかるため実戦ではまだ使えるようなものではない。
「なに考え方を教えるだけさ、例えば私の魔法はティアと同じようなものだよ。地面を盛り上げるのではなくへこましただけに過ぎない。今できることを応用するんだ。たとえばハロルド君だったら風に砂埃をまとわせれば戦略のパターンは広がるだろう? その分コントロールは必要になるが色々ためしてみるといい」
自分なりの魔法……確かに面白そうだ、俺の火の玉もなにかに応用できるだろうか。ハロルドとティアも何やら考え込んでいるようだ。ちょっとした課題ができて今日の鍛錬はこれでお開きとなった。
「お邪魔します」
鍛錬のあとにお風呂に行くとオーキス様とセバスが先に入っていた。ちなみにハロルドも誘ったが考え事があるとのことでへやにこもっている。
「ヴァイス様申し訳ありません、オーキス様に誘われ断ることができず……一緒の湯船につかることをお許しください」
「なーに、お風呂の中では無礼講ってやつさ。このお風呂は素敵だろう、うちの自慢なんだ。君も飲むかい?」
頭を抱えているセバスを横に少し顔の赤くなったオーキス様がワインの入ったコップを俺に差し出した。俺は丁重に断りながら気になっていたこと聞く。てか俺まだ14歳だけど酒飲んでいいの?
「このお風呂を考えたのはご友人と聞いたのですが、以前お話をしてくれた友人同一人物なのでしょうか?」
「そうだよー、あいつは頭が柔軟でね。色々新しい発明のようなものもしていたよ。まあ、結局ほとんどがうまくはいかなかったみたいだけどね」
「懐かしいですね…… 魔法学園内で大富豪とかいうゲームを考えてはやらせたのもあの方でしたな」
二人が思い出話で盛り上がるのをよそに俺は確信する。やはりその友人は俺と同じ転生者だ。大富豪というゲームは俺は学校でやったことがある。
「その友人は今どこにいらっしゃるんですか?」
「彼は今魔法学園にいるよ。入学したら会うんじゃないかな? ああ、それとこの前手紙を書いたときに君のことを書いたら伝言を頼まれたんだ。『俺に用があるなら俺をさがしてみろ』ってさ。名前もおしえるなっていわれたよ」
なぜ正体を隠すのだろう? おそらくその友人は俺と同じ境遇ではないのだろうか。魔法学園に入学したらやらねばならないことができた。
「ああ、そうだ。二人にもいっておいてほしいんだけど明後日は私とセバスは外出するからね。鍛錬には付き合えないんだ。すまないね」
「わかりました。二人にもつたえておきます」
楽しそうに酒を飲んでいるオーキス様をなぜかセバスは呆れた顔でみつめていた。一体どうしたのだろう。外出するなら二日後がチャンスだ。二人にも伝えておこう。そして俺はしばらくティアがいかにかわいいかという話に付き合わされた。