第6話 心を生かす世界
中央魔法科学警察研究所。
異世界スフィアにおける警察及び魔法使いの科警研に当たる。
机の上にはサンドウィッチとバターロールパンが紙皿に並べられており、
久遠彼方はルル・フィリアの研究室で昼食を摂ることになった。
それは地球人である彼方が、この異世界スフィアの説明の続きを聞くためだった。
見渡す限り研究室の奥の机に用途不明の宝石が散らかっており、
それを物珍しそうにぼんやりと見やる彼方は入り口手前に設置された小さなダイニングテーブルの席に着いている。
「熱いので気を付けて下さい。」
そう言ったルルが湯気の立ったカップを渡すと、
「ありがとうございます……。」と礼を言う彼は静かに口を付ける。
それを見たルルは席にカップを置いて椅子に座ると、
ポットに立て掛けられていたティースプーンを使って砂糖を珈琲に入れる。
コーヒーをかき混ぜるルルはゆっくりと顔を上げると、
「では、お話の続きをしましょうか……。」と言って手を止めた。
「……まず地球から来たカナタさんを混乱させないためにも、
この世界には魔法があるという説明だけで終わってしまいました。
なので、次はこの世界の人々との考え方。
つまり価値観や常識などの違いを説明したいと思いますが……。
簡単に言ってしまうと私達には宗教的な価値観に基づいて人々が独自に行動することが許されています。」
「宗教的な価値観………?」
「はい。それは命よりも心を大切にしなくてはならないというものです。
つまり、先程魔法使いの人達が噴水の広場で怪人の対処に意見が割れて言い争っている様に見えたと思います。
でもあれは人の命を守ろうとしていたのではなく、人の心を守る為に人々の命を守ろうとしていただけなのです。」
建前という話だけでは当たり前のことだった。
地球でもそんな倫理観は守られていない綺麗事だと自覚できていても、
建前という常識の中で生きていくにはあまりにも当たり前である話だった。
しかし、当たり前の様で当たり前ではない。
実際には人の心を守る為という建前ではなく、人の命を守ったという結果が求められるからだ。
至って真面目な顔付きのルルは袖をまくり手首に巻いたブレスレットのハート型の宝石を見せながら言った。
「その為に私達、魔法使いは常にこれで心の状態を確認します。
先程はアレセイアには人の記憶を見ることが出来る力があるとだけ説明して終わりましたが、
この宝石は人間の脳から送られる強い電気信号によって記憶を見せます。
その電気信号の正体が人の意識です。強い情念だとか、意思の強さと言った方が分かり易いと思います。
要はアレセイアが人々の心の状態を意識の内から引き出してくれることで、
これを持っている私達も意識的に自分の心を守ることが出来るということです。」
「なるほど、だから地球でこれをくれた女の人が御守りだと言って渡してくれたんですね。」
そう言って自分の首に掛かっている鎖を持ち上げて宝石を見詰める彼方。
「そうです。それを渡した女性はミカ・プラグマという私達と同じ魔法科学研究所の一員です。
彼女は事件を起こした地球探査員のロック・チャイルド氏の動向を追って地球で怪人に関する情報を集めていました。
ですが丁度、カナタさんと接触した時点で死亡したカナタさんにブレインギアを譲渡して消息を絶ちました。
恐らくは事件について何らかの情報を掴んだ為に、
ブレインギアに内蔵されたアレセイアに自分の意識を情報として残しているのではないかと推測しています。」
突飛にも聞きなれない単語を耳にして彼方は「ブレインギア?」と呟く。
すると彼女は彼の腹部を指差しながら伝えた。
「カナタさんが地球で怪人に殺された時に体内に吸収されたベルト状の装置のことです。
それは本来、50年前の戦争に用いられた戦死した兵士を一時的に蘇らせる生体兵器です。
ミカさんはベルトに内蔵されたアレセイアの力を用いて地球の怪人を対処していました。
ですが、死から蘇った人の寿命は約10年程度で、内包された力を使うごとに1年分の寿命が縮みます。
だから間違ってもブレインギアの中央部にあるスイッチには触れないで下さい。
私達がカナタさんの身の安全を保障していられるのは、10年近くの寿命が保たれている間だけです。
それと同時に恐らくそのスイッチである宝石にはミカの意識が宿っています。
つまり、カナタさん。地球やこの世界で起こっている事件の真相を知るには貴方が生きている間に限られています。
突然、不安を与える様な事を言って申し訳ないのですが、私達は貴方の身の安全を守る為に力を尽くします。
その為にもこれからもそのアレセイアのネックレスだけは手放さないで下さい。
どんなに不安な事があっても必ず貴方自身を正しく導いてくれますから。」
懸命に説明し、真摯で真っ直ぐに訴えかける様な彼女の瞳。
「…………ありがとうございます。ルルさん。」
彼方は徐に頷きながら優しく微笑んでいた。
「えっ…………?」
自分の余命があと10年足らずだと告げられたにも関わらず彼の落ち着いた反応に対して彼女は思わず声を漏らした。
「俺にとって……この世界の人達と関われたことが凄く新鮮なことでした…………。」
思い返す彼方の脳裏にはふと、噴水広場で各々の行動で言い争っていた魔法使い達の姿や青い宝石で変身した茶髪の少女の姿。
そして妙に自発的な行動力のあったカズラという少年の顔が過り思わず肯定する様に頷きながら答える。
「……この世界の人達は人との接し方がとても丁寧、というか。
とても親切で優しい人達なんだな、という印象でした。
でも俺の国では大人になると自分の意思だけでは行動してはいけない様にインプットされたプログラム通りに行動していたので。
人を守る為にあれだけ自分の意見を言い合ったり、
自分なりに人を助ける為に行動していられる姿を見て……実は凄く嬉しく思っていたんです。
だからルルさんからこの世界の人達が人の心を大切にする人達だって、
話を聞いてこの世界に来れて良かったんだなって思っています。
だって、俺も地球の人達にそうあって欲しいと、今でも思っていますから……!」
緩みきった口元でそう言った彼方。
自らの現状を理解させるためではなく、心の底から現状に満足して安堵しているかのように。
率直な気持ちを伝える彼にルルは安堵よりも先に異世界スフィアの人間としての返事をする。
「……そんなことはないですよ。
この世界も同じなんです。
確かに地球ではトランスヒューマニズムによる人間個人の意思や思想を統一させて社会を統制させています。
でも、貴方の様に1人の人間としての意識を持っている人達だって同じことを願っている筈ですよ。」
諭すように優しく微笑みかけたルル。
「この世界も……地球の人達も同じ――――」
穏やかな口調で彼女が言葉を紡ごうとした、その瞬間。
ピリリリリッ!!!!とけたたましく着信音が鳴った。
ルルの懐から、その高く響いた音に驚いて口を閉じる。
「すいません……少々お待ち下さい。」
懐からストレート型の携帯電話を取り出すと表面に取り付けられたボタンを押して、
耳元に運びながら応答する。
「はい。フィリアです。」
通話を始めたルルは優しい面持ちから真面目な顔つきに変わると、
「はい。」と返事をしながら神妙な面持ちに変わった。
真っ先にルルは「どうでしたか……?光弾銃の方は?」と訊ねる。
すると相手側からの返答に「そうですか。それは良かったです。」と安堵した様子で返事をする。
そして相手から何かを要求された様子のルルは「光線銃ですか?駄目です。未だ調整が難しくて……とても街中で使用できる段階ではありません。」と答えると「はい……、はい。分かりました。では、こちらで溶解弾を用意しておきます。」と言う。
用件が済んだのか「はい。……はい、お気を付けて。では、失礼します。」と言って、
耳元から端末を離すとコートの懐に仕舞いながら彼方を見て言う。
「カナタさん。
申し訳無いのですが……優先しなくてはならない仕事が出来てしまったので、少しの間だけ待って頂けますか?」
申し訳なさそうに「すぐに終わりますので……。」と付け加えるように言うルルに対して彼方は両手を前に出しながら言った。
「いいえ!怪人だって出てきているんですから、気にしないで下さい!」
「本当にすいません……、実は……。
蜘蛛の怪人が作った蜘蛛の糸を安全に溶かす弾薬が今以上に必要になったようでして。
普段ならこの部署の開発メンバーは私と合わせて4人だったのですが……。
怪人関連による合同捜査の一件で今は私しか開発部の研究員が残っていない状態なのですよ。
だから、カナタさんにこの世界の説明をできる人間が私しかいない状態でして……。」
怪人による騒動が起きている最中、加えて異世界地球からの来訪者である。
これまで彼女1人でこの異世界人、久遠彼方に付きっ切りで説明と案内を任されていたのはこの為だった。
つまるところ、人手が足りていない。
「ああ……成る程、だからルルさんが付きっきりで説明をしてくれていたんですね。」
地球人である彼方は漸く自分が置かれている状況を認識する。
「あの……本当にすいませんでした。ルルさん。
こんな大変な時期にこの星に来ておいて、勝手な行動をしてしまって……。
始めからルルさんは事情を分かっていて説明してくれていたのに…………。」
それらを知ることよりも先に個人的な感情で身勝手な行動をとったのだ。
両手を膝に置き、深々と頭を下げて改めて謝る彼方。
「それはもう、気にしないでください。」
対して、何度も謝られる彼女は困った様に笑みを浮かべながら顔を上げた彼を見て言った。
「誰だって未知の脅威に晒されれば気が動転しますよ。
寧ろ………本来なら巻き込んでしまったカナタさんを、
私達が部署全体で保護して安心して貰うことの方が重要だったのですが……。
不安にさせてしまって申し訳ないです……。」
逆に謝る彼女には研究員という以前に、魔法使いという人々の心を守る立場の上で社会的な責務がある。
例え心を守る必要がない地球人であったとしても、互いに理解を示さなくてはならなかったからだ。
そして今やっと互いの認識に一段落ついて彼女も改めて詫びたのだ。
それらをやっと承知した彼方も「じゃあ俺も!気にしないで下さい!」と笑いながら声を掛ける。
「今、ルルさん達の時間を奪っているのは俺なんです。
でも、出来る事なら今後もきちんと知っておく為にも関わっていきたいのは変わりません。
だから、邪魔じゃなければお仕事を見せて貰ってもいいですか?」
それを聞いて安堵した様に頬を緩ませるルルは、
「良いですよ!では、隣の部屋に移りましょうか。」と頷きながら促した。
「はい!」
返事をした彼方は皿の上に置いてあったロールパンを口に詰め込むと、急いで食べながらルルの後について行った。




