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魔法少女と鎧の戦士  作者: 森ノ下幸太郎
第2章 双尾の人魚

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第10話 波乱の予兆





 12時09分。中央魔法科学警察研究所。


「もしもし。ヒイラギ警部。


 私です。麻痺弾が完成しました。」


 白衣を着た職員と童話に登場する魔法使いの様な恰好をした人々が、

 各々の席でパソコンの画面や書類を基に作業をする中。


 三角帽子を被った金髪の少女ルル・フィリアは研究室の傍らで

 ガラパゴス型の携帯電話を片手に通話をしている。


「そうか……!


 いや、助かった。これで捕獲作戦には乗り出せる。」


 ヒイラギの安堵した様な声が返ってくると、

 ルルは早足で席に着いてモニターを眺めながら説明する。


「今朝送っていただいた魚の鱗を基に炸裂弾を開発しました。


 怪人の外皮にあたる鱗ごと破砕することを前提に作られた、

 即効性の高い神経毒を充填した弾丸です。


 つまり……それが体内で炸裂すると毒性の成分が皮下組織に浸透し、

 筋肉を即座に収縮させることによって全身を急速に麻痺させます。」


 それを聞いた通信先のヒイラギは、

「一発あたりの致死性は?」とすぐさま質問をする。


 捕獲を前提とした射殺命令が下されている現在の魔法使いは、

 強行策とはいえ安易に対象を殺傷する訳にはいかない。


 無闇に刺激して混乱による反撃を受けた時点で、

 民間への被害を避ける為に射殺に移行してしまうからだ。


「人間なら1発でも致命的ですが……正直、

 私達も怪人に対してのどれ程の効果があるのかは試してみないと分かりません。


 彼らには麻酔が効かないことは実証済みなので、

 最低でも2回以上着弾させることを想定しています。」


 作戦の破綻による2次被害を危惧する魔法使いの彼らに対して、

 それらを考慮している彼女は画面に表示された拳銃と弾薬の設計図を眺めながら詳細を伝える。


「……ですが。たとえ効き目が弱かったとしても、

 今回の検出された鱗からは彼らにも身体的な構造上に、人間の体組織が残っていることを確認できています。


 人体構造が異常に変化していないのならば、一時的に活動を停止させて捕獲することは可能な筈です。」

「了解。立て続けに事件が起きたとはいえ、手配が速くて助かった。


 他の部署にもよろしく伝えておいてくれ。」


「はい。それと先程、輸送班のツツミグサさんが受け取りに来たので、 そろそろそちらに届くと思います。


 光弾銃にカートリッジを装填すれば麻痺弾が発射される仕組みになっていますが、

 炸裂弾なので非常に反動が大きいです。くれぐれも気を付けて使って下さい。」


 一通りの説明を終えて通信先のヒイラギは、

「ありがとう。やれるだけのことはやってみる。」と礼を言って通信を切った。


 すると通話の終了の様子を見計らったように、

 白衣を着た青年が研究室に入って来ると「ルルさん。」と呼び掛けて歩み寄る。


 振り返りながら「はい?」と返事をするルルの席まで来た彼は、

「例の遺留品の解析が終わったのですが……、少々よろしいでしょうか?」と訊ねる。


「えっと……、機能の修復が必要だったのですよね?


 解析の方も、終わったのですか?」


 彼の確認にルルは思わず身を乗り出す様に見上げると、

 青年は「ええ。機能は問題なく再起動しました。」と相槌を打って答えた。


「ロック・チャイルド氏の捜索に向かった捜査班の物と一致しました。


 やはりあれは転送装置です。」





 12時20分。特殊実験棟 第4研究室。


「あの装置を解析する上で大方分かった事は、我々が用いる様な人工ワームホールにおける重力レンズ効果の利用ではなく、

 高周波と高電圧による小さな加速器的な機構や電磁場を発生させる機能が施されていたことです。」


 機材に固定されたゴルフボール程の大きさの球体に見受けられた内部構造から引き起こされる現象が、

 空間に人が通れる程度の大きさを維持した黒い球体を現出させている。


 それは以前、久遠彼方が惑星スフィアに転移する時に用いられた装置から発生するもの。


 彼等がワームホールと呼ぶ現象だった。


「これはワームホールによる空間移動を高速化させること目的としています。


 片方のワームホールを一時的に光の速度まで加速させることで、

 一方だけの時間が進み、もう片方の時間はあまり進んでいない状態が起きます。


 つまり経過した時間の差を創り出すことで通過可能とする従来のワープではなく、

 疑似的なテレポーテーションを可能としている事です。」

「テレポート……!


 それではあの装置は私達が取扱う転送装置とは性能が全く違う物だということですね……!」


 ワームホールと呼ばれる黒い球体を囲う様に同心円状に捲かれた6つのコイルが、

 放電用の空間に黒い球体をそれぞれ1組で2つずつ挟む様に配置されている。


 まるで空間に浮かんだ黒い球体の周りに電流が誘引される様にコイルから、アーク放電が継続的に引き起こされていた。


 空芯式の共振コイルに、スパークギャップを用いた大きな共振変圧器の電気回路。


 装置は高周波の電流を生成し、電力は徐々に放電現象を引き起こすことで、

 モニターには一次コイルから六次コイル上に見られる複数の共振周波数が表示されている。


 紫色の放電はまるで空間に出現した黒い球体を形成した磁場で引っ張り上げて形を維持するかのように、

 電子の動きをはっきりと視認することが出来ていた。


 電流レベルを維持しながら高電圧を持続させることで、黒い球体の様な穴は大きさを変える処か、消失する様子は見受けられない。


 彼等は一時的にワームホールを空間に固定し、大きさを維持させることを可能としていた。


「我々は真空エネルギーによる反重力の利用によってトンネルを維持しているのではないかと推測しています。


 往来の人工ワームホールは重力の強さの差で通過する人が潰されない様に潮汐力が小さい巨大な穴である必要があります。


 ですが、この人工ワームホールにはそもそも潮汐力の影響を全く受けていません。


 何よりもこの装置は瞬時に時空に穴を空けて、穴を空けた状態を維持させることができています。


 再起動して、展開する前は装置の設計上、磁場を外側からは検出されることがありませんでした。


 恐らくワームホールを維持する上では、

 真空エネルギーを放出し続けることで重力を局所的に操作する為の機能が備わっていると考えられます。」


 説明を続ける中で2人は黒い球体を形成する装置の手前まで歩み寄る。


 事件現場の水路に浮かんでいた遺留品。


 ゴルフボールの様な球体だった装置は外装を前面に突出して隙間から内部構造が垣間見えた。


 球体の中に円柱の様に丸めた磁性体のシートの様な機構が張り巡らされ、

 強磁性のある面で覆われた内部は超伝導体の層となっていた。


「ただ、このワームホールの出口について如何にして操作しているのかは検討もつきません。


 恐らくは、入口と出口の2つの穴をそれぞれ別の場所にいる人間が空けたものだと推察できます。


 これが正しければ、2つの穴が維持されている状態が持続すれば、あの装置を利用する人間の居場所がそのまま特定できるということです。」

「それならやはり、事件に関与する人物の動向を探れるかもしれませんね。


 早速、準備に取り掛かりましょう!」


 彼女の呼び掛けに「はい!」と頷いた男性は球状の機械に目を向けた。



「えっ…………?」


 外装を突出し、内部からの磁場を放出していた筈の機械は起動を停止していた。


 それどころか、固定されていた筈の機械はふわりとその場から勝手に空中を浮遊し、


 電磁場に伴う電流が途切れてワームホールに向けた放電現象が消失していた。


「……何か変だ!電力供給!停止して下さい!」


 機材の奥で「はい!」と複数の研究員が返事をすると円柱の内部にあるモーターの駆動が緩やかに止まり、

 放電の為に用いられていた上方の金属球に送り込まれる電荷が滞る。


 瞬く間に蓄積した電荷が途絶えた金属球の放電が止まるとコイルの稼働は完全に停止していた。


「何故だ!?電力は止まった筈なのに……!?」


 慌てて独りでに宙を浮いたまま移動し始める球体に駆け寄って手を伸ばした男性。


「待て……!何故、飛んで行くんだ!?」


 するとその時、前に進んでいた筈の男性の身体は何かにぶつかったかの様に立ち止まり、打ち付けられたかの様に大きく仰け反って後ろへと下がった。


「うぅぅっ……!?」


 一歩手前で腹部を抱えて蹲り、呻き声と伴に膝を着いて倒れ込む男性。


「……シナノキさん!?」


 直ぐに追い付いたルルは彼の名前を呼んで彼の背を支える様にして屈んだ。


 血走らせた目を見開いて、か細い呼吸で息を整えようとするシナノキは、

「っ……目に……見えない、……何……かが……っ!」とルルの目を見て声を絞り出す。


「……っ!」


 訴え掛ける様な彼の形相に立ち上がったルルは宙でふわふわと浮かぶ丸い装置に向けてブレスレットを掲げると、

 ハート型の宝石は青く光って辺りを照らした。


 すると慌ただしい物音が目の前でドタバタと向かったと同時に目の前に白い外套を身に纏った怪人が左手に持った帆型の盾を頭上に掲げていた。


「なっ……!怪人っ!?」


 予想外の怪奇現象の正体に彼女は一歩引きさがって身構えようとするも、

 先に盾を振り下ろしていた怪人の盾に頭部から押し倒される。


「ぐぅぅう……っ!?」


 呻き声と伴に彼女の帽子が床にずれ落ちると横たわるルルは視界に入った鉄靴を見上げてバケツを逆さにした様な頭部を見た。


「こいつを直してくれたことには感謝するが、お前等にやるつもりはねぇ。


 これは俺の落とし物だ。返して貰うぞ。」


 右手に持った球状の装置を見せ付ける様に掲げながら髑髏の様な彫刻から声が発されると、

 機材の奥から向かって来た3人の研究員は持ち出した銃を構えて取り囲む。


「――――その話が本当なら南区の事件現場で暴れていたのは君だな?


 目的が昨日の蜘蛛の怪人の様に地球に不満があるのなら、今は我々を信じて投降してくれないか?


 君達が地球人だと言うことは我々も分かっている。


 だが、凶行に及ぶ者には射殺命令が出されている。

 互いに無意味な争いをする必要はない。


 他の地球人の為にも合理的な判断を選んで欲しい。」


 長い白髪を束ねた老齢の男性研究員は1度向けた銃を降ろして告げた。


「……洗脳されているお前等に従うことが合理的なのか?」


 冷たく突き放す様な返答に老齢の男性は一瞬間を措くかのように頷いてから答える。


「君達が何をどこまで知っているのかは知らないが、それはそう思うだろう。


 だが、我々が洗脳された上で決断していることには間違えのないことだ。


 違うかね?」


 言葉の終始に付け加えられた問い掛けに怪人は「へはははははっ…………!」と可笑しそうに笑い声を上げる。


「そう思うのなら、今は俺に構っている暇は無いんじゃあないのか?


 この街が今、どうなっているのか知っているんだろう。


 このまま被害がデカくなっていけば、俺一人に構っている余裕なんて無かったことになるんじゃあないのかぁ?」


 そう言って背を向けた怪人は黒い球体に向かってズカズカと歩いていくと、

 老齢の男性は「ならそれは、何処に繋がっていると言うんだ?」と訊ねる。


「この騒ぎを起こしている奴等の処だ。」


 返事だけをして真っ黒い虚の前に立った怪人の答えに目を見開いた男性は、

「…………!成る程、南区の被害は君達の内輪揉めだったということか。」と声を漏らすように言った。


「お互い、邪魔者同士。甘えたこと言ってないで存分に殺し合えばいい。」


 赤い眼光で睨み付ける様に十字の仮面を向けてそう言い残した怪人は虚の中に入り込むと、その全身ごとすり抜けていくように視界から消え去った。


  虚空の闇に十字怪人が消えた途端に、静かに銃を降ろした3人は倒れた2人を見兼ねて駆け寄ると、老齢の男性はルルの背を支えると額から血を流す彼女が薄っすらと目を見開いた様子を見る。


「誰か!直ぐに本部に連絡を取り、救急を要請してくれ!!!!」


 周囲に向かってすぐさま大声を上げる男性に機材の向こう側から顔を出した白衣の女性は携帯電話を口元から離して、「既に通報済みです!今!救急隊が向かっています!」と返事をした。


「シナノキ!……おい!シナノキ!大丈夫か!?」


 隣で身体を揺らして介抱する男性は頭と鼻から血を流す彼に呼び掛ける。


「私は、大丈夫です。ワームホールは……?


 まだ、維持……出来ていますか……?」


 その声に背を支えていた男性は安堵する様に一息吐いて黒い球体を眺めると、「まだ、大丈夫だ。無駄にはしない。」と伝える。


 そのやり取りを隣で見ていた男性は徐に虚の様にぽっかりと空いた穴の様に空間に浮かぶ球体を見詰めると徐に呟いた。


「奴等……ということは彼の狙いは……やはり、

 目撃された人魚の怪人とその協力関係にある者を殺すことなのでしょうかね?


 それに……我々があの転送装置を修復していたことを分かっていて委ねていたのなら。


 いつから彼は、この研究所に潜んでいたのでしょう…………。」


 機材の奥で携帯電話を片手に通話する者や、慌ただしく機材をチェックし、稼働を試みようとする中。


「…………いったい、……何があったんですか!?」


 いつの間にか開いていた研究室の扉の前で、困惑して上擦った様な大声が響いた。


 落ち着いて状況を纏めていた彼等が視線を向けた先には、背の高い地球人の少年。


 目を見開いて動揺に満ちた表情が浮かべる久遠彼方が、騒然とした辺りの空気を見渡していた。





 12時20分。メルフィオナ 南区 南水路。


 南区の入り口に該当する住宅地に通った水路。

 西区への水路を塞ぐ様に岸壁に横づけして停船した2艘の警備艇。


 そこを岸辺から見下ろす様に待機する黒い制服の人々。


「遊撃班は基本的にバイクで誘導し、警備艇と連携してシールドランチャーによる包囲網の展開。


 その後、待機中の部隊が特殊弾を使用する。」


 6台の水上バイク停留している桟橋の前でヒイラギによる現場指揮の下、

 計6名の遊撃班はその手前の護岸で作戦内容の再確認を受けていた。


「南区の誘導が成功次第、遊撃班はここから中央区行きの水路を拠点に、

 中央区の水門まで怪人を追い込んでもらう。」


 ヒイラギは住宅地の隣接した建物の間の路地を指差して言う。


「住宅地の路地裏の水路に入り込まれたとしても、どのみちこの先は一方通行だ。


 寧ろ、そこから迂回されてしまう可能性がある。


 その場合、路地裏に入った時点でそのまま追跡し、

 怪人に迂回させない為に路地の中を真っ直ぐ進む様に誘導して欲しい。


 最後にもう一度、作戦の確認をするが、今回はあくまでも怪人の捕獲が優先されている。


 万が一。特殊弾が効かなかった場合。本部からの通達どおり、

 市民の安全を優先して怪人の射殺に移行することになる。


 だが、昨日の怪人のように記憶の断片を見られるかもしれない。


 かなり強引な捕獲作戦ではあるが、

 怪人が行方不明者であることを想定して街への被害が拡大する前にも出来る限り身柄を保護する体制を維持したい。


 状況的にも大変なのは承知の上だが、最後まで諦めずに協力して欲しい。


 それまで各自所定の位置で待機していてくれ。」」


 一斉に「了解!」と返事をしてすっかり膝元まで冠水した岸辺から出て各々の乗り物へと向かって行く。


 怪人捕獲作戦の体制を整えた魔法使い達が各自所定の位置で待機している中。


「警部……!」


 水を掻き分ける様に向かって来た制服の男性、ツツミグサは素早く敬礼して伝達する。


「特殊弾の配備が完了しました。


 中央区の部隊は、各班に別れて武器周りの確認中です。」

「ご苦労様。管轄外のルートから帰還してくれ。」


「東区の警備艇からの連絡によると霧を発生させた波が巡回経路通り、

 真っ直ぐに南区の水路へと向かったそうです。


 もう間もなくこの南水路に入ってきます。」

「よし……ここで上手く誘導できれば、


 中央区の水門で包囲することが出来る。




 このまま作戦通りに動くぞ!」





 12時31分。中央魔法科学警察研究所・第4研究室前。


「君が地球で1度殺された時、記憶の映像に残っていた甲冑の怪人に酷似していた。


 以前より武具を揃えている身なりをしていたが、あの独特な笑い方や低い声色は我々の記憶にも新しい。


 アレセイアで我々が見た記憶とも照合すれば、

 映像として君の記憶がこちらのデータに残っている以上、間違えようは無いだろう。」


 防災用のストレッチャーが組み立てられ、ルルとシナノキがそれぞれ複数人で運ばれて、その上に寝かされる様子を眺めて老齢の男性から事情を聴く久遠彼方。


「2人とも頭部を殴られて意識が混濁していますがもうじき、救急隊も来ることでしょう。」


 研究員の一人がそう答えると、彼方は担架に横たわるルルの傍へと歩み寄った。


 彼女の帽子は傍らに置かれ、乱れた金髪が赤く滲んで額に貼りついている。


 青く光るブレスレットが、かすかに脈打つように点滅していた。


「……また、あの怪人が……。それも今度はこの世界の人達を襲っているなんて…………。」


 彼方は静かに言葉を漏らすと、周囲の研究員たちに向き直った。


「俺、あの怪人を追います。」


 研究員達は思わず耳を疑ったかのように顔を上げると、彼に向けて言った。


「何を言っているんだ……!聞いただろう!?

 今、この街で起きている騒動は彼等が起こした事件なんだ!


 怪人は一人じゃない!

 あの怪人を含めた仲間割れによる争いに君が飛び込んでどうなるというんだ!


 殺されるだけじゃないぞ!


 地球人である君が事件に加わることで、また怪人に対して周囲への認識がより脅威なものとして見做されるんだ!


 それを君は――――!」


 事態に悪化に捲くし立てる様に叱る一人の男性は率直に、そして現実的に事態の深刻さを伝えようとする。


「――――それでも!今は、怪人達の争いを止めなくちゃ!


 また誰かが傷付くことになるんじゃないですか!」


 しかし、言葉を言い切る前に彼方は言い放った。


 生意気にも、分不相応に。ましてや彼は、来訪者。


 彼等からしてみれば異世界からの宇宙人なのだ。


 当然男性は、「カナタ君!君はぁ……!」と声を荒げた。



「待て、話は聞こう。」


 老齢の男性は混乱を招かない様に遮った。


 大人しく押し黙る男性と老齢の男性の目を見て頷く彼方は静かに答える。


「さっき。病院で昨日の事件に巻き込まれた被害者の子と会って、話をしていました。


 彼は地球でもまだ年齢的に子どもとして扱われるような幼さを持っている筈なのに、

 彼は大人よりも我慢強くて正しい心を持っていました。


 彼は言っていたんです!

 誰かが守るんじゃなくて皆が守っているから――――って!


 自分の周りの人達が皆を守ってくれているから人を守ることが出来るんだ、って。


 誰かを助ける為に、誰かと協力しなきゃ、誰も助けることなんて出来ないんだと、そう言っていました。


 そんな俺は彼とは違って、昨日の怪人を殺すことを決心していました。

 それが、人を守ることなのだと信じて…………。


 でも、そんな考え方は間違っていたんだ、ということに彼は気が付かせてくれました!


 それは俺が自分の心が傷付かない為の納得させる理由だったんだと!

 俺は自分の居場所や立場を守る為に、暴力を振るっていただけなんだと!


 だからもう、そんな独り善がりな気持ちでは戦いません!人を守る為に戦います!」


 辺りを見渡して演説する様に言い放つ彼の気迫は真剣そのものだった。


 困ったことに、彼等も、彼が嘘を吐く様な人間じゃなければ、

 人を意味も無く傷付けられるような人間ではないことは知っている。


 ただ、それ故に、余りにも未熟で幼い。どこまでも純粋なのだ。


「では、具体的にどうするというのかね?」


 思わず押し黙ってしまった一同だったが、老齢の男性は落ち着いた口調で訊ねる。


 静かだが冷静な問い掛け。その背後では、黒い球体。


 ワームホールが空間にぽっかりと穴を開けたまま、佇む様に浮かんでいた。


 老人の穏やかではあるが、平静を保った真っ直ぐな瞳に「はい……!」と静かに返事をすると、彼方はスッと立ち上がって見渡す様に言った。


「今度は、皆と一緒に事件を解決したいんです。

 昨日、彼が自分の身を挺して街の人達を危害から守っていた様に。


 今度は独りの力じゃなくて、魔法使いの人達や、この街の人達と協力を出来る様に……!


 誰かの心を守る為に、皆と協力して事件を解決したいんです!


 それが、俺がこの世界に来ることが出来た理由だと思うからです!」


 演説めいた決意表明。だが、彼は。今回ばかりは間違ったことは言わなかった。


 自分の為ではなく、周囲の人間の為に人の心を守る。


 それを自分の言葉として真っ直ぐに説明できた彼に老人もゆっくりと立ち上がり、

 彼の肩にそっと手を置いて言った。


「…………決して無理をせず、気を付けて行ってきなさい。」

「――――!…………ありがとうございます!」


 パッと目を一瞬見開いて驚く彼方だったが、すぐさま彼に深々と頭を下げて礼を言った。


「ユズリハさん!良いんですか!?」


 黙ってみていた他の研究員が声を上げる。


 ユズリハと呼ばれる老齢の男性はただ静かに頷く。


「最終的な意思決定は彼が行うべきだ。

 我々が合意の上で、意向を把握したことにすれば良い。



 それに、この機を逃せば、あのワームホールを自然消滅してしまう。

 加えて、水害で被災している様な状況で、人為的にあれを維持できる程の電力供給はこの街には無い。」


 黒い球体に向かい出していた彼方は、ワームホールの前まで近づいた。


 暗闇の虚は、ただ静かに、そして無機質に微動だにせず、

 底知れない空間の内側を見せ付けている。


「ぁっ……か、カナタさん……!」


 聞き覚えのある震えた声が響くと、思わず彼方は振り返った。


「ル、ルルさん……!?」


 災害用の担架の上で上体を起こしたルルが彼に向かって呼び掛けていた。


「……貴方の気持ちは、私もカズラ君の気持ちを通して理解はしているつもりです。


 でもやはり、無茶と無謀は違います。


 だから……、加速装置だけは、使おうとしないで下さい!


 本当に貴方が、カズラ君や、他の人達の心を守りたいと思うのなら、

 意味も無く自分を犠牲にするようなことはしないで下さい……!」


 振り返った彼方は思わず彼女に謝っていた。


「……ルルさん!すいませんでした!毎回、引き止めて貰っているのに!


 勝手なことばかりして!反省できていないのは理解しています!


 でも、自分が正しいと思うことをやりたいんです!

 次は自分じゃなくて、誰かの為に!


 だから行きます!」


 再び頭を下げる彼方は、黒い球体と向き合うと一歩前へと踏み出した。


 残された研究員たちは、騒然と立ち尽くしていた。


「やはり、行ってしまいましたか。


 彼は幼い頃の体験が強い障害となっているようですが…………。」

「失敗作……などと呼ばれながらも、

 彼は我々の様に短絡的になることもありますが、合理的ではありません。


 我々は彼の事を断片的にしか知りませんが、どこまでいっても人間的で感情的ですからね。


 それ故に、彼は我々と少し似ているのかもしれませんね。」


 口々に語る一同にルルは「それでも彼は、幼心で語っていた訳ではありません。」と言った。


「彼は自分の体験を通して自分の考えを行動に変えようと努力しているんです。


 私達が、怪人に対しての対応を改めようとしている様に、

 彼もまた、自分を変えようと努力しているのだと私は思います。」


 その意見に黙って頷いていたシナノキは黒い球体に目を向けながら問い掛ける様に呟いた。


「それが人の信頼を守り、支え合うことに繋がれば良いのではないかね?」


 彼等の言葉は、合致した心が、久遠彼方の決意を受け止めたかのようだった。





 12時31分。メルフィオナ南区・三叉路。


 濃霧が薄らぎ始め、降り始めた霧雨によって水面に波紋が広がる。


 水路の奥から、人魚の様な影がゆらりと現れると、

 船舶用のサーチライトで岸辺から先に続く南区の水路を監視していたヒイラギが無線機に向けて大声を上げる。


「接近確認!来るぞ!


 作戦通り、ここで取り囲む!

 遊撃班は装着員のアヤ以外、怪人の明確な意思を確認するまで待機!」


 岸壁に横づけしていた2艘の警備艇は既に西区への水路の真ん中に停泊して塞ぐ態勢を固めていた。


「シールドランチャー、発砲用意!


 三叉路に入り込む直前にはバリアを展開して!進路と退路を塞げ!」


 彼の指示に警備艇から擲弾発射器を取り付けた拳銃を構えて煌々と照らされた水路の先を見て。


 ザバザバと波打つ程の速さで直進してくる人影を作った尾鰭を見た。


「撃て!」


 人の身体を持ちながら水の中で止まることを知らない勢いに思わず彼等は引き金を引いていた。


 擲弾と伴って発射された青い光の弾はボッっと火薬による爆発音の様な音と伴に閃光を放った。


 彼等の手前側。西区の水路の入り口に向かって落下した弾は、

 水中で光を膨張させると、それが瞬く間に壁の様に広がった。


 同時に南区への戻り口となる水路、そして中央区へ続く進路に。


 ほぼ同時に着弾し、青く光る壁が現れる。


 光の防護壁が展開されたと同時に猛進する人影は頭部から目の前に現れた壁に衝突した。


 パチリと一瞬、火花の様な放電が光の壁から迸り、

 一瞬人影は身動ぎをして堪らず水中で反転して退路を目指した。


 しかし、同様に南区への戻り口にも光る防護壁が広がっている。


 そして既に向かった先の中央区への水路にも。


「塞がった!」


 6台の水上バイクが待機する中央区の水路から見守っていた遊撃班が、各々に声を上げる。


「今のうちだ!行け!」


 ヘルメットのシールドを引き上げて怪人が三叉路で包囲された様子を確認するアヤは、

 バイクから降りて桟橋から階段を駆け上がって岸辺を走っていく。


 彼女は既にレッグホルスターから引き抜いた青い宝石が埋め込まれたトランシーバーを右手に握っていた。


 口元に近付けて「ACTIVE」と音声を鳴らす。


「装着……!」


 素早く白銀のバックルの差込口に装填した。


「ARMAMENT」


 青い光に包まれ、姿を変えていく。


 たじろぐ様にとうとう水面から顔を出した白い仮面の怪人。

 その様子に思わず「麻痺弾だ!撃て!」と警備艇から目視した男性が叫んだ。


 すぐさま擲弾発射器を外して腰部に装備していた射出カートリッジを銃口部に取り付ける。


 素早く構えた者から引き金を引いた瞬間、

 バンッと乾いた音伴って稲光を引き起こしながら弾丸が移出された。


「ぅっ……!?」


 各々が呻き声を上げながら発砲による反動に手元を震わせる彼等だったが、

 放たれた弾頭は空気中でグルグル、グルグルと回転し、歳差運動を続けながら直進的に怪人の身体へと向かって行く。


 当然、着弾までは一瞬の出来事だった。


 血が噴き上がり、水が赤茶色に濁ったと同時に飛び跳ねて、岸に上がった人魚。


 背中に1つ埋め込まれ、残り2つは腹部の中に抉り込んでいた。


「ぅう……ぅっ!ぁぁああっ!!!!」


 痛みに悶える様に膝をガクガクと震わせて旗袍の様な鱗のドレスに血が流れる。


 パラパラと青く半透明の血に染まった鱗の破片がその場に崩れ落ちると、

 取り囲むように警備艇から銃を構える魔法使いを凝視する。


「ぅぁあぁああっ!!!!」


 彼等を視認することで途端に、スリットから伸びた双尾を振り回し、

 ふらついた足取りでその場から慌てて離れようとする。


 岸辺から走って怪人の背中を追っていたヒイラギは、人魚に向かって呼び掛ける。


「待ってくれ!貴女がハヤセ・ミズキ本人だというのなら!


 これ以上、暴れないでくれ!

 今、撃ち込んだのは強力な麻酔だ!


 君を殺したい訳じゃない!今は大人しく話を聞いてくれないか!?」


 口元の形状が無い仮面で息を切らして彼を睨む怪人は、

 肩を上下に激しく呼吸を繰り返しながら立ち止まったヒイラギを見詰める。


「に……にっ…、にげ…………、て……!」


 開口一番に逃げてという途切れた言葉を聞いたヒイラギは「えっ……!?」と目を見開いて立ち止まる。


「ま、ちが…………のまれ、る……ま……え…………に……っ!」


 声を詰まらせながら片言の言語を振り絞る怪人に思わず歩み寄ろうとするヒイラギだったが、

 怪人は「ギィィイィィ……っ!」と大きな歯軋りが混じり合った様な声を上げて苦悶すると、


 胸元に下がったハートの宝石が黒く光を放った。


「うわっ……!?」


 黒く眩い光の刺激に思わず一瞬目を瞑った彼だったが、

 怪人の後ろから駆け付けたアヤは自ら黒い光の中へと入っていく。









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