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魔法少女と鎧の戦士  作者: 森ノ下幸太郎
第2章 双尾の人魚

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第6話 ルサンチマン





 10時47分。メルフィオナ南区 北水路。


 魔法使いアヤ・アガペーが操縦する水上警察業務に配備された青い水上バイクが、

 行方不明者の知人である雑貨店の経営者アメリア・ミオを後部座席に乗せて中央魔法署に向かっていた。


 街中を包む濃霧によって夜中の様に光の射さない水路を走り、

 バイクのヘッドライトがゴンドラ停船所を照らし出す。


 青いビニールシートを被り、流されないようにロープで固定された船が、

 広い水路の両端を一列にずらりと数十艘並んでいた。


 次第に街路灯がぽつぽつと霧の中からぼんやりと見えてくると、

 アヤは漸く中央区の運河に到着したことを理解する。


 徐に片手でヘルメットの側面部に備え付けられたヘッドセットのスイッチを押すと「こちら遊撃班!アメリア・ミオさんを発見しました!」と連絡をする。


「その際同時に、現場で怪人と遭遇しました!


 鱗の様な装飾物を見て、例の魚の怪人で間違いないと思います!」


 捜索から漸く怪人についての報告を受けた連絡先の本部から、

「怪人の様子は!?それと状況はどうなっている?」と早速ヒイラギ警部が応答した。


「はい。怪人はこちらに全く敵意を向けることなく、苦悶した様子で呻き声を上げていました。


 接触を試みたところ何者かによって攻撃を受けた為、

 同行者の避難を優先し、現在本部に向かっています!」


 不可解な点を残しながらも魚の怪人以外から攻撃を受けなかった。


 その報告にヒイラギは「分かった。そのまま本部に戻ってきてくれ!」と、

 状況を整理する為に間を措きつつ捜査班に指示を出した。


「南区付近の捜査班は現場に急行し、怪人の捜索!


 北区付近の班は引き続き周回し、捜索と避難指示に当たってくれ!」


 アヤの報告に共有が掛かって、本部から全捜査班に新たな指示が入ると、

 各班から「了解!」と短く疎らな応答が彼女のヘッドセットから聞こえてきた。


 報告を終えてヘルメットの片耳に備え付けられたインカムのスイッチを再び押した。


 徐に振り向くアヤはヘルメットを被った女性に、

「お待たせして申し訳ありません。もう少しで到着しますので……。」と声を掛ける。


「………………。」


 透明なシールドの中で顔を顰めて思い詰めた様子の女性を見る。


「アメリアさん……?」


 それを見て彼女は様子を窺う様に「あの……大丈夫ですか?」と呼び掛けた。


 すると女性ははっと目を覚ましたように彼女を見て、

「あっ……いえ、私は大丈夫です。」と明らかに無理な笑顔を作って見せた。


「ただ……他にも怪人がいたんだ、って考えたら……。

 ますますハヤセさんのことが心配になってしまって……。


 もし、あそこにいた怪人達が暴れていてハヤセさんが巻き込まれてこんなことになってしまっているんじゃないか、って考えてしまうと……。


 どうしても、心配になってしまって…………。」


 浮かべた笑顔はすぐさま消えて不安そうに口を噤むアメリア。


「…………確かに、お店の状態は酷いと思いました。」


 思い詰めて黙ってしまう彼女に肯定する様に頷くアヤは僅かに間を措いて言った。


「でも、店の中を人の手で荒らされた様な形跡はありませんでした。


 あの怪人が本当にハヤセさんを襲ったのなら、ハヤセさんが負傷した痕跡は真っ先に見つかる筈なんです。


 確かにアメリアさんにさえ連絡が無いことは不可解でありますが、

 もしかしたら何らかの理由で連絡手段を失ってしまって、何処かに避難している可能性も少なくはありません。」


 再び何かを考え込む様に俯くアメリア。


「…………………。」


 アヤの意見に安堵することなくただ何かを思い詰める様に悩むアメリア。


「……気付いたことがあれば遠慮せず言って下さい。何かの手掛かりになるかもしれません。」


 僅かの沈黙にアヤは思わず声を掛けていた。


「……あっ……すいません。急に黙っちゃって。」


 その言葉に彼女は思い立った様に顔を上げて徐に訊ねた。


「幾つか、確認したいのですけれど…………さっきの怪人は襲ってこなかったんですよね?」

「はい。今までの怪人達と比べると明らかに具合の悪そうな様子でした。」


 あくまでも個人の見解として率直な意見を述べるアヤに対し、確認する様に頷きながら続けて言った。


「昨日、蜘蛛みたいな怪人が事件を起こしたニュースを見ました。


 地球人だったんですよね?正体は。


 もしもの話ですけれど…………。

 もし、ハヤセさんが本当は地球人で、さっきの怪人だったら。


 ……魔法使いの人達ならどうしますか?」


 行方不明者ハヤセ・ミズキが本当は怪人だったのならば。


「…………それは……思い当たる節がある、ということですか?」


 何とも率直には答え難い質問に言葉を詰まらせながらも先に確認を取るアヤ。


 当然、ハヤセの知人であるアメリアから悩んだ末の思い切った質問であることは理解していた。


「……いいえ。何か根拠だとか、確証がある訳じゃないんです。


 ハヤセさん自身、別に変わった人ではないですし。とても接しやすい良い人だと思います。


 ただ、ハヤセさんと知り合ってから昔のことを聞くと、

 何処か話し辛そうだというか、何となく曖昧な時が多かったので。


 このまま昨日の怪人みたいにあの怪人が暴れていて、

 魔法使いの人達に殺されてしまったら……………。


 そう考えたら……ハヤセさんの事、疑うつもりなんて無いのに……!


 益々、心配で…………すいません!急に変な話をしてしまって!」


 再び、無理に笑みを作って明るく振る舞う彼女だったが、アヤは深刻な顔の儘だった。


「そんなことはないです。

 私も昨日の現場で怪人が人間だったことを知って、とても戸惑いました。


 それでも、自分の身を挺してまで私達を助けてくれる怪人もいたんです。


 私は彼の行動にとても助けられたと思いますし、少なくとも他の魔法使いだってそう思っている筈です。


 だから私も、怪人だったからと言って悪人だと決めつけたくはないんです。


 さっきの怪人だって、私達を襲ってこなかったのは何か事情があるのだとすれば、

 私はあの怪人を殺したくはありません。」


 アヤの意見にアメリアの笑顔が自然と消えていくと真剣な眼差しで目を合わせる彼女は続けて言った。


「それで、もしも本当にハヤセさんがさっきの怪人だったとして。


 自分の意思で暴れている訳ではないのなら…………助けます!


 怪人として、ではなく――――人として!」


 彼女の質問に遅れて答えたアヤは真っ直ぐに言った。


「あの怪人がハヤセさんだと分かったのなら出来るだけ直ぐに伝えます。


 その時は信じていて下さい。


 ハヤセさんが人であることを。」


 そう言って微笑んで見せたアヤに彼女は確りと頷いて漸く安堵した様子で笑みを浮かべると「……ありがとうございます!」と礼を言った。


「では、発進します。」


 頷いて前を向いた彼女はハンドルに片手を戻すと、

 スロットルレバーをゆっくりと引いて再び水上バイクを発進させた。





 同刻。南区 喫茶店スタードロップ。


 霧の中。


 店前で激しく水がバシャバシャと弾ける水音と、十字怪人の怒号の様な発狂が轟く。


「あぁぁああああっ!!!!」


 彼の透明にする魔法の力によって、不可視となった剣が蝙蝠怪人に向かっていく。


 人間の心や感情のない世界。


 そう叫んだ十字怪人の言葉に気を取られていた蝙蝠怪人は、

 彼が向かって来るまでの動作を見送ってしまうが、接近するその足取りを見て自身の胸元に手を翳した。


「っ………。」


 すると彼の胸部装甲の中心から青紫色の光が発光を始めると、瞬く間に彼はその場から姿を消す。


「っらぁああっ!!!!」


 見えない剣を振るう十字怪人は、

 蝙蝠怪人の首元に振るった筈の刃が大きく空振りした。


 一瞬にして姿を晦ました青紫色の光。


 身体の輪郭を通り抜ける様な感覚を握り締めた柄に残して、

 一度剣の刃を見ながら「はぁ?」と声を上げて辺りを見渡す。


「どこ行った……?」


 しかし、視界を支配する濃霧はその場を離脱した蝙蝠怪人を覆い隠す。

 盾を構えて彼がいた筈の先へと真っ直ぐに駆けていく。



「どこだぁあああ!!!!」


 大声を上げて水音をザブザブと立てながら憤る。


「逃げてんじゃねぇえぞぉおおお!!!!」


 盲目的に足を忙しなくバタつかせて霧の中を突進していく。


 怒りではなく焦りに怒鳴り散らす。


 そんな彼の後方から紫の光が射し込んだ。


「……!?」


 思わず首を後ろに向けて焦りながら光を確認するそんな彼を嘲笑うかの様に、

 蝙蝠怪人が旋風の様に蜷局を巻いた紫の光を纏って空中を浮遊していた。


「なんだ、それ……!?」


 そう呟いて振り返る間も無く、

 空中から彼の首に向かって菫色の旋風を纏った回し蹴りが繰り出される。


「っぅぅうく……!!!!」


 首の真後ろ。


 脊髄の通る部位に重たい衝撃を受けた彼は前方に頭から転がっていく様に、地面に叩きつけられる。


「ぶぁっ!!!」


 そしてその衝撃により身体が冠水した水面が跳ね上がった。


「うぅっ……!?」


 その反動に耐え切れず魔法の力によって透明化した腕と剣が姿を現すと、

 水飛沫が上がる中で彼は押し出される様な痛みに再びビクリと身体を飛び上げる。


「うっ……ぁ、ぁぁあっ……!」


 息を詰まらせたのだ。


 右手から剣を落とし、咳き込む彼に飛び散った水が降りかかる。


「ぁか、ぁ……っ!」


 身体が浮かぶような感覚に思わず冠水した路面に両手を着いて息を整える。


「ぁあ……!はぁ、あ……!ぁ、はぁ!はぁ……はぁ!」


 彼は焦っている。


 本来であれば闇討ちして確実に殺したかったのだ。


「はぁ……はぁ……!」


 だが、彼がこの世界に来るには何もかもがあまりにも遅すぎた。


「はぁ……!はぁ……っ!はぁ……!」


 つつがなく計画は進み、それが間もなく始まろうとしている。


「はぁ…………、かぁっ……!」


 今ここで逃してしまえば、全てにおいて次がないのである。


「げほっ!がっ!ごほっ……!」


 咳をして惨めにひれ伏した姿勢を悔やみ、彼は水の中で拳を固めて強く握り込む。


 背後でその姿を黙って見詰めている蝙蝠怪人は、

「ふぅ……っ。」と溜息を吐いてゆっくりと近付きながら静かに言った。


「まあ。一理あったのかもしれないなぁ。


 何も考えずに支配されていくだけの人間社会になるぐらいなら、

 一層のこと全ての人間は攻撃的になるべきだったんだろうなぁ?


 だが、そうなったところで何も変わりはしない。争いが争いを生むだけだ。


 それにあの国に残っている若い連中に何の期待が出来ると言うんだ?」


 接近した蝙蝠怪人は倒れ込んだ彼の前で屈み、

 水の中に落ちた剣を拾い上げて、それを後方へ放り投げる。


 そして剣が再び水の中へトポリと音を立てて落ちていくと、

 再び彼は口を開いて彼の右手首を掴み上げながら言った。


「心や感情に囚われなくなったところで世の中が1つになる訳でもない。


 そうだろう?なぁ……?」


 呼び掛けるように掴んだ右手を引き上げて、その中指に嵌った三角形の指輪を見た。


「………!」


 三角形の中に人の左眼を模したような形の指輪を見詰める。


「………なるほど。可能性があるのなら……この世界ですら、誰の手に渡っても良いと………。」


 彼はそれを見詰めながら「そう言うことなのか……。」と漠然と呟いた。


「へっ……、はははっ……。」


 乾いた笑い声を上がる。それは十字怪人の兜の奥から聞こえるものだった。


「ははははははっ……!!!!」


 伏せた兜をカタカタと震わせて狂ったように笑い出す。


「なんだそりゃ…?世の中の人間が1つになれば平和になる、って?」


 そう呟いて弱弱しく、掴まれた手を振り解く。


 掴んでいた蝙蝠怪人の手も既に力なく放されてだらりと垂れ下がると、静かに立ち上がって彼を見下ろした。


 彼は顔をゆっくりと見上げながら赤い眼光を向ける。


「そう思うのなら自分の目で確かめて来な?


 神様が願いを叶えられなくなったんだ………。」

「なに?」


 掠れた声で小さく言う彼に蝙蝠怪人は「何の話だ?」と聞き返す。


 すると水の中から拳を上げて力強く水面に振り落とすと、

 ドボンと水を弾かせながら彼は叫ぶ様に言った。


「この世界から来た変な奴に……!願いを叶える魔法を壊されたんだぁあっ!!!」


 水飛沫が舞い上がり、

 彼は両手で這うように蝙蝠怪人に少しずつ近付きながら訴える。


「……1からやり直しさ。


 また願いを叶える力を集めなくちゃならないから、

 神様が残った力であの国で若い連中が魔法を使える様にした。


 でもそうなった途端っ……!


 好き放題やって!殺し回っているのさ!


 俺達をロボットに仕立て上げた老害共も!

 貧困で可哀想な移民のふりをしてこの国を間接的に乗っ取った外国人も!


 そいつ等を見て未だに何の抵抗もしない思考停止した人間ロボット共も!


 自分の願いを叶える為に、なぁ!」


 水の中を訴える這う彼は両手を着いて起き上がろうとする。


「どいつもこいつもそうさ!人生楽しんだもの勝ち!

 今が良ければそれで良いし、自分さえ幸せならそれで良いってなぁ!


 どいつもこいつも目先の利益でしか物事を考えないでぇ……!


 自分達が生きている世界がどれだけ単純で!

 どれほど馬鹿げた仕組みの中で生きているなんてぇ!


 根本的な部分を未だに理解しようともしないっ!!!!」


 身体はガクリとへたり込んで上半身をガクガクと痙攣させる。


 うずくまって力の抜けた彼を見る蝙蝠怪人は、「やめておけ。」と声を掛ける。


「だったらお前もさっさとあの森に避難していればいい。


 あれは神じゃない。ただの人間だ。


 それに分かったのだろう?今の人間は腐り切っている。


 新人類どころか真っ当な人間にすら成れやしないくせに、

 自分たちは何者にも成れる特別な存在だと本気で思い込んでいる。


 思い上がりも良いところだなぁ?


 お前が見てきた通り自分のことしか考えない人間の世界に未来はない。馬鹿馬鹿しい話だ。」


 そう言ってその場を立ち去ろうと一歩踏み出すと、彼の脚を十字怪人の右手が掴んだ。


「勘違いしているのはあんたの方さ……。何も分かってない。」


 そして必死にしがみ付くように両手で抱え込む。


「あの世界の出来損ない達は、別に世の中に対して無関心な訳じゃなかったってことなんだよ。


 理不尽な世の中を生きる為に無関心、無感情でいた方が効率的だっただけさ!


 心があるから傷付けられてっ!苦しい思いをするって……!

 心なんかあるから人間が人間に支配されるってなぁ!


 それを知ってたから自分の心を押し殺して!我慢していただけなのさ!


 生きる為だけに生きていたんだよ……!それであいつら本性を現したんだ!」


 息を荒げながら力なく、彼の脚を掴んで立ち上がろうとする。


「ぁっ…、くぅ………!


 っ……逆に考えたことなかったのかぁ?


 世の中の若者があんたら大人なんかに何の期待もしてないってことを……!」


 やっとの思いで立ち上がる身体は震えるばかりで、

 朦朧とした意識と伴に膝が浮き上がり崩れ落ちていく。


 それでも彼は顔を上げ、赤い眼光を向けて必死に訴え続けた。


「だから俺はあの国の連中に人を殺しても良い魔法をかけてきてやったんだぁ……!


 今まで散々弱肉強食の世界だとか自分勝手なルール作って……!

 偉そうにほざいてた連中の望み通りにしてやったのさ!


 これから!俺達が世界のルールを作る時代にする為にぃ……っ!」


 あれほど弱肉強食の世界だ。結果だけあれば良い。世の中は甘くない。


 そう主張してきた地球人たちに言葉通りの世界にしてやったのだと愉快気に話すのだ。


 地球人たちの望み通りにしてやった。

 怒りの中で豹変した様に何処か愉し気に、誇らしげに語る十字の怪人。


 彼は再び蝙蝠怪人の脚にしがみ付き、

 体重を掛けて膝をガクガクと震わせながらゆっくりと立ち上がっていく。


「人間の世界が自分さえ良ければ良い弱肉強食だって言うのならぁ!


 地球を乗っ取って都合の良い世界に変えてやる!


 邪魔な連中が殺し合って願いを叶える力を集めている間に、

 この世界の神様に願いを叶えてもらうしかない……!


 そう思ってこの世界に来てみればどうだぁ!?


 あんた以外、全員同じ事を考えているじゃないかぁあっ!!!!」


 ふらふらと倒れそうに4歩程引き下がると蝙蝠怪人を見据えて言い放つ。


「結局……!どこに行っても人間が簡単に変われるわけがない……!


 自分のことしか考えられない生き物なんだよ!


 例え世の中が滅茶苦茶になっても、

 人間が都合良く1つになれる訳がないのさぁ……っ!


 あんたみたいに人間をリセットして、

 価値観を統一したところで無駄なんだよっ!!!!」


 虚勢を張る様に「へっ…、へははははっ……!」と可笑しな高笑いを上げて、

 前屈みになって見上げる様に言った。


「それぐらいあんたも分かっているんだろっ!?


 人間ってのは皆、自己中なのさぁあ!!!!


 もうあんたの味方してくれる奴なんて、誰一人としていないんだよぉおっ!!!!」


 執拗に吠える番犬の様に言いたい事を吐き出した十字怪人に、

 蝙蝠怪人は冷たく静かに「そうか……、それは大変だな?」と他人事の様に言い放つ。


「それは確かに、お前の言う通りだ。人間は何も変わっちゃいない。


 世代交代をしたくない人間があまりにも多すぎる。それだけ人間が増え過ぎた。


 だからお前達の様な若い連中には居場所がない。

 将来のビジョンも見えないから未来に希望もない。


 実際、生まれた時から見渡す限り既に何でも揃っている世の中を見て、

 自分から何か成し遂げたいと思ったこともないのだろう?


 可哀想だと思ってはいるさ。


 だが、思っているだけだ。甘やかしてやろうとは微塵も思わない。」


 思っているだけ。そう言って彼はくるりと背を向けて水面を見詰めながら歩く。


 その言葉を挑発受け取る十字怪人は、「はぁ……?」と疑念を持って聞き返す。


 ザブザブと水を掻き分ける彼は水中に落ちた十字怪人の剣を拾い上がると、

 その刀身を手の平で持て余しながら淡々とした口調で語る。


「お前達の場合……産まれた時からゆとりある生活の中で、


 既に作られたものばかりに頼り過ぎていた。

 だから他人から物事を高望みする割には、自分たちからは何もしない。


 完成された結果だけが欲しい。それは今に至っても変わらないだろう?」


 そう言って今度は懐から青く発光したハート型の宝石を取り出すと、

 宝石は青白い光となって彼の手の平を包み込む。


「だから――――」


 まるでそれを見せ付ける様にゆっくりと光る手で剣の刀身を撫で上げる。


「目に見えるものしか信用することが出来ない。」


 すると彼の言葉と伴って光る手で触れられた剣は、

 光の粒子を溢して存在そのものが消滅する。


「結果だけを見ているから――――」


 残った剣の柄を光る手で握り込むと、手中は瞬く間に発光する。

 そして直ぐに手のひらを開いて見せ付けた。


「物事の目に見えない過程の部分に何があるのかを探ろうともしない。」


 その手の中には既に剣の柄もなくなっていた。

 青白い光が剣を飲み込む様に消し去ったのだ。


「世の中で何が起こっているのか、そんなことはどうでも良いと言うが……。」


 光の粒子だけが手の中からきらきらと輝いていた。


「それは単に歴史の変化に流されて、国や他人のせいにしているに過ぎないということだ。」


 次第に手の平から光の粒子が雪の様にはらはらと零れ落ちる。


「踊らされているんだろう?お前も。」


 水面にゆらゆらと落ちていく粒子と伴って彼の手の平から光が消えると、

 膝を震わせる十字怪人を指差して言う。


「お前達が世界に対して不満に思っていることはただそれだけの話だというのに、

 それでも周りの意見に左右されて団結することを知ろうとしない。


 それは確かに心や感情があるから、周りの人間を信用しようとしないだけだ。


 だが……それさえも無くなった世界で、そもそも人間が生きる意味などあるのか?」


 それは心を必要としている人間にとっての質問だった。


「お前はそれでも人の心や感情が必要ないと思うのか?」


 人に心が無ければ目的の為に強行的な手段で物事を達成することが出来るだろう。


 しかし、人は心が無くては団結することができない。人間が生きる喜びを失うからだ。


 指を指された十字怪人は彼の言葉を聞いて小馬鹿した様に笑う。


「意味ぃ?」


 反対に、人間の世界に心や感情が必要だというのならば。


 厳しい現実だけ突き付けておいて、

 必要なことを教えない大人ほどの邪魔者はいない。


 未来を創る意思のない大人ほど無意味で無駄なものはない。


 彼にとってその世界を創ったのは過去の人間達なのだから。


「あの世界でそんな話……、誰が真面目に聞いてくれるんだぁっ!?」


 許せる筈がないのだ。


 込み上げる感情と伴に外套で隠された腰部から40cm程のメイスを取り出す。


「だからあんたのやろうとしていることは………!」


 そしてネックレスの青いハート型の宝石が叫びと伴に発光した。


「全部っ!無駄なのさぁああっ!!!」


 彼の掲げた槌頭に6枚の突起があるメイスは宝石の光と同調する様に先端が青白く発光すると、


 その先端から6本もの光の矢が出現し、鏃は一斉に蝙蝠怪人に向かって直線を描く。


「……っ!?」


 彼の隠し持っていた武器に警戒して思わず右方に素早く駆け出して一点に飛来する矢を躱す。


 再びメイスを魔法の杖の様に掲げて光を纏わせる彼は言った。


「あんたの言う通りあの世界は人間が腐ってるよ。


 無知で無関心で無感情!おまけにプライドだけは高い馬鹿で最低な奴ばかりさ!

 でもその最低な奴らが人間なんだよ!それが本性なんだよ!


 この世界だってそうさ!元々は銀行家に支配されていたんだろう!?


 それなら地球と同じじゃねえかぁ!

 いずれ、この世界だって洗脳が解ければ気が付くだろうさ!


 人間に心なんかがあるから同じ歴史を繰り返すんだってなぁああ!!!!」


 人間は心がある故に感情があり、そこから欲望を産み出す。


 ならば誰の為にもならないルールなど不要なのだ。


 遥か昔から人間が金銭という物々交換のルールがある上で、


 土地や資本の為に戦争をしていたように。


 世界中の国々が戦争をする為の資金を貸す代わりに、

 通貨発行権を手に入れた銀行家の財閥があるように。


 そしてその国々の政府が中央銀行から受け取った利息付きの借金を、

 今度は国民から税として利息を支払う為の利息を永遠と支払わせているように。


 どこの国の人間達も人が人を動かす上で利益を得ていた。


 たとえそれが返済不可能な借金奴隷制度であっても。


 同じ歴史を繰り返すきっかけとなっても、それは自分達が選んだことなのだから。


「だからあんたの言っていることは正しいと認めるよ。


 でも、もうどうしようもないのさ……!」


 徐に歩み寄る彼の宝石は黒い光を放って点滅する。


「………。」


 蝙蝠怪人はその宝石の変化を注視する様に見詰めた。


「あの世界では無関心で無感情なエゴイストでいた方が、社会で生きていく上で都合が良いからさ。


 皆それを分かっているから自分の為だけに生きてんだ。


 別に世の中の歴史や仕組みを知らないから団結しないんじゃない…!


 人間の幸せってのは結局!自分の為に今を生きることなんだよ!」


 次第に宝石が黒く発光してメイスの先端部に今度は黒い光が凝縮されていくと、「うぐぅっ……!?」と呻き声を上げて立ちくらみの様に身体を揺らす。


「無理矢理アレセイアの力を使っているな?心が壊れるぞ。」


 黒く発光するその宝石を見詰める蝙蝠怪人は、

「自分の為に生きることが幸せなんじゃないのか?」と問い掛ける。


「心が壊れれば自分が誰かさえも分からなくなるんだ。


 お前が馬鹿にしている老人達と何ら変わらない、

 意味もなく生きる為だけに生き永らえる人間になるんだ。


 そのうち正気を保てなくなるぞ?」


 足を踏み締めて身体を支える十字怪人は「知ってるよ……。」と呟きながら叫ぶ。


「そうさ……頭や身体が働かない爺や婆になれば人生終わったようなもんさぁ……!


 人間ってのはいつかは絶対に死ぬんだ!!!


 どんなに努力しようとも死んだら終わりさ……!


 だから今ぁ!動けるうちにぃ!動いてんだぁあっ!」


 彼の叫びと伴って黒く光るメイスの先端から1m程の青白い光の槍が浮遊する。


「うっ……!?」


 再び黒い宝石が瞬いて両脚を震わせると、

 倒れそうな身体が支える為に前屈みになって一歩前に踏み締める。


「……………ぅおっ……。」


 頭をがくりと下げながら呻いて、まるで糸の切れた人形の様に固まった瞬間。


「………へは、はははっ……!」


 兜をガクガクと小刻みに震わせながら顔を上げる。


「はははははははっ……!!!」


 狂った様に笑い声を上げて「人間が1つになる……?綺麗事さ。」と唱える様に言った。


「そもそも人間に生きる意味なんて求めるからあ……!」


 両脚で真っ直ぐに立ち、光の槍が浮遊するメイスを掲げる。


「あんな世界になるんじゃねえかぁあっ!!!!」


 怒鳴り付ける様にメイスを大きく振り被ると、

 膝辺りまで冠水した水面に叩き付ける様に勢いよく振り下ろす。


「この世界もぉっ!あんたの野望もぉおっ!無駄なんだよぉおっ!!!」


 その動きを注視していた蝙蝠怪人は回避に徹しようと身構えるが、

 十字怪人の背後からサイレン音が響き渡る音を捉える。


 横目に霧の中から赤い光が射し込んでいる様子を窺ったのだ。


 水面を叩き付けるメイスの槌頭がバシャ!と水音を立てて弾き飛ばしながら、

 浮遊する光の槍が一直線に向かって飛んでいくと、彼は視線を戻して前傾姿勢をとった。


 まるでレーザー光の様に放物線を描いた槍。


 空間そのものを突き抜ける様な光り射し込む穂の急接近に蝙蝠怪人は慌てる様子も無く身を屈めながら前進し、

 飛来する光の槍の真下に向かって駆けていくと素早く前転した。


 槍の真下を潜り抜ける様に。転がり込む彼は背や足に攻撃を掠ることなく回避した。


 両手を着いて立ち上がったと同時に高く跳び上がると瞬く間に十字怪人の頭上に急接近する。


 光の槍の行方を追っていた十字怪人の視点からは、突如として頭上に蝙蝠怪人が現れた様な錯覚に陥る。


 思わず彼は「はぁ……!?」と素っ頓狂な声を上げて思わず盾を掲げた。

 対する蝙蝠怪人はそのまま空中で右脚を振り回す。


 咄嗟に掲げられた盾と素早く繰り出される回し蹴りが互いにぶつかり合うと、

 メキリと鈍い音を鳴らして十字怪人はその衝撃に突き飛ばされる。


 それと同時に彼の懐から球状の物体が転がり落ちた。


 蹴飛ばされる彼の身体は水路の方向へと背中から叩きつけられると、

 バシャッ!と大きな水飛沫を上げてそこら一帯に雨の様に降り注いだ。


 するとその水路の奥から赤いランプが射し込み、「何だっ!?」と声が上がる。


 声の反応と同時に蝙蝠怪人は外套の様に纏った翼を背に広げて、その場から飛び去って行く。


 そしてサイレン音とボボボッ…と軋むような音が伴う様に波が迫った。


 霧の中から赤いランプが回転し、

 水路の先をライトで照らし出すそれは8m型の警備艇だった。


 ゴオォ……と籠った様なジェットエンジン音が一帯を包み、

 水飛沫の上がった正面で停船して水面にライトを照らす。


 小型の船の上から覗き込んだ2人の男性が銃を構えて、

「動くな!止まりなさいっ!」と叫んだ。


 黒い制服を着た魔法使いが辺りを見渡しながら、

 照らし出された水路を見詰めるがそこには誰もいなかった。


「誰も……いない……?」


 1人の男性は水面を見詰めて呟く。


 しかし、もう1人の男性が見詰める先には、

 水路の端に球状の物体が水面にぷかぷかと浮かんでいる。


 それを見た男性は「ちょっと待て。あれ、何だろ?」と指を指す。


 それはゴルフボール程の大きさの黒い物体だった。









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